神は私たちに生命を与え、同時に自由を与えた。
/トーマス・ジェファーソン
湯隠れの里の外れに、ひっそりと佇む礼拝堂があった。私はいつも、そこに並んだ長椅子へ腰掛けて窓辺の光を眺めている。そして隣には飛段がいる。当たり前に思えた平穏な日々。
「ねぇ飛段。里を出るって本当?」
「おう。オレはこれから里を出て、世界中で儀式をすんだよ」
不死化して間もなく礼拝堂を訪れてきた飛段を見た瞬間、彼がすっかり里抜けの身支度を整えていることに気づいて、なんとなく最後というものを実感した。
すると突然、私にはこの世の何もかもがわからなくなって、涙がこぼれそうになった。
なぜ彼は神様の奴隷なのか。
そんな当たり前すぎてバカバカしいことを不思議に思う。
「死なないってどんな気分なの」
「別に今までとなんも変わんねぇよ。……あー、でも、これから好きなだけ暴れてジャシン様に贄を捧げまくれると思うとウズウズするぜェ」
「じゃあ、ここを出ていくの、楽しみ?」
「当然だろ。こんな平和ボケした里、さっさと出てってやる」
そう告げる飛段は、窓から差し込む神々しい陽光の中、晴れやかに笑っていた。その目には、もう二度と里には帰らないと書いてあった。私の元にも帰らないんだって、わかった。
自由勝手な彼を縛ることができるのは宗教の戒律だけだと開闢以来決まっている。でも、じゃあ、なんで。私たちが言い合った愛の言葉はどこに消えるのか。
「私は……飛段の神様にはなれなかったね」
「はぁ?何言ってんだ。オレらの神様はジャシン様だけだろーが」
違う。私はそうじゃなかった。神様の戒めよりも強く私を縛る鎖があった。それを私に巻き付けたのは他でもない飛段であることに、なぜ彼は気づかないのだろう。馬鹿だからかな。
「ねぇ、私達、祈っていればまた会える?」
「さぁな」
「じゃあまた会えますようにって………それと、神様が飛段を救ってくださいますようにって、お祈りしててあげる」
「勝手にしやがれ」
飛段は私のためにお祈りしてくれないんだね。
そう言おうかと思って、やめた。
この礼拝堂で、以前、飛段は私に愛してるを言った。私も彼に愛してると答えた。
それ以降、私は、少なくとも、私たち二人の所有権は神様から人の子である私達へ下ったものだと、そう思っていたけれど。
「……私も里を出ようかな」
「あ?テメーには里抜けなんざ無理だろ」
「だって、こんな平和な国にいたんじゃ殺戮ができないし……」
「やめとけ。テメーは弱っちぃからな。他人を殺す前に殺されるのがオチだ」
殺せば殺すほど救われる。それは神様が哀れな私達に示してくれた唯一絶対の道しるべであるはずだった。けれど飛段は、私に人殺しはできっこないと笑って容易く私を突き放す。優しい手つきで、あやすように私の頭を撫でながら。
「大人しくここで祈ってろ。じゃあな」
それが彼の最後の言葉だった。ほとんど神命に等しい。だから私は頑なにその言いつけを守り続けている。
もう何年もこの礼拝堂で祈りを捧げ、救いを待っている。けれどたぶん、この先どんなに祈っても、どんなに人を殺しても、私の魂がしがらみから解き放たれることはないのだ。
叶うなら、もう一度だけ、私の神様に会いたい。
今日もそれだけを願い、祈り続けている。