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彼を傷つけられるものは、この地球には存在しない。
彼の血は、彼の贄(にえ)となったもののように、赤くはない。
だがいま、彼の身体からは、一筋の血が流れている。それも、真っ赤な。




「・・・」


それが、血であることは分った。鋭い嗅覚から、含まれている物質から、血であることは間違いない。だが、その色は自分の手を染めるだけのもので、セル自身から出て来る筈の色ではなかった。


ギチ

「・・・なんだ・・・?」







それは突然だった。

まず最初に、鼻腔から血が流れた。
これまでにない現象に疑問を抱いたその瞬間。セルの手はとたんに、その意思とは裏腹にガタガタと震え出した。肘から下の、感覚がなかった。

「?!」

必死で、自らの右手を左腕に当てる。だが、なんの感覚もない。
何も、感じない。


次に、膝が折れた。
次に、頭の一部が、ずきりと大きな鼓動がひとつ。


「ぐあっ・・・!・・・?!」


ぼたぼたと鼻腔から流れ落ちる生暖かい液体。
両の手に相変わらず意思は通わない。
彼は思わず、自らの手で自らの腕を引きちぎった。正確には、力が全く入らなかったので、ただ、右の手を前に、と思っただけだが。


ブチッ!・・・関節の神経が引きずられる感覚はあるのに、そこに痛覚は宿っていなかった。
右手に残った左腕の、もともと真っ白な指先はみるみるうちに水分を失っていく。

何かが、おかしい。
何かが、起こっている。

鼻から顎にかけて、留まる事なくだらだらと流れ続ける液体はセルの足下にぽたぽたとせわしなく流れ落ちるのに、千切れた関節からは、新たな腕が生えて来る兆しもなければ、何も、何も流れない。それどころか、ぱきぱきと音が聞こえてきそうなスピードで千切れた腕から肩に掛けて砂漠が広がっていく。身体中から、体液という体液がなくなっていく。



「ぐぐ・・・・!!!!」

食いしばった奥歯が砕けた。彼の細胞は何一つ、彼を生かす方向へと導いていないことは確かだった。



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