Scene 01
「ここで働かせてください」

 またか。ロシナンテは舌打ちをしたい気分だった。

 ドフラミンゴの前には、一人の少女が膝を付いている。膝を付き、希うような姿勢で、けれども真っ直ぐにドフラミンゴを見つめている。小柄な少女だ、おそらく歳の頃は十三、十四。黒い髪に黒い瞳、少々黄味がかったエキゾチックな肌はあまり北の海では見かけないが、西の海出身だろうか。反応を返さないドフラミンゴを見上げ、少女は落ち着き払った様子で再び口を開いた。

「ここで働きたいんです」

 大柄な身体は、椅子に踏ん反り返っているために、殊更大きく見えた。ドフラミンゴはいつものように不敵な笑みを浮かべたまま、少女を見下ろしている。幹部たちはその周りを囲むようにして立ち、胡乱な視線を少女に投げていた。それに混じりながら、ロシナンテはじっと少女を観察した。
 擦り切れ破れた服は、元は質のいい物だっただろうことが伺え、爪は栄養失調で剥がれることなくきれいに揃っている。手足は細く、痩せているが、骨と皮というほどでもない。肉刺のない手には、武器の類など持ったこともないだろうと思わせる柔らかさがあった。大方、海賊の襲撃を受け行き場をなくした町娘というところだろうか。その不幸な境遇を想像したロシナンテは涙を浮かべかけた。けれども子ども嫌いで通っている彼は、そんな様を見せるわけにはいかない。ぐっと眉間に皺を寄せ、できる限り怖い顔をして少女を睨みつける。残念ながら少女はドフラミンゴ以外視界に入っていない様子だったけれど。

 少女はひどく落ち着いていた。自分の倍ほども背丈があるような海賊たちに囲まれてなお、怯えをちらりとも覗かせないその態度は、もはや異常と言っていい。黒い瞳は無感情に、ガラス玉のようにドフラミンゴを映している。

「フッフッフ……。おまえ、故郷はどこだ?」
「誰も知らぬところ。もはや手の届かないところにあります」

 ドフラミンゴの問いに、少女は丁寧に答えた。

「申し上げても構いませんが、恐らくどなたもご存じないところでしょう」
「言ってみろ」

 一瞬言葉に詰まった少女は、渋々といった態で口を開く。

「コシガヤ」
「フッフッフ、知らねえなあ」

 ロシナンテも知らなかった。海兵としてある程度地理には強い自信があったものの、名前も聞いたことがない。よほど遠い島なのか、或いはよほどの田舎なのか。博識の部類に入るドフラミンゴも知らないとなると、相当である。
 少女はその反応に何ら感慨を抱いた様子もなく、ただ一つ頷きを返した。

「私にはもう、他がないのです。どうぞここで働かせてください」
「しかしおまえは戦えねえだろう。うちは海賊団だ。いったいおまえが何をしてくれるっていうんだ?」

 問いかけるドフラミンゴは至極楽しげだった。下種が。口に出さないもののロシナンテは内心苦虫を噛み潰した。
 目の前の少女に何もできないことなど、わかりきっているだろうに。何一つ持たないだろうこの哀れな少女から、これ以上搾取するつもりか。
 ロシナンテは正義感の強い男であり、本来ならば保護するべき対象である少女がひどい目に合うことなど看過できない性格である。しかし潜入捜査中の身であるが故、ロシナンテは少女に手を差し伸べることができない。それどころか、この先自分は少女を痛めつける立場になるのだ。そのことを考えると憂鬱だった。

 アジトの入り口から、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてくる。それと一緒に、何やら言い争う子どもの声が三人分。
 大きな扉を押し開け、子どもたちが入ってくる。最初にやってきたのはバッファローとベビー5。随分と前からこのファミリーに所属しており、ロシナンテの暴力を受けようともなかなか出ていかない子どもたちである。そしてもう一人、つい一ヶ月ほど前にやってきた、白い街の悲劇を一身に背負うローが小柄な身体をするりと滑り込ませた。

 言い争っていた子どもたちは、大人たちが揃っている様子に口を閉じ、何が起こっているのかと状況を観察した。ドフラミンゴの前に少女が一人膝をついているのを見つけ、入団志願者かと納得する。治安の悪いスパイダーマイルズで幅を利かせるドンキホーテ・ファミリーに入りたがる人間はそう珍しいものでなく、なんなら見慣れた光景でさえあった。けれども一人だけ、この状況に目を丸くした者がいた。

「花子……」

 ロー自身、意識して発したものではないだろう。ロシナンテの他は、ローの声に気を払わなかった。ともすれば聞き逃してしまうそれを捕まえたのは、ロシナンテともう一人だけだ。
 少女が振り返る。ローは信じられないものを見るかのように少女を凝視していた。唇は青く、顔には血の気がない。握りしめられた拳は、力が入りすぎて震えている。
 少女はローを一瞥すると、すぐにドフラミンゴに視線を戻した。薄い唇が、わずかに綻んでいるのをロシナンテは見た。

「なんなりと」
「……フフ、フッフッフッフッフッフ!」

 採用だ。機嫌よく言い渡すドフラミンゴに、ロシナンテは頭を抱えたくなった。


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