夏浴衣 屋上での約束は、しっかりと守られた。 放課後、練習が休みの日に俺と霧野で浴衣を見に行ったのだ。 「これ、霧野にぴったりだよ」 少々高めのコーナーにあった、黒地にピンク色の花が彩られている浴衣を差し出す。 「これ、女物だよな」 「いいんだよ、霧野、お前に似合ってるから」 帯や下駄もセットに付いていて、それらの色合いも霧野の髪の色にぴったりだと俺は思う。 「ふうん、って、コレ高いじゃん。俺買えないし」 「何言ってるんだ、俺が払うよ。この前ゲーム貸してくれたお礼」 どうせ、自分で出すと言い出すから、すぐ浴衣をレジに出し支払う。 「なんでだよ、悪いよ」 霧野はぶつぶつ後ろで言ってるが、これくらい男として当たり前だからな。 俺は何でもしてやりたいんだ。霧野に言ったら『俺も男だ』とか言うから言わないでおくが。 落ち着いたのか、霧野は俺の横に並び、「ありがとう」と言い直す。 納得してくれたか。良かった。 「絶対似合うよ」 そういうと、恥ずかしそうに霧野はうつむく。 帰り道についでで書店に寄ったのだが、霧野は『彼氏もドキドキ☆浴衣に似合うヘアスタイル特集!』とか書かれた雑誌を凝視していた。 花火大会当日。 ドアを開けると、浴衣を着た美人女性が立っていた。 「女じゃないぞ」 困った顔をしているが、もう完璧に女性としか思えない。 「凄く、綺麗だよ」 「ああ、神童も似合ってる。渋いけど」 俺もとって置いた男物の浴衣をタンスから出し、着てみたのだった。 「いくか」 「おう」 いつも通り、ふたりで歩いているだけなのだが、緊張する。 コツコツと下駄の鳴らす音だけが響く。 霧野の、うなじが気になって仕方ない。 結局書店でヘアスタイルの雑誌を買ったらしく、ヘアスタイルも完璧だ。 可愛らしい花の髪飾りのセンスの良さといったら、もう。 「……あんまり、見るなよ。照れるだろ」 「あ、すまん。ほんと、可愛くて」 お互いまた黙り込む。 どんどんお祭りの音が近づいてくる。 夜店の明かりが見えてくると、自然と会話が戻ってきた。 「お、神童も来てたのか!」 人ごみの中、肩をポンと叩かれた。三国先輩、天城先輩の2人だ。 「いや〜混んでるな今日、車田が迷子になっちゃって困ったど」 「ていうか、隣の美人さんは誰だ?」 この2人、霧野だと思っていないらしく、少し照れて挨拶し始めた。 「あの、俺、きり」 「あ、ちょっと用事あるので俺達行きますね!」 霧野の手を掴み、引っ張り、遠くまで逃げた。 「な!なにするんだよ、挨拶くらい」 「駄目だ。あれは確実に狙いに行く目だったからな」 「はは、そんな事あるわけない」 「さっきから通りすがる男どもの目線見てみろよ、みんな霧野のこと見てる」 「はぁ、見間違いだって。それより俺りんご飴たべたい」 俺が必死に説明してるのに、本人は全然気にしていない。 本当に、同じ学年の女子より綺麗でモテている事を知らないようだ。 逆に引っ張られて、りんご飴を買わされる俺。 「おいしいな!神童!」 「ああ…」 凄い笑顔でほお張っているのを見て、もうどうでも良いとにかく俺は幸せだと思った。 眺めの良い高台に上り、花火を待つ。穴場の場所なので、人もまばらだ。 足いたい、と霧野はしゃがんで下駄を脱ぐ。 「あっ」 「ご、ごめん」 片足を上げてよろめく霧野を支えると、ふわりと良い香りがした。 何故かどきどきしてしまい、目線をはずす。 そして、遠くから花火のアナウンスが聞こえ、大きな花火が上がる。 「神童、見て!すごい!」 「ああ…」 はしゃぐ霧野。 もう花火なんかより、霧野に釘付けだ。 綺麗綺麗と花火を見て言うけど、俺は霧野のほうが何倍も何百倍も綺麗だと思うよ。 数千発の花火が終わり、霧野も満足そうな顔をしている。 「綺麗だったなぁ。神童、ちゃんと見てた?」 「ああ、綺麗だった。うん」 「なんだよそれ、感動してるの俺だけじゃん。まあいっか。あ〜お腹減ったからどっか寄ってこうぜ」 「まだ食うのか?まあ、いいか、おごるよ」 帰り道。 霧野は俺の元に駆け寄り、浴衣の袖をひらひらさせて『また来年も来たいな』と囁いた。 ああ、予定変更だ。と呟き霧野を家に招いた。 |