04 彼女の企み
私は相変わらず。教室の隅に影として身を置き、昼休みだけ球磨川先輩と食事をする。そんな日常を享受していた。
『過負荷』持ちの私がこんなにも穏やかに暮らしていられる。それは先輩のお陰で間違いない。
当たり前に他人を壊している。それは先輩自身の言葉だったり、阿久根高貴という武力だったり、時には先輩の『過負荷』だったり。そうしてみんなに嫌われて避けられて平穏を作り出している。
私は、球磨川先輩といる。たったそれだけでも守られているのだろう。本来なら、はじめの頃の先輩のような扱いを、私も受けてきたはずなのだ。多少ならどうにかできても、私が毎日毎日重ねられる数の暴力に対抗できるとは思わない。
もちろん私にもその様なハプニングが全く無かったわけではない。でも規模が違う。そして私は鍵をかけられるのだから、相手の敵意に鍵をかけてしまえば済む。一度に相手ができる二、三人までならばなんとか。
そうして私は自らを守るため、息をするように人の心に鍵をかけ続けている。だって私は傷つきたくない。私は悪くない。
こうして私は、この穏やかな日常を享受し続けている。

安心院さんはどうもそれが、あまり気にくわないらしい。そういった意味のことを言われた。話が長かったから半分も聞いていなかったが、どうやらそういうことらしい。
季節は秋に入っていた。そろそろ秋雨前線がきになるような季節の金曜日の放課後だった。
安心院さんは例のごとく唐突に現れた。先の遭遇から会うこと数回、唐突さには最早慣れた。それでも驚くことはあるけれど、どこにいても当たり前と思えばまぁなんとか。
私は下校の途中で、彼女はいつの間にか当たり前のように私の隣を歩いていた。そして有無を言わさず喋り始めたのだった。
「――とまぁつまり、あまり彼に甘えて守られてばかりじゃいけないぜってことさ。咲夜ちゃんが球磨川君の側にいたいなら力をつけた方がいい。誰より弱い彼を、守ってあげられるくらいのね」
「どういうことです?」
私は顔をしかめる。
「そのままの意味だけど。だって君は持ってるじゃないか。戦うにふさわしいスキルを。そう嫌わずに使えばいいのさ。君のその『異常』は鍛えればとんでもないものになりうるからね」
「何が言いたいんですか、安心院先輩」
言葉に角が立つ。
「僕のことは安心院さんと呼びなさい。僕は今多方面でいろいろ企んでいるのだよ。その一つに君の協力と強化が要るわけなのだけれど」
「嫌です」
私はこの人の手のひらで踊らされるのだけは勘弁。本気でそう思っている。
つかつかと歩く速度を早める。別に安心院さんが嫌いな訳じゃないけれど、これ以上話していると巻き込まれそうで。
安心院さんに会って以来、どうも球磨川先輩の顔が真っ直ぐ見られない。どうしてもあの時の球磨川先輩の表情と、普段私に向けるものを比べてしまう自分がいる。
先輩には自分だけ、だなんて思っていたわけじゃないけれど。阿久根だっているのだし。むしろ私より先輩が重宝しているのは彼だろう。
でも、先輩のあんな表情。眩しそうな、熱を持ったような悲しげな表情。私は知らない。あんな顔ができるだなんて私は知らない。
「僕はねぇ。冬の選挙で球磨川君を生徒会長に祭り上げようと思ってるのだよ」
「はい?」
何を言っているか最初からさっぱりな人だったけれど、それにしてもこれは突飛だった。思わず足を止めてしまった。
「この学校の現状鑑みれば、彼以上に相応しい人間もいなかろう。そして同時にとても困難だ。どう見積もっても支持率は0なわけだからねぇ。ああ、君と僕で二票かな。でも、だからいい。困難だからこそやりがいがある」
「安心院さん。私にはあなたの考えてること、さっぱりわからない」
今度こそ話は終わり。また早足で歩きだす。今度はもう安心院さんはついてこなかった。
「君は彼の為にどこまで身を投げ出せるかい?」
背中から投げかけられた声に耳を貸さずに私は立ち去った。
だって私には何もできない。守るって何? 私のすることではないだろう。だって阿久根がいるじゃないか。
私は手当てをするだけ、昼食を共にするだけ、喋って少しふざけるだけ。それだけの間柄だ。それでいい。それでいいのに。
何故それ以上を見せるの。期待しない。私は期待なんかしたくないのに。このままでいいのに。何故変えようとするの。
これでいいのに。私は満足してるのに。
なんで、こんなに悔しいのだろう。

