19 最後の贈り物
「わかるように説明してくれない?」
背中を嫌な汗が伝う。
「グッド!顔色が変わった。やっと話を聞く気になったな。ふむ、ではどこから語ろうか。長い長い君へのプロポーズだ、心して聴くのだよ」
それは本当に長い話だった。彼の出生から始まり、話は少し先の未来にまで及んだのだから。
いろいろなツッコミどころを無視してとりあえず簡潔にまとめることにする。そうしないと頭がショートしそうだった。
博士は博士の姉に相当ご執心だ。
博士の姉とは、めだかちゃんのお母さんでもある。そして故人だ。
品種改良とやらをして娘のめだかちゃんを理想のパーソナリティにしたてあげたが、そのスペックに博士の方がついていかれなくなったので、めだかちゃんは諦めた。
そして、婚約者候補に上がったのが私と不知火半袖。スキルなどを加味して考えた結果、私の方がめだかちゃんの劣化版として優秀であったので私が選ばれた。
当のめだかちゃんはただ今、漆黒宴とかいう血なまぐさい見合いの真っ最中。球磨川先輩や安心院さんはそれに同行し、みんな揃ってやけにあっさりと捕まった。
先輩を解放してやるから、鶴喰鳩の、黒神めだかの劣化として自分と結婚してほしい。
要約すればこれだけになるが、ここまで、私が理解できるまでにかかった時間は三時間と半分だ。
話は理解した。だけれど、納得出来ない。できるはずかない。
「どうだい? 悪い話じゃないだろう」
段々と冷静になってきた私は、座り直す。
「それって、要は条件を飲まないと先輩の身は保証しないってこと?」
「そうとも言えるな」
状況は絶望的だった。もう、私にはどうにも出来ないことだけよく分かった。
「私には選択の余地はない」
「そうとも言える。君も叶わぬ恋など追わずに、俺で妥協したらどうだい? 俺も君で妥協するから」
「なるほど、妥協、ね。プロポーズって言われてゾッとしたけど、あんたは私の事なんてどうでもいいのね。ホッとした。そうだな、そういう事なら、それなりに考えてもいいかな」
声が震えた。
「でも、考える時間が欲しい。すぐには受け入れられない。だから、時間をちょうだい。そしてその間、先輩にはどうか手を出さないで。約束して欲しい」
これが受け入れられるかどうか、そこが要。
「いいだろう。それくらいのことなら。良い返事をいつまででも待ってる。その代わり、なるだけ早くがいいね。確かに妥協はするけど、でも、君を大事にするよ咲夜ちゃん。大事に大事にね。この檻の中で。それも約束しよう」
何か気味の悪い発言があったような気はしたが、とりあえずようやく本当にほっと一息をついた。これで、言いたいことが言える。
「ありがとう、それを約束してくれて。私も約束します。私、ここから逃げたりしません。答えが出るまでは。それを私も約束します。だからあなたも今の約束を『破ろうなんて思わないで』」
ガチャン。錠の音。攻撃や逃亡の意思がなければ、やはり通る。
「そして、私は『私の答えがでるまで、私は私には戻らない。私が私でいたいのは、この心に先輩の姿があるから。そうある事ができないのなら、私は私じゃなくていい』」
覚悟して口に出した割に、存外、柔らかい声が出た。私はやっぱりまだ浮かれているのだ。きっと先輩は助けに来てくれるだなんて幻想を抱いているから、こんな事ができる。でも、それも悪くない。そう思える位に、やはり私はあの頃とは変わったのだろう。
それにどうせ先輩のことは気長に待つ気でいたのだ。先輩のことを待つ時間、その時間の過ごし方が変わるだけだ。そう思えば、なんの苦もない。だいたい私は不自由な生活には慣れている。
ゆらりと私の姿がねじ曲がる。そして、大きな錠の音。黒い影が地面に舞い、音もなく着地する。檻の柵をすり抜けて博士の机に乗ったそれは、にゃあと一声あげその場に丸まった。
黒猫は上機嫌に尻尾を揺らめかせ、博士の方をチラリと見た。だけれどもすぐに目を伏せ、ペロペロと肉球の掃除をはじめてしまう。
「これは、まいったなぁ。一本取られた。だけどまぁいいか。袖ちゃんは漆黒宴の後なら依頼ができそうだし。ん、でもそうか。漆黒宴は始まってるんだからそろそろ依頼を送らないとだな」
鶴喰博士が依頼書を作る隣で黒猫は眠る。黒は先輩の色。きっと先輩は私を探しに来てくれる。

