11 やっと私の番
阿久根ともがなちゃんが闇討ちにあったらしい。そのため、阿久根の代わりに名瀬さんが書記戦の準備をしているのを私は横で見ていた。名瀬さんはそれは周到過ぎる程に準備を進めている。いたみちゃんも手伝っている。
私はひとつだけ不思議に思っている。何故彼女はノーマライズリキッドを私で試さないのだろう。『過負荷』にも効くと言う保証はないのに。それとも既に確証があるのだろうか。
結局私は疑問を口にせず、名瀬さんを見送った。
ここへ来て、やっと過去が私の中で一部除いて受け止められそうな形になってきている。
結局私は、先輩のことが今でも好きなのだ。こんなになって何も望めなくなった今でも。
私は妬いている。安心院さんに、黒神めだかに、人間の形をしたもの全てに。
やっとそれを認められるようになってきた。悔しいけど、安心院さんに再会したせいだろう。安心院さんは、私の中にわだかまっていた彼女への気持ちを強引に整理していった。確証はないが、そうなのだと思う。
勘違いをしている。その時に安心院さんはそうも言った。私にはわからない。勘違いが何なのか。私に残された希望がなんなのか。
わからないことはまだまだある。どうして人間ですらない私の側に名瀬さんもいたみちゃんも居てくれるのだろう。なぜ人吉は毎日欠かさず来るのだろう。
どうして、こんなにも良くしてくれるのに、私は心から彼女たちの味方になれないのだろう。
ノーマライズリキッドの件を言い出さなかったのだってそうだ。私はそれが球磨川先輩に不利になることを恐れた。
最後の疑問だけは本当は分かっている。それは私が球磨川先輩を諦めきれていないからだ。この期に及んで未練がある。その未練を断ち切るように心で呟く。
私は人間じゃないから。だから望んではいけない。
私の箱の中にくすぶっているのは恋心という名の醜い執着。決して希望などではない。

名瀬さんはボロボロになって戻ってきた。人吉といたみちゃんも一緒だ。
人吉は阿久根もめだかも連れてこようとしない。私に配慮しているのだ。もっとも今阿久根は病院だが。
彼らはまず勝利を報告してから、事の顛末を語りだした。どこかすっきりした表情で。名瀬さんが『過負荷』になってしまったのに。
「どうして?」
渦巻いていた疑問が滑り落ちる。
「名瀬さん。どうして私で試さなかったの? ノーマライズリキッドが『過負荷』に効かないとわかっていたら、名瀬さんまで『過負荷』にならずとも済んだかもしれないのに」
言いよどんで視線を交わす名瀬さんといたみちゃん。彼女らの代わりに口を開いたのは人吉。
「そりゃ、如月先輩を案じてに決まってますよ」
「私を案じて?」
「それ以上は」
止めようとするいたみちゃんに首を横に振って、人吉は答える。
「もし、もしもノーマライズリキッドで『異常』を封じても、アンタが人に戻れなかったら」
何を言っているのだろう。
「私はこの姿で生まれたの。これが私。『異常』は封じるまでもなく、今の不安定な私では機能していない。変わらない。ずっと言ってるじゃない。人ですらないって」
返しながら何か違和感が広がっていく。
「なぁ如月ちゃん。生まれた瞬間の姿が本当とは限んねぇじゃねぇの? 思い込んでるだけでよ」
名瀬さんが注射器片手に立ち上がる。
「ダメで元々って如月ちゃんが本当に思ってるなら打ってみちゃうか」
もしかしたら私は人間で、たまたま生まれた瞬間にこの姿に変化していただけ。そう言いたいのか。まさかこれが勘違い?
すがりたくなる言葉。でも、すがれない。これにはすがれない。期待を裏切られて絶望するのは嫌。これ以上絶望したくない。
「……嫌だ」
「そうかよ」
名瀬さんはあっさりしまってくれた。
「如月ちゃん。オレは後悔しちゃいないんだ。『過負荷』だろうが記憶消そうがオレはオレだからな。記憶が戻っても如月ちゃんが如月ちゃんであるように、だ」
やっぱり私は解せない。
「そう、それも不思議だった。記憶が戻った私は、名瀬さんもいたみちゃんも知らない私。しかもこんな姿で、辺り構わず鍵かけて。文句も言わず適応して側にいてくれるのはどうして? 人吉もどうして毎日来る必要があるの? 私の様子を報告しなきゃならないにしても、毎日である必要はない。このとおり一ミリだって動けない。大体、私は球磨川先輩に縁がある。裏切るかもしれない。糸をほどいた瞬間に喉元に食らいつくかもしれないのに」
目頭が熱い。記憶を取り戻して以来、悲しくても泣けなかったのに泣けてくる。でも、悲しいわけではなくて。
「それでも、咲夜ちゃんは友達だもん」
いたみちゃんの言葉に、
「古賀ちゃんがそう言うからな」
名瀬さんの言葉に、
「俺はそれでもいいと思いますけどね。不知火にも似たようなこと言ったけど、別に敵になったからって友達って事実が消えるわけじゃない」
人吉の言葉にすら、涙が溢れてくる。
甘い。甘いよ。みんな甘すぎだ。
「ねぇ、糸を解いてくれない?」
誰もためらわなかった。
長く寝ていたからかぎしぎしいう関節を、力づくで動かして起きあがる。
「どうしてためらわないの?」
「信じてるから」
口を揃えて言う。それにまた泣けて。
いたみちゃんが、そんな私の頭を撫でてくれて。その手の感触が球磨川先輩を思い出させて。私は子供のように泣きじゃくった。
「ありがとう」
塔を下って初めて口にした感謝は、嗚咽混じりだったけれど。みんな笑ってくれた。
なんだか涙が暖かくて。皆が暖かくて。私はずっと泣いていた。

その夜、考えた。
私はずっと辺りを見てこなかった。自分だけ苦しがってばかりで。ずっとそばにいてくれたのに。私は人じゃないからと、勝手に心閉ざしてきた。
こんな異形の私を、彼女達は友達だと言ってくれた。ずっと守ってくれていた。
私はずっと守られてばかりきた。安心院さんが昔言ったように。今考えたら、球磨川先輩が私を突き放したのだって私を守るためだったのかもしれない。
先輩は私を三度突き放した。人の時に一回、猫の時に一回、そしてあの日の生徒会室でも。あのまま私が生徒会室にいれば、私もまた黒神めだかに力で排除されていたに違いない。先輩が何を思っていたにしろ、結果私は排除されることもなく、逆に受け入れられた。そして、今では思いもよらぬ恩恵を受けてしまっている。
黒神めだかには人吉がいる。あの桁違いを守ろうなんてバカなこと考えてくれる人がいる。
今の球磨川先輩はどうだろう。戦う仲間はいても、先輩の心まで守ろうなんてバカはいないだろう。あの頃の私や阿久根を思ったってそうだ。私たちは、下には下がいることに心のどこかで安堵していたのだから。
私は逃げた。あの日、先輩から逃げた。現実から自分から逃げた。それはもうやめにしよう。
まず固まりきったこの体をどうにかしよう。黒神めだかにも阿久根にも会ってみよう。先輩にも会ってみよう。
こうやって立ち上がることが、きっと彼女たちへの恩返しになる。
そして、愛されなくたっていい。望まなくってもいい。代わりに私が愛せばいい。そうするに値するものはもう過去に充分過ぎるほど貰ってきた。
今度は私が返す番。
今は力を貯めて、ちゃんと先輩のところに戻ろう。

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