土日をはさんで月曜日。私は教室でご飯を食べた。火曜日も水曜日もそうした。雨はしっかり毎日降って、私を嫌な気分にさせた。
また、金曜日が訪れた。朝は多少晴れていたものの、昼には空を重たい雲が覆いつくし、今にも雨が降りだしそうな具合になっている。
教室で食べていたお弁当は、胃が重たくて半分も手をつけずにしまってしまった。
放課後ついに雨が降りだした。鞄の折り畳み傘を探すが見つからない。入れ忘れたらしい。ついていない。まぁいいかと靴を履いて昇降口から一歩踏み出す。
強い雨が私の髪を肩を塗らしていく。堪らなく惨めな気分になって気がつく。以前は自分の『過負荷』や『異常』や生まれた姿を思う度に、こんな気分になっていた。毎日、どんな時でもそうだった。それをひたすら隠してきたのに。あの人に会ってから、あの言葉をもらってから、本当に穏やかな気分で過ごしてきたことに気がついてしまった。
ふっと視界が薄暗くなった。雨が肩にあたらない。
「『咲夜ちゃん』」
先輩が私に傘を差し出している。その傘に私は入っているが先輩は入っていない。柔らかい髪が雨に晒されて顔に張り付いていく。
「『女の子が体を冷やすもんじゃないぜ』」
「先輩が濡れてるじゃないですか」
こんな気分の時に先輩が偶然、いや安心院さんのスキルのせいとはいえ、来てくれた。なんだか鼻がツンとしてうつむいた。先輩の手を押し戻して傘を先輩の上に戻す。
「……途中まで入れてください」
そう言って、心がぎゅっと苦しくなる。安心院さんの言うとおり、私は球磨川先輩に甘えて、その優しさを享受するばかり。私は何も返せはしない。先輩に私が差し出せる程のものは持っていないのだから。
家の近くまで私達は何もしゃべらなかった。私はうつむいたまま。先輩の顔も見られず。そのまま別れ道まで来た。
「『咲夜ちゃんごめんね』」
優しくて暖かくて寂しい声でその言葉は囁かれた。
「『君は『過負荷』を持っているけれど、『異常』というプラスも持っている。君はプラスとは思っていないみたいだけれど。僕から見ればそれはプラスだ。そんなプラスを持っている君にとってみたら僕は気持ち悪かっただろ』」
先輩は私の頭に軽く手を乗せて、しかしその手をすぐに引っ込めてしまった。名残惜しくて思わず顔をあげれば、またごめんねと先輩が言う。
「『だから無理して来なくていいんだ。僕はそれくらいのこと気にしない。それだけ最後に言いたくて』」
苦い。苦しい。どうしてそんなこと言うのか。最後だなんて。会いにいかなかったのは、ちょっと安心院さんの言葉に拗ねただけだったのに。最後だなんて。そんなの。
「ずるい。ずるいですよ」
違う。
「鍵を開けたのは先輩じゃないですか」
そんなことが言いたいんじゃない。
「私をこんなところまで連れてきて放り出すんですか。ずるいですよそんなの」
これ以上言いたくないのに。言葉は止まらない。締め付けられる心臓と『過負荷』を押さえながら私は逃げた。それ以上そこに立ってられなくて。雨の中を走った。
悔しい。私の不甲斐なさが。でも、私は悪くない。悪くない。悪くない。どうすればよかったのかわからない。悲しい。ひたすら悲しい。これでもう私は先輩の近くにはいられなくなってしまった。それがたまらなく悲しい。
玄関の前でしゃがみこむ。息をゆっくり整える。
「君は馬鹿だね。君は何か返すどころか、球磨川君にとって本当に限られた心許せる友人を、君自身の手で取り上げてしまった」
安心院さんは唐突に私の隣に座っていた。
「君がこの失敗を取り返す気があるなら、もしその気になったら、僕を呼びなさい。力を貸してあげよう」
悔しい。私は結局、この人には勝てない。
そう思ったら笑えてきて仕方がなかった。
頬に流れてきた雨粒は熱くて少ししょっぱかった。

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