Scene 03
「花子、これも食えよ」
「うん、ありがとう」
「あとこれも。あっ、これ好きだろ」
「……うん、ありがとうねえ」

 これは一体どういうことだ。甲斐甲斐しく花子の世話を焼くローを見て、ファミリー全員の心情は一致した。

 食事はファミリー全員でというのが、ドンキホーテ・ファミリーの決まりである。つい先日入団した花子も例外でなく食卓に着いているのだが、真っ先にこの隣に陣取ったのがローだった。食事が始まるや否や、ローは花子の皿に次々と料理を取り分けていく。最初は頬を緩めてそれを見ていた花子だが、目の前に置かれた皿が山を築くにつれて徐々に笑顔が固くなっていった。

「……ローくん、私あんまり朝ご飯は、」
「朝食は大切だからな。しっかり食べろよ」
「……うん、そうだね大切だもんねえ」

 これでもかと積まれた料理に顔を引き攣らせながらも、花子は観念したようにフォークを握った。というのもローが隣でじっと見張っているからであるのだが。

「フッフッフッフ、ロー、おまえこいつと知り合いだったのか」

 世界を憎んでいるはずの子どもが、甲斐甲斐しく他人の世話を焼くのが意外だったのか、ドフラミンゴの声も若干戸惑っているように聞こえる。花子がきちんと食べるか監視したまま、ローはドフラミンゴに目もやらずに頷いた。

「花子は漂流者なんだ。おれの家で面倒を看ていた」
「漂流?」

 グラディウスが胡乱な目で花子を見やる。ドフラミンゴに心酔している男は不審者を炙り出そうと殺気さえ視線に込めていたが、花子は落ち着き払った様子でグラディウスを見つめ返した。浮かべていた微笑が掻き消えたその表情に色はない。

「故郷を失った私がフレバンスの海岸に流れ着いたところを、ローくんが拾ってくれたんです。ローくんのご両親がとても情に篤い方たちで、故郷への帰り道が見つかるまでお世話になっていました。まあ政府のせいでそれどころではなくなってしまいましたが」

 故郷を失ったとはどういう意味だ。ロシナンテは内心首を傾げたが、それを尋ねる前にドフラミンゴが口を開く。

「なるほどな。おまえがここに来たのは、ローの後を追ってということか」
「ええ。そんなことより、」

 花子はフォークを置いた。両手を礼儀正しく膝の上に置き、ドフラミンゴを見つめる。

「白鉛病が治るというのは本当ですか」

 遠慮のない花子の物言いに、場の空気が固くなった。ローが気まず気に帽子のつばを引っ張り、顔を隠す。幹部は苛立った視線を花子に送り、子どもたちは固唾を飲んでドフラミンゴを伺った。
 ロシナンテは周囲に気取られぬ様、注意深く花子の様子を観察した。花子はファミリーたちの様子を気にかける風もなく、ただまっすぐにドフラミンゴを見据えている。彼女の持つエキゾチックな容姿か、はたまたその不気味なほど落ち着いた態度からか、しゃんと背筋を伸ばした姿はいっそ清々しいほどの無礼さと潔さを感じさせた。

「……フフフ、存外肝が据わってやがる」

 その様子を、ドフラミンゴはお気に召したらしい。大きくクロックムッシュを頬張り、上品に口元を拭う。自身への視線に、ドフラミンゴは頬杖をついて応えた。笑みを浮かべながらも、サングラスの奥に隠された温度は低い。

「治るとは言わねえ。ただ可能性はゼロじゃねえってことだ」
「と言いますと」
「悪魔の実だ。オペオペの実を食わせりゃ、治らねえ病気はねえ」
「……」

 花子は訝しげに眉根を寄せた。その様子を見たローが花子の袖を引く。

「悪魔の実は、食べたら超人的な力が手に入る果物なんだ。オペオペの実を食べればどんな手術だってできるようになる。そのかわり、海に嫌われて泳げなくなるけど」
「なるほど」

 ローの説明に低い声で相槌を打つと、花子は再びドフラミンゴに視線を向けた。

「そのオペオペの実とやらが手に入る見込みは、一体どのくらいなのでしょうか」
「残念ながら、まだ影も形も掴めちゃいない」

 そもそも悪魔の実自体貴重なものだ。並の人間ならまず手に入れられない。その中でたった一種類の実を狙うというのだから、それがどれだけ途方のない話であるか、少し知識のある人間ならば考えなくともわかることだった。
 けれども花子は悪魔の実を知らない。その希少価値や入手方法など想像もできないだろう。それが分かっていながらも、ドフラミンゴがそこを言及することはなかった。

