16 そして誰も居なくなった
安心院さんと言う人はつまるところ万能だった。一番始めに生まれた人間であり、どの生き物より長く生きている。
彼女の死はスキルによってほぼ自動的に解除される。
彼女は何億もの自分の端末を持っていて、知らない事柄はない。
数多のスキルを持った万能にして永遠の少女。それが安心院なじみなのである。

その安心院さんはある日唐突に生徒会室の窓辺に座っていたのだそうだ。そして好き勝手言って去っていったらしい。
こんな伝聞調になってしまうのは、その時私はその場に居らず、一人あくせく修行なるものに打ち込んでいたからだ。
生徒会戦挙の中で安心院さんは一つ種を撒いた。人吉を普通の人間からスキル持ちにしてしまった。
意味するところは一つだろう。彼女は私と球磨川先輩にやったことを、めだかちゃんと人吉でやろうとしている。
むしろ私達の方は予行演習であり、また種まきの一貫であったのかもしれない。
球磨川先輩とめだかちゃんを戦わせた上でここへ送りこむのが目的だったとしたら、前座として三年前のあの一件は大きな意味を持っている。
そして人吉にスキルを植えつけるには、生徒会戦挙の混乱は都合が良かったに違いないのだ。
球磨川先輩から悪気を差し引いても、混乱と混沌を生み出す天才であるのは間違いない。良心を持って動いてさえ辺り一体を混乱させるのが球磨川先輩だ。
安心院さんはめだかちゃんが箱庭学園の生徒会長になることを予見していたに違いない。めだかの統率する箱庭学園で何かを成し遂げようとするなら、別の事件でめだかの気をそらさねば種をまくことすらできない。
安心院さんが現れたということは、それら全てのお膳立てが調ったという事なのだろう。
まさか、めだかちゃんと人吉の間では殺しあいに発展するなどとは思っていないが、人吉の交遊関係は物騒きわまりない。
名瀬さん、不知火ちゃん、宗像、江迎ちゃん、ぱっと思いつくだけでも危険極まりない面々だ。そしてこの四人全員から偏愛されていることを人吉自身が気づいていない。何よりそれがヤバい。

こんなことを、とりとめもなくああだこうだ考えてしまうのは、暇だからなのだった。
私は、今また時計塔の一室に缶詰になっている。誰も来ない。待ちぼうけ状態なのだ。
そろそろ来て良い頃だろうに。
めだかちゃんは、安心院さんに備えて生徒会を強化するために、研修の中学生を交えてのゲームを用意していたのだった。
塔を登って最初にめだかちゃんに勝てた者の願いを叶えるというゲーム。
めだかちゃんにもきっと様々思惑があるのだろう。私はゲームを仕掛ける側に参加する運びとなったのである。
やっと、前の部屋から連絡が来た。どうやら欠員はいないようである。
私が最後の関門だ。
さて、これは私にとってこれまでの修行の成果を確認するにも良い機会。
いざ尋常に勝負!!
部屋にやって来た一行に私は声をかける。
「最後の関門は私だよ。早速だけどゲーム、はじめようか。
ルールを説明するね。
1、最後の一人になるまでに私の居場所がわかれば勝ち。
2、回答権は明るい間の二分で一回のみ。全員で一回です。
3、だいたい二分に一度部屋が真っ暗になります。暗くなると誰かが消えます。
4、誰かが根拠までそろえて私を見つければ終わり。全員解放です。
5、ゲーム名は"そして誰もいなくなった"
皆さんの健闘を祈ります」
照明が落ち、真っ暗になる。私が、はじめよっかと言ってからぴったり二分だ。
明かりがついて、最初に消えたのは如月咲夜と与次郎の姿だった。
「これは、この部屋をくまなく探せという事なのでしょうか」
鰐塚に阿久根が首を振る。
「いや、違うだろうね。既にこの中の一人が如月さんに入れ換わっていると見るべきだ。彼女、他人に成りすますのは誰より得意だからね」
「(誰も信じらんねぇな)ってことは、誰が如月咲夜か当てればいいわけですか」
財部が辺りを見回す。空気が張りつめる。疑いの空気が広がる。球磨川はニヤニヤと笑い、喜界島は不安げに眉を下げ、希望ヶ丘は部屋内にレーダーを張った。
「レーダーには引っ掛からない」
そして首を横に振る。
「それだけ完璧に変身してるってこと?」
『「そうなんじゃない?」』
喜界島の言葉に球磨川が頷く。
戸惑う間に一度目の暗転。
消えたのは希望ヶ丘。
「どうやらレーダーは危険と判断されたようだね。それにしても二分はかなり短いな」
互いが互いを強く警戒しあう。球磨川だけがにやにやと笑っている。
意を決したという風に喜界島が口を開く。
「禊ちゃん。思うんだけど、禊ちゃんが皆に『却本作り』を刺したらいいんじゃないかな?本当は気付いてるんだよね。それとも、もしかして刺せない訳でも?スキルが使えないとか」
新たな疑心暗鬼の種が撒かれる。
『「僕は別に構わないけど。刺せるし。けど、刺さない方がいいと思うなぁ。咲夜ちゃんが高貴ちゃんや鰐塚さんを連れていかない理由、考えてみなよ」』
球磨川が言うに、咲夜が鰐塚や阿久根を放置しているのは単純に勝てない可能性があるから、らしい。暗闇とはいえ、人を隠すには戦わないとならない。武力で勝てる可能性の高い人間や、早急に間引く必要のある危険因子から引いている。というのだ。
「(ぶっちゃけあんたが一番怪しいんだっつうの)だとしたら、一番先輩にとって危険なのは、彼女を良く知る阿久根先輩や、球磨川先輩あなた自身じゃないですか」
『「だから、高貴ちゃんには咲夜ちゃんじゃ勝てないよ。暗闇だって。まぁ、それを逆手にとってるのかもしれないけど。僕は……。ダメだ、負けちゃうね!!」』
球磨川に疑いの目が集まる。
『「大体こういうのはつっかかってくる方が怪しいんだよ。案外、財部ちゃんが咲夜ちゃんなんじゃないの?」』
そこで暗転。鰐塚が消える。
「消えたね。鰐塚さん」
「(あたしじゃねぇし)消えましたね」
「消えちゃったよ、禊ちゃん」
『「……」』
疑心暗鬼の視線がお互いの間を彷徨う。
『「ずるいよ、高貴ちゃん。本当は誰なのか、気がついてるんじゃない? 高貴ちゃんならそろそろ気がつく頃でしょ。それなのに全く建設的な意見を言わないのはさぁ、案外君がそうなんじゃないのかい?」』
「誰なのかまでは俺にはわかりませんが、どうすれば勝てるかなら分かってきましたよ」
疑心暗鬼の視線が、希望を持った視線に変わる。
「ほんと?どうするの?」
喜界島に阿久根がうなづく。
「それは、まだ言えない。如月さんに聞かれてしまったら通用しないからね」
そして暗転、次に消えたのは財部。
最後に球磨川、喜界島、阿久根が残る。
喜界島が長い息を吐き、眼鏡を外す。普段より低い声で言う。
「如月先輩は一度に狩る人数は指定しなかったよね? 私なら今度は二人狩る。だってこのままだと攻略されちゃうんだもの。だからさ、『次に照明が消えたら、ひとりぼっちだ』」
照明が消える。二分には満たない。

