05 私はここにいる
私と球磨川先輩の仲違いはあっという間に学校に広がったのだった。
私は標的にされるようになった。確かに阿久根がいるから球磨川先輩には手を出しにくい。だが、フラストレーションはたまっていく。先輩から離れた私は格好のカモである。
しばらくは鍵だけで対向していたが、そろそろ厳しくなってきた。私の『過負荷』には致命的な攻略法が二つある。
一つは耳栓。要は私の言葉が聞こえなければいい。
もう一つは、今この現状。
後ろから近づいて来た輩に手で口を塞がれた。そのままずるずる空き教室に連れ込まれ、今私の口はガムテープで塞がれている。ちなみに両の腕は床に押さえつけられている。
私を攻略するのは実に簡単な話。私に喋らせなければいいのだ。
さて、困ってしまった。この状況を切り抜ける手がないわけではないが、使いたくない。化け物になって暴れまわるなんて趣味が悪すぎる。
私を囲んでいる男子生徒たちはにやにやと私を見下ろしている。そのうちの一人が手を伸ばしてくる。
ああ、それはすごく嫌だ。
自分の頬が緩むのがわかる。彼らの目的が私の体にあるなら、化け物にならずともいい。もっと面白い抜け道がある。と思いついたからだ。
彼らのうわっという驚きと嫌悪の声が心地いい。びっくりしたのか拘束が緩んだので、体をよじったら簡単に剥がせた。
なるほど。今の私は阿久根だった。阿久根の筋力なら簡単に剥がせる拘束だったというわけだ。
それに確かにいくら顔が綺麗でも阿久根にセーラー服は異様だよなぁ。笑いが込み上げてくる。
私は口のガムテープを剥がしながら更に姿を変える。今度は球磨川先輩。
「『男色も別に構わないけれど、残念ながら僕にはそういう趣味はないなぁ』」
相手方の顔が引きつる。それは恐怖の色。
私は元の姿に戻る。私の瞳は加虐を喜ぶ光を灯しているのだろう。そして口は張り裂けんばかりに弧を描いている。
「まだやる?」
私が一歩進めば彼らは二歩下がった。壁際まで追い詰めて、そこで興が冷めた。
「なんてね、冗談」
そのまま教室を出て、適当な空き教室に入る。一人になれればどこでもよかった。
あの日から球磨川先輩には会っていない。見かけたりすることはあったけれど。安心院さんが糸を切ったのだろう。もう、私と先輩は一緒ではない。
なんだか空っぽになった気分。そこにどろどろと安心院さんの言葉が流れ込んでくる。球磨川先輩の寂しさを含んだ声が私身体を締め上げる。
先輩は今どうしているだろう。きっと一人でお弁当をつついているのだろうか。いつも通りへらへらしながら。何を考えているんだろう。何を思って私にあんなことを言ったんだろう。
私は先輩の事がわからない。何もわからないまま、こんな風になってしまったのか。
それはやっぱり嫌だ。
「ねぇ、安心院さん」
「なんだい?」
彼女は当たり前のように私の後ろに立っていた。呼んだら来そうとは思ったけれど、本当に来た。
「そうだ、咲夜ちゃん。今のは見事だったぜ」
「見てたの」
「見てたよ。君がいつ僕を呼ぶかもしれないからね 。僕に助けを求めなかったのには感心したよ」
安心院さんは、私の目の前に来て微笑む。本当に素敵な笑顔。
「答えがでたんだろ?」
私は小さく、でもしっかりと頷く。
「どんな形でもいい、どうなってもいい。私は先輩の事が知りたい。私は先輩の側にいたい。だから安心院さん。お願い、します」
私の声は震えていた。
「いいねぇ上出来だぜ。じゃあ呼んでくるから、ここで待っていて」
安心院さんはもういなかった。
五分と経たないうちに安心院さんは戻ってきた。今度はちゃんと扉から入ってくる。彼女の後ろには髪の長い男性。校章は安心院さんや球磨川先輩の学年のもの。
「咲夜ちゃん。黒神真黒君だ。彼に任せなさい。悪いようにはしないから」
真黒先輩はまず私を眺めまわしていくつか指示をした。教室に鍵をかけたり、変身させたり。私の能力を測っているらしい。
「どうだい、真黒君。噂の君の妹と比べて」
安心院さんの言葉に真黒先輩は肩をすくめる。
「今の段階で比べ物になるわけがない。でも、あの子と近い何かに化ける可能性はある。同じレベルには到底なれないけど、人の枠を越えるには十分なスキルだろうね」
私の耳は過敏に反応した。人の枠を越える? 何を言ってるの。
「人外になれって言うんですか?」
「おや、君はどうなってもいいと言っただろう」
安心院さんにたしなめられる。不満をぐぐっと押し込めるしかない。
「安心したまえよ咲夜ちゃん(安心院だけに)。君が僕らの言う人の枠を越えるには、時間が圧倒的に足りない。君は人の枠は越えられないさ」
そうして私は黒神真黒の下で『異常』に磨きをかけることになる。
変化の精度とバリエーション、スピードを鍛える地味なものだったのでここでは割愛させていただく。

季節は冬に近づいて来た。生徒会選挙の準備が始まっている。
修行のお陰で私は様々なものに難なく変われるようになっていた。その中でも多用した姿は黒猫だ。
昼休みに非常階段に現れなくなった如月咲夜の代わりに、黒猫は球磨川先輩といるようになった。先輩はずっと非常階段で昼休みを過ごしていた。私が行かなくなっても。
些細なことのはずだったのに。そう思って悲しくなりながらも黒猫である私は先輩に擦り寄っていった。先輩は私の頭を優しく撫でて、名前をつけてくれた。咲夜ちゃんと。
背筋がぞっとした。バレたのかと思ってビクビクした。でも彼は私を咎めることなく膝に載せた。そしてずっと撫でてくれた。私にとって心地よい時間が戻ってきた。
もうこの時間を失いたくない。強く思った。

私は勝手に動くようになっていた。先輩の対抗馬になりそうな人間を私の能力をフルに使って蹴落としていった。ある時には鍵を使い、ある時には集団に変身して紛れ込み、内側から瓦解させた。なんでもできた。先輩を守ることが私の居場所を守ることに繋がると思ったから。
先輩は私が何をしてるか知らないだろう。でもそれでいい。
先輩は私がどこにいるか知らないだろう。でもそれでいい。
私は先輩の隣にずっといる。
安心院さんは私に言った。球磨川君にどんなに支持が集まらなくとも、他に対抗馬がいなければいいのさ。誰にも球磨川君を選ばせる必要はない。選択肢を与えなければいい。
その通りだった。
この年の冬、球磨川先輩は生徒会長になった。
私は生徒会室の椅子の一つを与えられた。もちろん役職ではない。寝床として。会計の椅子は不在のためいつでも空いていたのだ。
けれども私の定位置は決まっていた。先輩の膝の上だ。離れるつもりは毛頭ない。
真黒先輩はあまり生徒会室には来ない。阿久根はいつでも憮然としている。安心院さんは、物憂げな表情をすることが多くなった。退屈しているような飽いているようなそんな表情。視線を向けるとすぐに笑顔に戻るけれど。
そうして年が終わっていく。私はいつものように欠伸をひとつ、目を閉じて先輩の膝で眠りにつく。先輩は私の頭を撫でてくれている。

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