17 私にできる全ての力で
人吉がめだかちゃんに見捨てられた頃から名瀬さんも真黒さんも忙しいようで、ほとんど自主練習な日々が続いている。
その日も私は修行に明け暮れていた。最近は出来ることも増えてきて、努力するのが楽しいとさえ感じるようになってきている。
ただ、やっぱり失敗してしまい、体のパーツがちぐはぐになってしまった私は、放課後すぐに球磨川先輩に会いに行って『却本作り』を刺されていた。
異変を感じたのは、飲み物を買いに購買へ向かう途中だった。
胸に刺さった螺子が不意に崩れて消えた。
「あん」
それから、聞き覚えのある声がしたのだ。
もがなちゃんの声帯砲。『却本作り』の消失。
何かが起こっている。
私はすぐに、生徒会室の方へ駆け出した。

生徒会室前に飛び込んで、私は遅すぎたことを知る。
血まみれで倒れる球磨川先輩、その手前で膝をついたもがなちゃん。彼らの向こうに佇んでいる宗像。
「咲夜さん!! 禊ちゃん、私を庇って……」
私はすぐに先輩に駆け寄って顔を覗きこむ。喉から血を流し、彼が弱く息をする度に喉から血が溢れた。素人目に見ても助からないのがわかる。
でも、私に彼を諦められるわけがなかった。
ゆっくりと宗像の方へ向き直る。
「許さない」
「そう言われても、もう人を殺す気がないんだ。つまんなかったからね」
「……。挑発してるの? どちらにせよ、タダで帰すつもりなんか更々ない」
言うが早いか私は宗像に飛びかかる。その姿は黒神めだか。拳がかわされ、後ろから迫る手刀を今度は高千穂の反射神経でかわす。
いたみちゃんのように後ろに跳ね、宗像を飛び越え、再び黒神めだかが天井を蹴る。
壊れたスプリンクラーが水を撒き散らし、私も宗像もずぶ濡れになる。
「なるほど。侮れないな。気は向かないけど、君も始末する」
「悪いけど、あんただけは絶対ぶっころす」
ぱきっ。
私の足元から凍りつきはじめる。
名瀬さんの姿に宗像が気がついた時には、彼は既に膝まで凍りついている。
「何をしてるの!!」
私はもがなちゃんへ呼び掛ける。
「早く行って!!」
「でも…禊ちゃんが」
「しのごの言わない!!」
思わず力がこもって、もがなちゃんの声に鍵をかけてしまう。
「身体能力だけじゃなく『異常』や『過負荷』まで…だ…」
ぱき。ぱきき。
宗像が凍り付いていく。
「まあ、私にはめだかちゃんみたいな観察眼はないから、完全に劣化だよ。そもそもこれは変身のおまけ能力なわけだし」
変身を繰り返すうち、私は体格や身体能力だけでなく体質まで再現できることが分かってきた。そういえば猫になったときも、めだかちゃんがやけに恐ろしく感じたのだった。
全身凍りついたのを見届けて私は先輩の前に座り込む。
「球磨川先輩」
先輩に言いたいこと、先輩とやりたいこと。私にはまだいっぱいある。
それに球磨川先輩を殺したのは私だけで十分だ。その罪を私は他の誰にも渡すつもりがない。
私の頭に浮かんでいたのは、三年前のあの日のこと。私が先輩を殺した時のことだった。
私の表情を見て、もがなちゃんが息を飲む。
私は目を閉じて、先輩の唇に自分の唇を重ねた。
許さない。口の回りについてしまった血を舐めて立ち上がる。
その、私の背中に強い衝撃。背中が熱い。燃えるように熱くて、頭がチカチカして再び膝をつく。
「本当につまらないけど、彼のためならこれも致し方無い。君もやっぱり殺す」
冷ややかな声が背中にしみる。
ぐらんぐらんする頭をなんとか後ろに向ける。宗像が氷を割って出てくるところだった。
「君が『凍る火柱』を使った時はひやりとしたけれど、劣化で良かった。こうして抜け出ることが出来たからね」
私は背中に手を回し、そこに刃物が刺さっていることを知る。
そして納得する。もがなちゃんが見ていたのは私じゃなくて、その後ろ。私に危機を伝えたくても彼女は今鍵をかけられていた。
私の失策だった。
だけれど、私は焦ってなどいない。
「これでいい。私は、もう、目的は果たしているから……」
途切れ途切れ呟いて、もう一度宗像の前によろよろ立ち上がる。
「動くな!!」
私が宗像に鍵をかけるのと宗像の投げたナイフが私に刺さるのは同時だった。
私は床に倒れ伏して、ぼやけていく世界を眺めるしかない。
これは、最悪死ぬなぁ、だなんて暢気に思いながら私は弱っていった。
しばらくして投擲した姿のまま固まっていた宗像が動き始める。私が弱って、彼を縛る力も弱まったのだ。
意識が朦朧として、暗転。