「だが、情報さえ入ればどんな手を使っても手に入れる。約束しよう」

 不遜な笑みを浮かべ甘言を吐くドフラミンゴに、ロシナンテは歯噛みすることしかできない。こんな海賊団に頼る前に、まずは病院に連れて行ってやれ! そう怒鳴り散らしたいのを煙草を咥えることで飲み込んだ。正確に言えば、煙草に火をつけた途端にコートが燃え上がったものだから、それどころではなくなってしまったのだが。

「……若君」
「なんだ」

 誰かがそう呼ぶのを聞いたのだろう。花子はドフラミンゴを若と呼んだ。ドフラミンゴは、機嫌よくそれに応える。花子はテーブルに額をつけるように頭を下げた。

「どうぞ、よろしくお願いします」
「ああ」

 ドフラミンゴは笑った。花子がドフラミンゴに従順になったと、その場の誰もがそう思った。





▲▽▲






 いや、うん、まあ、従順とかないけど。ていうかこの組織やっぱりやばい。わかりきってたけどやっぱやばい。

「コート燃やす奴いるとか怖……。海賊にもなるとコートぐらい燃やさないと刺激が足りないの……?」
「コラソンのはただのドジだ」
「そっちの方がよっぽど怖い」

 朝食後、ローにアジトを案内されながら、花子は先ほどの会話に思いを巡らせた。ちなみに、アジトが広すぎるためどれだけ案内をされたところで覚えられる気がしない花子の目的は、腹ごなしという面が大きい。

 ドフラミンゴは具体的な話をしなかった。現段階でオペオペの実を手に入れる見込みの有無や、手に入れたとしてどのように治療するのかなどの説明が一切ない。詐欺か。下手な詐欺師だって、出鱈目でもいいからもう少し信憑性のある話するわ、というのが花子の意見である。

「ローくん、やっぱり病院に行くのはだめなの……?」

 フレバンスにいた頃、ローの父親と散々話したからよく知っている。島の外の医者は頼りにならないのだと。けれども海賊に頼るのとどっちがましかを考えると、やはり花子は訊かずにはいられなかった。案の定、ローは気難しそうに顔を顰めた。

「無理だ。外の医者は、おれたちを病原菌扱いしてまともに診察なんてしてくれねえよ」
「そっか……」

 そんなことはないと思いたいのだが、花子もまたあの悪夢を目に焼き付けた一人だ。白鉛病が世界でどのような扱いをされているのか彼女も知ってしまっていた。
 けれどもここは海賊団だ。ドフラミンゴを頼るというのがいい案だとは花子には思えなかったし、子どもをこんな場所にいさせたくないという思いもある。いっそのこと自分だけが残ってローをどこか安全な場所に逃がすことができればいいのだが、ローに目をかけているらしいドフラミンゴは、そんなことを許しはしないだろう。また、安全な場所というのも心当たりがない。さてどうしたものか。

 考え込む花子を横目に、ローは複雑な心境だった。ローとて、オペオペの実を自分が生きている数年の間に手に入れられるだなんて甘い期待をしているわけではない。それよりも自分が数年のうちに死んでしまう可能性の方が断然高いのだ。だからこそ、ローはここにいる。生きているうちに、すべてを壊してしまうために。
 ここに来た時のことを、ローは花子に話さなかった。言えるわけがない。自分に心を砕いてくれる人の前で、爆弾を身体中に巻き付けたなんて話ができるほど、ローは頭が悪くない。花子が望まない海賊団に所属しているのはすべて自分のためであると、ローは理解していた。そんな花子に、どうしてすべてを憎しみのまま壊してしまいたいだなんて言えるだろう。

「ローくん、どうかした?」

 いつの間に考え込んでいたのだろうか。気づけば、花子が心配そうな顔をしてローを見ていた。ローより背の高い花子は、ローと視線を合わせるために膝を折っていた。そのことにローは、堪らなくなる。

「……花子、まさか本気でドフラミンゴに忠誠を誓うとか言い出さないよな」

 誤魔化すために、ローは全く関係のない問いを投げた。とはいえ、先ほどドフラミンゴに頭を下げた花子はまるでグラディウスさながらという様子だったので、これも懸念事項ではあるのだが。
 花子はローの言葉に笑ってみせた。「ないねえ」否定にまったく躊躇がない。

「反省するふりとか、同意するふりとか、会社時代に散々鍛えられたからねえ。もはやプロ級だよ。誰でも騙せる」
「ならいいけど」
「あの人、あんまり信用できないよねえ。ローくんの病気が治ったら、さっさと逃げちゃおうか」

 朗らかに言う花子に、ローは眉尻を下げた。病気が治ったらなんて、夢みたいなことを言う。
 想像をしてみた。病気が治り、大人になって、花子とどこかでひっそり暮らす自分の姿を。

「……それもいいかな」

 うまく思い浮かべることはできないけれど、きっとそれは幸せだろう。


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