閑話 愛は勝たなくてもいい
「『じゃあおしえてやるよ攻略法。どんな理由があろうとも女を待たせる男は最低だ。幸せってのはするもんじゃなくて、一緒になるもんだよ。結局君は振られるのが怖いだけなんだ。それが怖くてごっこ遊びをしてるだけ。めだかちゃんの強さにべったり甘えてるだけなんだ。いや、全く心から嬉しいよ。やっと僕みたいになれたね善吉ちゃん。ようこそマイナス十三組へ。こっちの水は甘依存』」
めだかと人吉の対立からしばらくの時が立った。その状況はまだつづいており、球磨川率いる裸エプロン同盟は委員会連合にうまく取りいって戦局を維持している。
球磨川は咲夜と共に、選挙管理委員会に今はいる。咲夜の方は今はたまたま席を外している。
もやもやする。思っていた以上に太刀洗のやる気がないことで、思ったように球磨川は動けて居ない。そんなところに人吉善吉が、生徒会長選挙立候補の申し込みをしにきたものだから、嫌味の一つや二つや百や二百、言ってやりたくなったのだ。
それで、概ね冒頭のような事を述べたら「お前は本当に嫌な奴だよ、ありがとう」と言われて本気の蹴りを食らった。
そんな球磨川に、太刀洗が笑いかける。
「本当に球磨川先輩は嫌な奴だよね〜〜〜。で、一つ聞かせてよ〜〜〜。球磨川先輩」
なんだい? そう返しながら球磨川はわざととぼけた顔をする。だいたい彼女の聞きたいことが何か、知っているのだ。
「あんなこと言っちゃって〜〜〜。本当は人のこと言えないくせに〜〜〜。球磨川先輩はさ〜〜〜。如月さんにいつまで甘えてるつもり? 女待たす男は最低だな」
最後だけ、太刀洗の声にはいつものぼんやりした響きはなかった。いつぞやの赤黒七並べの時のような冷ややかな音である。
「『僕がどうしようもなく最低でクズなのはよく知ってるだろ。
それにね。あの子が僕のことどう思ってるのか、僕だって知ってるさ。だけどね、太刀洗さん。太刀洗さんはちょっと勘違いしているよ。咲夜ちゃんのその気持ちはさぁ。刷り込みみたいなものだよ。生まれたての雛が最初に見たものを親と思い込むのと同じさ。彼女が僕に持っているのはそういう愛着心で、それを恋と取り違えてるに過ぎないのさ。
僕は、咲夜ちゃんにとって初めて出会ったおぞましいものだったんだよ。あの時彼女が自分の本性と思ってた姿と同じくらいのね。それだけの事だよ。
まぁそれでもそれが他の女の子だったら、僕はそれでも良いんだけど。咲夜ちゃんはダメだね。ダメなんだ』」
そこで球磨川は一度言葉を切った。続きを太刀洗に聞かせるかどうかを迷ったのだ。
彼女は有事の際、誰かのために自分の命を捨てることを厭わない。不幸が束になって押し寄せてくる体質の自分と共にいれば、彼女は必ず何処かで命を落とす事になるだろう。それをこの間の宗像との出来事で嫌という程思い知らされたのである。
彼女は自分に恋をしていると勘違いしたまま、勘違いで死ぬ事になるかもしれない。それが、球磨川の懸念だった。
阿久根も同じ事を思っているらしい事も球磨川は聞き知っている。
一緒に幸せになれるものなら死ぬまで一緒にいたい。だけれども、きっとそうはいかないのだ。
そんな風に失うなら、彼女の一番近くは自分でなくていい。人吉のようには、勝たなくて良いのだ。この戦いだけは。
太刀洗は考え込む球磨川にニヤリと笑いかける。
「うん。しょ〜がないな〜〜。球磨川先輩の癖に、いっぱしにそれは愛ってやつじゃん。つまり、球磨川先輩は言えないわけだ。勘違いで、僕と一緒に不幸になろうぜって〜〜〜。しょ〜がないな〜〜。そんな球磨川先輩の球磨川に免じて、私も仕事しちゃおっかな〜〜〜」
好き勝手言って、太刀洗はポケットから携帯を取り出して何処ぞに電話をかけ始めた。
「私、選挙の時さ〜〜〜。司会やろうと思うから、そのつもりでじゅんびしててね〜〜。あ、枕はいらないよ〜〜、立ってやるから〜〜〜」
その様子から相手は長者原だと思われた。
面食らっている球磨川に、太刀洗はいつもの緩んだ表情で笑いかける。
「まったく、私を動かすなんて全く大したひとだよね〜〜。でも、私は如月さんの気持ちが勘違いとか、そうは思わないけどな〜〜。ま、わたしには関係ないけどね〜〜」
そして立ち上がって伸びをした。
聖夜が近づいてくる。
その前に眠り姫の立ち姿というちょっとした奇跡を目撃し、球磨川は目を瞬かせるしかなかった。

prev next
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -