15 新しい一歩は君と
いくら黒神めだかとは言えども、まさか先輩を副会長職に置こうなどと考えるなんて思わなかった。私も先輩も誰もがそうだったろう。
黒神めだかは誰も排除しないことを選んだ。
「元々副会長には敵対している者を選ぼうと思っていたのだ。それに今回の事件の原因は、私が副会長を選ばなかったことにある。これで綺麗に収まるだろう」
そう言ってから、めだかは私に目を向けた。
「如月先輩。貴女に会って、話して、その時から決めていました。この結末を作ったのは貴女ですよ」
返事もできなかった。ただただ黒神めだかの凄さを感じて、圧倒されていた。
それと同時にまた新たな後悔が胸に広がる。戦いを遮った私の行動が、彼女を信じていなかった事に端を発していたと気がついたのだ。
「いろいろごめんなさい。それから、ありがとう」
その言葉を言えることが嬉しかった。
「私は、幸せだね。今ならそう思える。めだかちゃん、これは貴女のおかげ」
名前を呼ばれたことに少し驚きながらも、めだかちゃんは微笑んだ。
「如月先輩。私は貴女にもうひとつだけ言いたいことがあるのです」
「なあに?」
今ならどんな言葉も素直に聞ける気がした。
めだかちゃんは、私の胸に手を伸ばし、強引に『却本作り』を引き抜いた。
改めて、黒神めだかという力の塊に皆が絶句する中、めだかちゃんは言った。
「これでいいのです。誰と同じにならなくてもいい。貴女は貴女であるべきだ。皆、こんなにも違うから世界は面白い!」
彼女の言葉で気がついた。私は人間になりたかったのではなく、私ではない誰かになりたかったのだ。ただ、それでは余りにも虚しい。
猫として過ごした数ヵ月も、記憶を消して別人として暮らした三年間も、蛇体でのたうちまわっていた夏休みも私はずっと私だった。どんなに変わっても、どんな姿でも私であることには変わりなかった。
それを私は疎んで来たけれど、めだかちゃんは言い切った。
私は私でいいのだと。
こんな清々しい気分にされては仕方ない。『異常』も『過負荷』も嫌わないであげようか。
なんて思ったら、体が軽くなった。『却本作り』が抜けたせいかもしれないけれど。

数日たった。実際に手続きが為され、球磨川先輩は正式に生徒会副会長職に就いた。
私は13組と-13組どちらを選んでも良いと言われて、13組に決めた。名瀬さんやいたみちゃんと居たかったから。登校免除になっても毎日学校に通っている。
それから、せっかく持って生まれてしまったのだから、自分の力を磨いてみることにした。『過負荷』を制御できるようになったのだから、きっと『異常』も制御できるようになる。
今は毎日名瀬さんと真黒さんに鍛えられている。今度は何になってもちゃんと自分に戻ってこられるようにする訓練から。
なかなかこれが難しい。実を言えば今もまた、元の形に戻れなくなってしまっているのだ。
最初はノーマライズリキッドを打ってもらっていたが、あんまりにも頻繁なので、最近はできるだけ薬は使わないことにしている。
その代わりに会いに行く。球磨川先輩に。
先輩は生徒会室で大体漫画を読んでいる。今日もそのようだった。
『「できれば、二度は見たくなかったなぁ。それ」』
先輩が苦い顔をしてるのは、目の前に女子の制服を着た自分がいるからだろう。
『「毎回いろんな人になってくるけどさぁ。ここのところ女装ばかりなのは、もしかして、性癖?」』
「違いますから。段々自分から遠いものにランクアップさせてるんです。そのうち動物にもなりますよ」
何気ない会話をしながらも、私は緊張している。たった一言、まだ先輩に言えていない。
それっきり黙り込んでしまった私の顔を先輩が覗きこむ。
『「何だか変だぜ、咲夜ちゃん。でも、とにかくまずは戻らなくちゃね」』
胸の真ん中に螺子を打ち込まれる。この感覚にもだいぶ慣れてきた。
『「悩みでもあるのかい?僕がめちゃくちゃにしてあげてもいいよ」』
最近先輩は本当に無邪気な笑みを見せるようになった。それが喜ばしいと同時にこそばゆい。
そして、近頃の悩みの種は、あの日の先輩の言葉だ。
一番大事。その言葉の意味する所を図りかねている。友達として、後輩として、女の子として。先輩は何をもって私を一番大事などと言ってくれたのか。
それがどれだったとしても、あまりに甘くて贅沢な悩みである。
「めちゃくちゃにされるのは嫌です。これは嬉しい悩み事なんですよ」
ふぅん。相づちを打ちながら怪訝そうに眉を動かす。ころころ変わる先輩の表情は見ていて飽きない。
今日こそ言おう。聞いてもらおう。勇気を振り絞って口を開く。
「先輩、私をパンドラの箱に例えましたよね。私の中に最後に残ったのは――」
ガチャン。
背後でドアが開いた。
「お、また失敗したんですか如月先輩」
人吉善吉。
その後ろには、阿久根もめだかちゃんもいる。
『「残ったのは?」』
先輩に聞き返されてパニックになった私は、顔を真っ赤にしてひとまず逃げ出した。全速力で。

「君の箱に残ったのはいったい何だったんだろうね?」
夢の中での、安心院さんの言葉が思い出される。今なら、答えが言える。
姿も過去も力もなくなって、それでも私が最後まで見失わなかったのは、結局のところ恋心というやつだった。
私は屋上から学園を見渡しながら、これまでのことを思い返す。
この17年、幸せな思い出よりは辛い思い出の方が多かった。それにも増して空虚な時間が長かった。
それでも、私は私に産まれてよかった。
――私が私で居られる――
こんな当たり前の事で、こんなにも幸せになれるのは世界できっと私だけだから。
『「探したよ、咲夜ちゃん」』
球磨川先輩が肩で息をしながら屋上の入り口に立っている。
『「めだかちゃんが、今日はもういいから帰れってさ。きっと僕を仲間外れにして美味しいものでも食べに行くんだね」』
頬を膨らませているが、その言葉は本心ではない。先輩はめだかちゃんの恩情に気づいていてわざと言っているのだ。昔から、この人はそうだった。思わず笑ったら、酷いよと返された。
先輩は、さっきの言葉の続きは問わなかった。
私も、さっきの言葉の続きは言わなかった。
なんだか、今はそれで良かった。
『「帰ろうよ」』
「そうですね」
私達はどちらともなく手を握って、歩きだす。新しい一歩はいつまでも、一緒と願って。

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