Scene 04
 貧乏くじを引かされたことに腹が立ったし、こんなことをしている自分にも腹が立った。

 海賊団において花子にできることはまるでない。戦えず、頭脳も並で、どう見たところで町娘の域を出ない。そんなことわかりきっているというのに、これはないだろうとロシナンテは心の中で悪態を吐いた。
 花子はいま、ロシナンテの前で力なく横たわっている。散々殴りつけたせいで黄味がかった肌は変色しており、見ているこちらが痛いほどだ。
 ロシナンテだって、こんなことはしたくなかった。けれどもこの弱い子どもが早くここから逃げ出すように、ロシナンテは花子に暴力を振るう。

 はじめはグラディウス、次にトレーボルと、花子は幹部たちの間をたらい回しにされた。戦闘の適性を見極めるという名目で、幹部たちは容赦なく花子を攻撃した。剣技もできず、逃げ足も遅く、粘液を防ぐ術もない花子は、体のいいサンドバックだ。誰一人として、花子の細い体を殴りつけることに躊躇はなかったらしい。かくいうロシナンテも、花子を思い切り床に叩きつけたので何も言えないのだが。唯一セニョールだけが、今回の件から降りている。
 まるで戦えない、使い物にならないと判断されたときには、既に花子はボロボロだった。その有様を見たドフラミンゴは、笑いながら花子をコラソンの部下にすると明言した。従う以外の選択肢を持たないロシナンテは、心の内で舌打ちをするしかない。子ども嫌いで通っているロシナンテは、部下として接する機会が増えるだろう花子を、そのたびに痛めつけなくてはならないのだ。

 ドフラミンゴは、ローに特別目をかけている。ローが世界中を憎んでいるような、クソのような目つきをしているからだ。そのローが想像を超えるほど甲斐甲斐しく世話を焼き、甘えを見せる花子は、なるほど、ローを従順な右腕に育てたいドフラミンゴからすれば確かに邪魔だろう。かと言って一度受け入れた手前、すぐにわかりやすく殺してしまえばローが反発しかねない。それはドフラミンゴの望むところではなかった。王の望みを理解している幹部たちは、だからこそ花子を痛めつける。

 せめて他の幹部が通りかかったときにそれとなく庇えるように、ロシナンテは花子が起きるまで傍で待つことにした。近くにあった椅子に腰かけ、煙草に火を点ける。と、途端にコートが燃え上がった。慌てて脱ぎ捨て、足で踏みつけ消火する。

『……ほんとこいつ、ばかなの……?』

 耳に馴染まない音に、ロシナンテが振り返った。どうやら今の音は、花子の声らしい。なんと言ったのかはわからなかったが、大方悪態でも吐いたのだろう。

『ていうか殴られすぎワロタ。スパロウさん家のジャックくんだってこんなことしてなかったっしょ。ハードモードかよこっちは初期装備底辺プレイヤーなんですけど鬼畜すぎだろ』

 またも花子の口から発せられた音に、ロシナンテは首を傾げた。先ほどはただ聞き取れなかっただけかと思っていたのだが、どうやら花子が喋っているのは、まるで違う言語のようだ。おかしいとロシナンテは思う。自分たちが普段話しているのは世界共通語であり、どんな田舎だったとして使用しているのは共通語のはずだ。違う言語の存在など、おとぎ話か古代文明くらいにしか登場しない。

《起きたか》

 問い詰めようかと思ったが、花子は身体を起こすのさえ苦労している。その様子を見てロシナンテは、これだけに留めた。さすがにいま尋問紛いのことをするのはやりすぎだろう。

「……ええ。意識を失ってしまっていたみたいで。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

 花子の表情は凪いでいる。基本的に花子は、ローと一緒にいる時以外その表情を変えることがなかった。落ち着き払ったその態度は、冷静なようにもこちらに興味がないようにも思えた。そういうところがまた、幹部連中の癪に障るのだろうが。

《起きたなら出ていけ》

 うまく身体を動かせない少女相手に、酷い言い草だ。自分で自分に嫌気が差す。
 けれども花子は文句ひとつ言わず、メモを読み終えると「失礼しました」と頭を下げて立ち上がった。ふらつきながら扉へと向かう背中に手を差し伸べられないことを歯がゆく思いながら、ロシナンテはその小さな後姿を見つめた。