阿久根、球磨川は互いに互いが認識できない。私のことも認識できない。
『「咲夜ちゃんみっけ」』
球磨川は目の前に手を伸ばした。透明な人間の髪に手が触れる。
『「まだ回答権はあるよね。僕は一人じゃない。君がまだいる」』
私はあっさり見つかってしまったのだった。
「お見事です。『先輩は一人じゃありません』それもまた正解です」
ガシャン
錠が開く。
部屋を見渡し、球磨川先輩はなるほどと呟いた。
「どうして分かったんです?」
『「咲夜ちゃんが僕の隣に居ないのはおかしいでしょ。あーあ、でも高貴ちゃんまで居るとは思ってなかったなあ」』
隣にいるのが当たり前。そんなに私は先輩の隣にかじりついていたのか。少なからず衝撃を受けている。
自分の心の揺れを見なかったことにして、私は阿久根に目を向ける。
部屋の真ん中に阿久根が目を閉じて座っている。
そう、今回は私は誰も狩らなかった。でも嘘はついてない。そもそも私は誰かいなくなるとしか言ってないもの。
「あの様子なら、阿久根は答えを出しますね。だけどもう少しかかるみたい」
私にはずっと聞きたくて聞きたくてたまらない事があった。今なら聞けるかもしれない。そう思ったが、口をつぐむ。怖さもある。それ以上に、きっと先輩は答えてくれないという確信があった。
三年前のあの日、先輩とめだかの間で何があったのかも私は知らない。先輩が私をかばったという出来事の内容を。自分に関することなのに、私は知らないことだらけだ。せめて、私がどれだけの事をしてもらったのか、その全て知りたいというのは欲張りだろうか。
それに、一番大事という言葉の一番の中身だって本当は知りたい。だけれど、これに関しては聞くのが怖いのだ。
そうしているうちに、部屋の真ん中で黙って座っていた阿久根の手が耳に伸びる。
「そろそろ、いいかい? 如月さん」
彼が耳から取り出したのは耳栓。そしてゆっくり目を開く。
私は全て理解した。最初から私のやることは全て読まれていたのだ。
「このゲームは最後の二人になれば必ず如月さんが誰になったのかわかってしまう。だから最後三人になった時が勝負だって最初から思っていたよ。だから俺が最後の三人に残れるようにだけ注意をしておけばよかったんだ」
その通りだ。私は始めに阿久根を処理したかった。不意うちのできる始めに処理できなければ、その後絶対に阿久根の気は緩まない。はじめからそれに彼は気がついていたのだろう。
「最後三人になれば、俺ともう一人を同時に狩るだけの実力は如月さんにはない。だから君はもう一つのスキルを使うしかない。そっちの対応方法は既によく知ってる」
「お見事」
完敗だった。
「ただ、誰になったのかまでは最後までわからなかったんだけどね」
阿久根は私の隣まで来て囁いた。
「君は勝負に本気じゃなかった。だから、球磨川さんを残したんだね。それは関心できない。そのスタンスがいつかまた如月さんに牙を剥きそうで、俺は怖いよ」
少しでも球磨川先輩のそばにいたい。その気持ちが私に先輩を狩ることを躊躇させた。その通りだった。
それを、先輩だけでなく阿久根にまで見抜かれていたのか。きっと目ざとい阿久根だけじゃなく他のいろんな人にも見抜かれているに違いなかった。
「完敗だなぁ」
本当に私の完敗だった。

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