それからしばらくの時が経つ。
黒猫は生かされている。猫を気に入った杠かけがえに、猫としてそれなりに可愛がられ、生きている。一日のうち十五時間を睡眠に費やし、だらだらと。
そして黒猫は夢を見る。
安心院なじみの。夢を。
「今日はね挨拶に来たんだ。最後の挨拶。そして咲夜ちゃん。君へのお詫びだ」
いつもの教室。私は私の姿で安心院なじみの前に立っている。
「やけに仰々しい。なぁに? どこか遠くにでもいくの」
「いや、君がこれを見ているのなら既に、だね。とっても遠くへ行ってしまったよ。僕は死んだんだから。これは君へのビデオレターのようなものだ」
この辺かなと言いながら、安心院なじみは手を伸ばす。その手は私の頬に触れる。
「残像だからね。君の声は聞こえない。姿も見えない。だから、君の動きを予測して手を伸ばしているだけだね」
しばらく私は硬直していた。頭が真っ白になって、何も考えられない。
安心院さんが死ぬ。そんなこと、信じられるはずもない。この人は、どんな生き物より長く生きている。逆に、どうやってもスキルのせいで死ぬことが出来ない人だ。
なぜ、そんなことになる。
そうして愕然とする私が落ち着くまで、安心院さんは待ってくれている。
ふんふんと鼻歌を歌いながら。聞き覚えのある童謡は黒猫の歌。
「……さてそろそろ君も落ち着いただろう。さて何から話そうか。これまでのあらすじってやつからにするかい?」
「漆黒宴のことなら大体聞いてる。めだかちゃんが勝ったんでしょ」
安心院さんはにっこりと微笑んで、そうだと言った。聞こえていないはずなのに、タイミングも完璧だ。
「そして、学校に戻ってきた僕たちは君が本当に不在であることを知った。それでね、球磨川君は最初に不知火半袖のところへ君の居所を聞きに行った。そこで、面倒なことが起こったんだな」
面倒? 眉をひそめながら、私はその話を聞いている。
「不知火半袖は学園を離れる決意をしていて、君の情報と引き換えに彼に皆の記憶を消すように頼んだのさ。そして球磨川君はそれを実行した。そして、彼女はそのまま失踪した。君の居所を明かさないままね。もしくは、本当は知らなかったのかもしれないが。僕たちは彼女を取り戻しに、そして、君の居所を知るために彼女を追った。その先、不知火の里で僕は出会ってしまったのさ。言彦に」
安心院さんはそこで私の目をまっすぐに見つめた。
本当は見えてるのでは。そんな事を思って、私は窓側へ移動する。それを安心院さんは目で追わない。
「君の事だから、きっと今僕の視線を避けただろうね。まぁいいや。とにかく言彦を見ても近づくな。君では勝てない。この僕がむざむざ殺されるほどの男だ。死に急ぐ事はないね」
そんなふうに安心院さんは自分の死を語る。
「悔しいな」
「聞こえない」
「安心院さんだけじゃなくて皆も傷ついたんでしょ。そんな時に、私は役にたたない」
「聞こえない」
「いつもそう。三年前のあの時も戦挙の時も今も、大事な時に私はずっと何もできないできた。余計なことしかしてこなかった」
「聞こえないって言ってるだろ。全く君は球磨川君と似たようなことするなぁ。ならそうだなこうしよう。三年前君にしたことのお詫びを僕はまだちゃんとしていないね。お詫びとして君に一つプレゼントをしよう」
言うなり、彼女は私の唇に吸い付いてきた。
ぎょっとして飛びのいた私に彼女は笑いかける。
「そんなオーバーな。今渡したのは『一度だけ限界を突破するスキル』本当の本当に一回こっきりのスキルだ」
「な、なんで。私は詫びられるようなことはない!! あの時は辛かったし、あなたを恨んだこともあった。だけど、今ならわかる。あれは私達がどうしようもなく子供だったから起きたことだ。それに、あの事があったから私は今の私になれた! あなたが悪くないだなんて言わないけど、詫びられることじゃない!」
私の声を聞いているかのように、彼女は私を見つめている。
「ならこうしよう。もどかしいもどかしい君へのささやかな応援ってことにね。実はね、球磨川君には、とっておきのプレゼントを用意したんだよ。不平等なくらいのね。だから、君にもって思った。それならいいかな」
それを言い終わらないうちに、安心院さんはポンと手を打ちながら更に話を進める。
「あーあそうだねぇ。やっぱり君にも、もうちょっとくらい何かあげようかな。弟のように可愛らしい球磨川君に僕はとびきりの不公平をした。だけど僕はね、君にもなんだかんだ入れ込んでる。
そうだね、名前がいい。君が今まで名前をつけてこなかった君の力に、僕が名前をあげよう。僕の形見と思って自分とその力を大事にしたまえ」
「そんな、形見だなんて」
聞こえない。そんな表情で安心院さんは続ける。
「身体を意のままに変化させるスキル『正体不明(パンドラボックス)』、それから言葉で鍵をかけるスキル『言霊鎖錠(ロジカルロック)』、一度っきりのスキル『最期の輝望(ロストボーダー)』
それから、これはおまけ。君へのささやかなヒント。君の先天的な欠陥、その過負荷はスタイルというやつによく似ているね。君にもきっと使える。君がそれをしたいと思えばきっと」
私はゆっくりとため息をつく。
「安心院さんはわがままだ。やりたい放題だ。ほんと昔から。人の話聞かないし」
「聞こえないってば」
「知ってるよ。ばか。貧乳」
思いっきり殴られた。やっぱり聞こえてるのではなかろうか。
こほんと咳払いして、私は口を開く。
「でも、感謝してる。安心院さんはずっと私にヒントをくれてた。今もそう。だから、大事にする。安心院さんにもらったものみんなみんな大事にする。もちろん、自分のこともね。だから、あなたにも死んで欲しくなかったなぁ」
「君が君の力でここまでやってきたんだよ。咲夜ちゃん自身の力でね。僕が余計なことを言わなくてもしなくても、きっと君は今の素敵な君になれたさ。君はちゃんと間違いを認めて努力ができる人だから。だから、後ろはもう向いてはいけないよ。君の進む道は前にしかない。大丈夫、君も彼も幸せになれるさ。本当に君達がそう望むのなら」
君は三年前の出来事にこだわりすぎだから。
安心院さんはそう言った。
そうかもしれない。だから私は黒猫という姿を選んで、自分に鍵をかけたのだ。
「そして、君の待ち人はきっとやってくる。だからそれまでお休み。咲夜ちゃん」
それ以来、私は彼女を見ていない。

黒猫は大きなあくびをひとつして起き上がる。窓から見える月は遠い。
そして、流せない涙の代わりに、ひときわ大きな声で鳴いた。

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