12 素直な気持ちで
会長戦当日。私は少し遅れて会場に駆けつけた。既に戦いは始まっており、めだかと球磨川先輩の激しい打ち合いになっている。
「めだかちゃんがいくら相手の能力を引き出す様なところがあるとは言っても、まさかあんなに球磨川が戦えるなんて」
驚いている人吉に後ろから声をかけてやる。
「それにはカラクリがあるんだよ、人吉」
皆の動きが止まる。まさか私がここに居るとは思ってないだろう。私がここに来ることを知っているのは阿久根だけだ。
「如月さん。来て……」
その阿久根が振り返り、驚いた表情で固まる。人吉や名瀬さん、いたみちゃんも驚いたようだ。
私の姿に。

副会長戦を終えて、会長戦を控えた頃には体が思い通りになるようになってきていた。前より動けるくらいに。
固まった筋肉を柔軟体操でほぐしたり、衰えた筋力を鍛えるのを名瀬さんや真黒さんが手伝ってくれた。回復が早かったのは二人の存在が大きい。
這いまわることにも馴れて、努力すればするほど人から離れて行くのは皮肉だった。
人吉も毎日毎日まだ律儀に私のところへ通ってきていた。
あの二週間で大きな来客は三件あった。黒神めだか、阿久根高貴、そして球磨川禊。

まず、黒神めだかは副会長戦の翌日にやってきた。
「そういう顔ができるようになって私はうれしいよ」

私を見上げてめだかはそう言った。後でいたみちゃんから聞けば、その時私はずいぶん穏やかに笑っていたらしい。少し信じられないけれど。
「私、あなたに思うところもあるけど、感謝もしてる。あなたが私を受け入れたから、今の私がここにいるんだよね」
でも、こんな言葉が事実私の口からあっさり出たわけで。きっといたみちゃんの言ったとおりなのだろう。
「感謝には及ばない」
めだかは返す。謙遜などではなく、本心であるからすごい。同時に少し恐ろしい。
「今日は一つ聞きに来たのだ」
パンッと音をたてていつもの扇子を閉じる。そして床に座る。腹を割って話そうじゃないか。全身がそう物語っていた。
いたみちゃんや、名瀬さんに席を外してもらって、私もとぐろを巻き視線を合わせる。
「この戦挙はこの学園にとって大きな事件だ。同時にこの事件は、如月二年生、貴様のものでもある。私はこの学園を守るつもりだ。貴様がどうするつもりか私は聞いてみたくてな」
めだかは間違いなく私の答えを知っている。めだかが知りたいのはそこにある私の気持ちなのだろう。
「どうもしないよ。この戦争はあなたと球磨川先輩の因縁だ。私の因縁じゃない。だから私は戦いの邪魔なんかしない。安心して。ただ、良くしてもらった恩はあれど、私はあなたがたの味方にはなれない。味方になってあげたい人がいるから」
「……そうか。あと一つ聞いてみたいのだが、かまわないか?」
「いいよ」
「球磨川のどこがそんなに好きなのか、聞いてみたいと思っておったのだ」
答えに詰まった。答えを持っていないわけじゃない。ちゃんと答えられる。だけど、まさか私はこの人とこんなガールズトークみたいなこと話す機会があるなんて思わなかったから。
辺りを見て、私とめだかだけなのを確認して口を開く。
「じゃあ逆に聞くけど、あなたはどうして人吉が好きなの?」
めだかも驚いたようだった。まさか自分に話が向くとは思わなかっただろう。
「たくさんあるよ。数えきれないほど」
そう語る瞳は暖かい色をしている。
「いくつか教えて」
「そうだな……。こんな私を守ろうとしてくれるのは善吉だけだ。私はそれが嬉しい。今の私を作ったのは善吉だ。私に生きる道を示してくれた。いつでも一生懸命な善吉が私は好きだ。届かなくても好きだ。話せばまだまだあるよ」
めだかは扇子を開き顔を隠す。彼女でも照れることがあるらしい。
「それね、私もだよ。私を私にしたのは球磨川先輩だもの。『異常』も『過負荷』も受け入れて生きる道を何年もかけて私にくれた。本人には自覚がないかもしれないけれど。
それにね、先輩は私のことずっと守ってくれてきた。きっとあの『過負荷』の子達にもそうやって安らぐ居場所を与えてきたんだと思う。
ただ悲しいのは、あの人を守ろうなんてする人はこの世のどこにもいないこと。あの人の安らぐ居場所はどこにもない。私はね、そうなりたいの。私に居場所をくれた先輩の居場所になりたい。これが私の本心」
めだかは大きく頷いた。
「そうか。如月二年生、やっぱりあなたに話を聞けて良かった。おかげで私も心が決まった」
「……味方する気はないよ」
「わかっている」

めだかの次に来たのは阿久根。彼は会長戦の前日の夕方にやってきた。
「久しぶりだね、如月さん」
「そうだね。記憶のある私とは三年ぶりだね、阿久根」
阿久根は目を細める。
「記憶を取り戻しても、こうやって話せることに、なんだか感慨が湧くよ」
「あなた達には感謝してるから。で、ご用事は? 昔話をしに来たんじゃないんでしょ?」
「ああ。うん。お願いがあるんだ。会長戦、如月さんも来てくれないかな?」
私はてっきり味方になってほしいと言われるのかと思っていた。肩透かしを食らった気分だ。
「元々そのつもり。この姿のままでもいつかは外に出なきゃいけないから」
「そうだね」
「でも、一応念は押しとく。さっき生徒会長にも言ったけど私はあなた方の味方にはなれない。私はやっぱり先輩のそばにいたいから」
「そうか……。残念だけど如月さんはそう言うと思っていた所もある。仕方ないか。そうだね。仕方ない」
阿久根の眉がさびしそうに下がる。
私は本音では黒神めだかが勝つと思っている。だからこそ、今先輩の所に帰るのだ。今度こそ一緒に私は廃除されなきゃいけない。先輩のそばにいるためには。寂しいけれど。本当に寂しいけれど。
「恩を仇で返すみたいな形になっちゃったね」
「そんな事、俺達は気にしないよ」
「知ってる。あなた達、誰も私の姿だって気にしないんだから」
「姿が変わったって君は如月さんには変わらないからね」
「ありがとう」

そして当日の朝に至る。

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