00 塔の底から
彼をずっと覚えていた。
子供の頃に病院ですれ違っただけの存在を覚えている、というのは中々ない話かもしれない。しかし、彼は印象が強すぎた。私以外にも一目見て忘れられなくなった人間は多いだろう。
あの病院はおかしなところで、私と同じおかしな子供だらけだった。その中でも彼は抜群に狂っていた。普通の目玉を持って生まれた私にも一目でわかる暗い空気を、笑顔のまま垂れ流していたのが彼だ。
肌を舐める不快感。瞳の奥に渦巻く暗がり。すれ違って、あろうことか私は安心したのだった。ああ、下には下がいると。私はまだ大丈夫だと。
だからこそ私は治療を完遂する事ができたし、ずっと彼を忘れられないで生きていった。
あの病院で治療を完遂したのは、後にも先にも私だけだったという。その私の治療だって、ごり押しも良いところ。私のスキルの一つを逆手に取った、とても正攻法とは言えないものだったけれど。お陰で私は『普通』に紛れて生きていく事が出来るくらいにはなった。
その後、彼に感謝の念と一抹の申し訳なさを抱きながら成長し、表から見れば『普通』のレベルでヒネた中学生になる。
弱まったとはいえ無くなったわけではない『異常』と『過負荷』をひた隠しにしながら。
(時計塔の地下。私は思い出に浸り続ける。身をよじるたびに身体を縛りつけるワイヤーがギリギリという。締めつけられる心のようだ。
私は誰にも愛されえないという確信。愛されてはならないという諦め。それでも愛されたいと願ってしまう心。身体が心がバラバラになりそうになりながら、もがいてもがいて。
それでも記憶は、容赦なく身体を巡る。巡る。)

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