「化け物の領域にようこそ」
安心院さんが、あの涼やかな声で笑っていた。
いつのまにか私は教室のど真ん中に突っ立っていて、彼女は教卓に腰かけている。例のパターン。
「君がそこまで成長してくれて嬉しいよ」
安心院さんの目には慈愛がこもっている。
「見てるだろうなって思ってた」
肩をすくめて、そう返しながら私は椅子を引いて座った。
「変身能力によるトリッキーかつ敏捷な戦闘スタイル。スキル(体質)までトレースする変身の精度。そして、完璧な部分変化まで君はやってのけた。技術までトレース出来れば満点なんだけどね。君はめだかちゃんじゃないし、君の目的から言えばあれで十分すぎるほど及第点だろ?」
手を叩いて興奮気味に安心院さんが近づいてくる。
「安心院さんは本当になんでもお見通しだよね」
安心院さんの言う通り、私のあの戦闘での目的は宗像に復讐することでも、追い返すことでもなかった。
私がまずやらなくてはならなかったのは宗像を動けなくすること。
声を使わなかったのは、先輩を倒しにきた彼が私の対策を怠るとは思えなかったから。実際、不意をつかねば通用しなかった。
次に私が行ったのは宗像に知られることなく、三年前を再現することだった。
倒れた球磨川先輩を見た瞬間に、これをどうにかできるのはもはや『大嘘憑き』以外にはあり得ないと悟った。だから、私は賭けに出た。
顔面だけの変化。初めて意識的に挑戦した。
私が変身したのは安心院さん。数多のスキルから私の実力でなんとかトレースできたのは最低限の二つきり。それだって劣化である。『手のひら孵し』を譲渡して、あとはまた賭けだった。
欠陥品の『手のひら孵し』から、うまく『大嘘憑き』が再構築されるかわからない。それに球磨川先輩の再構築が間に合うかどうかだって賭けだ。しかし、ここまできたらもう駆け抜けるしかない。
あとは時間を稼ぐだけ。宗像に隙ができるのは相手を殺す瞬間。その瞬間だけ狙って声を放てばいい。
そうして勝負に勝ったかもわからず、とりあえず試合に負けた私は、死にかけてここへ来ているわけだ。
「そりゃ君達は僕のお気に入りのキャラだからね」
そう言って私の頭を安心院さんは撫でる。子供のような扱い。しかし、安心院さんにしては珍しく私を誉めたと思う。
素直に嬉しい。顔には絶対出さないけれど。
なんだかんだ私は安心院さんに感謝しているのだ。私を球磨川先輩や、めだかちゃん達と引き結んだのは他の誰でもなく安心院さんなのだから。
「ねぇそれより、そろそろ教えてよ。先輩はどうなったの?」
私の髪を撫でながら安心院さんはふふふと笑った。
「見てくれば良いのさ。もちろん咲夜ちゃん、君自身の目でね」

『「やぁ、咲夜ちゃん。久々の安心院さんはどうだったかい?」』
目の前に先輩がいた。
場所もあの教室から保健室に移動している。
なんだか声もでなくて、私は先輩の真っ黒な瞳を見つめるばかり。ようやく私が生きていること、先輩が生きていることを実感する。
実感してから、私を襲ったのは死の恐怖。
「あ、あ……」
安堵から気がつけば私は泣いていた。
嗚咽は段々大きくなって、最後はわぁっと声をあげていた。
『「あーあ。僕は自分をもっと大事にしてよねって怒ろうと思ってたのに、そんなに泣かれちゃ怒れないじゃないか」』
そう言いながら先輩は私の背中をさすってくれた。
先輩のそういう面倒見いいところが好きだなぁ。なんて思いながらも、涙は止まらなくてどうしようもない。
『「それからありがとう。咲夜ちゃんのプレゼント確かに受け取ったぜ。劣化だけど『大嘘憑き』は確かに僕のところへ戻ってきた」』
それを聞いて収まりかけていた涙がまた溢れてくる。
「わたし……わたし、聞いて欲しいこと、あるんです」
言葉はするりと口から出てきた。
「わたし、先輩が……」
先輩の表情がなくなったのを私は見た。
先輩の人差し指が口にあてられていて、思わず息が止まる。そっから先はもう言えなかった。言うのが怖くて。
「聞かないよ。今は聞かない」
先輩の目に見えた色は黒よりもっと深い色。それで、この言葉が先輩の心の底からのものとわかってしまう。
だから、先輩の手が口から離れても口は開けなかった。
背中に触れる先輩の手が熱い。
胸にちいさな痛みが走った。それでも、この時間がずっと続けばいいと思った。
だから本当は泣き止めたけど、もう少しだけめそめそしようと思った。
西日が私達を真っ赤に染めている今だけは……。

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