 花子が扉にたどり着く前に、外側から扉が開かれた。顔を出した子どもたちは花子を探していたのだろう、ぱっと顔を綻ばせるも、すぐさまその様子に目を見張った。

「花子っ!」

 真っ先に駆け寄ったのはローだ。火傷を負い、内出血のために毒々しい色になった花子の手をそっと取り、悲鳴じみた声で叫ぶ。

「どうしたんだこれ!?」
「いやあ、ちょっとねえ」

 対する花子と言えば落ち着いたもので、すぐさまローと視線を合わせるためにしゃがむと、何でもないと表すようにひらりと軽く手を振ってみせた。

「花子さん、大丈夫? 痛そう……」
「酷い顔ですやん」
「うんありがとう。酷い顔って、なんだか別の意味に聞こえるね……」
「ふざけてる場合じゃないだろっ」

 花子の周りを囲む子どもたちを見て、ロシナンテは少し意外だった。もとより懐いていたローはともかく、バッファローやベビー5といつの間に仲良くなったのだろうか。やはり、子どもは子ども同士通じ合うものでもあるのだろうか。
 ロシナンテは立ち上がった。ついでに他の三人も蹴り上げてやろうと思ったのだ。子どもたちはロシナンテに気を払う風もなく、花子の怪我を心配している。

「! ベビーちゃんッ!」
「え?」

 振り上げられた長い脚に、最初に気がついたのは花子だった。その先にいたベビー5に飛びつき、その身体を抱きしめる。振り下ろされた脚の持ち主は驚いたものの、勢いは弱まることなく二人を壁まで蹴り飛ばす。ローが叫んだ。

「おいっ!? 何してんだっやめろよっ!」

 もちろんそれに従うはずもなく、ロシナンテはローとバッファローを殴りつけ、花子とベビー5に近づいた。殴られたバッファローは頭を抱えて呻いている。ローは揺れる頭を抱えながら、ロシナンテの脚に飛びついた。

「やめろよっ! やめろ!」

 小さな身体がいくら纏わりついたところで、3m近くもあるロシナンテには何の障害にもならない。脚を蹴り上げることでローを振り落とすと、壁際で蹲っている花子に近づく。花子はなんとか身体を起こし、ベビー5を庇うように抱いてロシナンテに背を向けていた。

「大丈夫、ベビーちゃん? 痛いところはない?」

 この状況で人の心配をするのか、この子は。
 ベビー5に尋ねる花子の声はやさしい。自分の方が、よっぽど痛い思いをしているだろうに。ロシナンテは目の奥が熱くなった。けれどもここで泣くわけにはいかない。ぐっと涙を堪えて、心を鬼にして再度脚を振り上げる。花子越しにロシナンテを見たベビー5が息を飲んだ。

「花子さんっあぶないっ」

 襲い掛かる衝撃に、花子は息を詰めた。みしり、背中から嫌な音がする。筋肉とは無縁の身体は、3mもある男に蹴られればひとたまりもない。耐え切れず、花子は倒れた。けれどもベビー5を蹴らせるわけにはいかない、その意識だけでベビー5の身体は抱きしめたままだ。当然、二人そろって床に倒れることになる。固い床に頭を打ち付け、一瞬意識が飛びかける。腕の中のベビー5を見やると、彼女は頭を打たなかったようだった。ほっと息を吐く。

「コラさんやめて! 花子さんは怪我してるの!」
「やめろよコラソンっ! やめろ!」
「コラさん! やめるだすやん!」

 子どもたちの大合唱に、ロシナンテはいささか戸惑って彼らを見下ろした。普段なら互いが暴力を振るわれていようが無関心な彼らが一様に叫ぶとは、一体どういうことか。もしかして、他人を思いやる気持ちが芽生えたのか。胸が熱くなる。
 子どもたちの成長にロシナンテが感激している隙に、ローは素早く花子に駆け寄った。

「おいっ大丈夫か!?」
「……うん、まあなんとか」

 生きてるかなあ。力なく笑う花子にローは息を吐く。強く頭を打ったようだけれど、意識がはっきりしているのであればとりあえずは問題ないだろうと判断した。いつも通り、軽口を叩く元気はあるらしい。
 花子の無事を確認したローは、きっと目元を鋭くしてロシナンテを睨みつけた。噛みつくように怒鳴りつける。

「なんで花子を蹴ったんだっ」
《こども きらい》

 帰ってきた返答にローはさらに目を眇める。ロシナンテは意味が分からず首を傾げた。なんだかおかしくないか?

「だから、どうして花子を蹴ったんだって訊いてんだよ」
《……こどもだろ》

 もしや。いやまさか。ここである可能性に気がついたロシナンテは、冷や汗をかいて花子を見やった。ベビー5に助け起こされた花子は、ベビー5に比べると明らかに作りが大きい。そういえば、ベビー5は花子のことを“花子さん”と呼んでいる。

 ……いやいやいやいやいやいやいやいや、

 必死で否定するロシナンテに、ローが最終通告を下した。身体を起こした花子がロシナンテを振り返る。その表情は相変わらず凪いだものだ。

「花子、二十歳超えてるぞ」
『ペドフィリ野郎とか、最低が過ぎるだろ』

 あ、なんかいま酷いこと言われた気がする。ロシナンテはしばらく立ち直れそうになかった。


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