〔じょうず〕
如才のない者。
〔うわて〕
才能・技量・性格などの程度が、ある人よりも上であること。



最近この本丸に顕現した自称:じじいの三日月は、その性格と立場を存分に利用して、うちの無防備で鈍感な主に強かな狸ぶりを示している。
どうか諸君には、三日月宗近という刀がどれだけ巧妙で強引に狡い男なのか、その慧眼で測り推察して欲しい。そのため以下のとおり、ここ数日の俺の三日月観察記録を述べてみる。どうか何卒、精査されたい。

その一。飯時は必ず主の隣に座る。うちの本丸はある程度練度も上位で刀剣の数も多いので、割りかし常に、出陣やら遠征やらで不在にしている者がいる。そのため食事は厨に張り付きになる当番を除き、大広間にて各自自由に摂っている。それは政府の任がある主も同様だが、時に朝早く、時に夜遅くにずれ込む彼女のスケジュールに不思議と合った形で、三日月宗近は食事を摂りに現れる。
早朝時には「じじい故早起きでな」と言いながら、また深夜には「昼寝をしていたらあっという間に夜更けだったのでな。参った参った」と笑いながら、早く着いた者から順に座るという、大広間の席順に係る取り決めの中、自然な仕草で主の隣に腰を下ろすのだ。

その二。矢鱈と主に触りたがる。
用務先や目的に合わせて召し物を変えれば、「ほう、主、珍しい格好をしているな」と背中や肩を撫で、立ち上がったり階段を降りたりする際は、「じじいだからな、すまんが手を貸してくれんか」と腰なんて摩りながらいかにもな調子で指を伸ばしてみせたりする。素直と親切が真っ直ぐ形を成したような俺達の主は、そんな三日月の反応に逐一得意げに微笑んだり、せっせと助けを差し伸べたり、疑うことを微塵も覚えないまま奴に構われている。年齢こそ気の遠くなる程重ねてきたじいさんだが、魂を宿した肉体は旬を迎えた男盛りのそれである。主は少し男の距離の近さに頓着して欲しいものだし、奴が言うほど身のあちこちが痛いわけがない。というか直前まできみ出陣していたろ。やたらめったら誉泥棒だったじゃないか、と思うことも少なくないのだ。

その三。付け入る隙を狙っている。
いつも元気な主が落ち込んでいる時、他者からの心ない言葉に傷付いている時、ふとした瞬間に途方のない寂しさに襲われた時、いつも側に控えているのは三日月だった。常日頃、主の隣をさらりと掻っ攫っていく癖に、やわい身体に好きに触れている癖に、そういう時に限って奴は、一定の距離感を弁えた。優しい言葉を掛けたり、愛でるように撫でたり、いつもしている甘やかしを、そんな時ばかりは施さなかった。
代わりに、待っていた。主が自分に頼るのを。縋るのを。自ら、袖を引くのを。

そんな振る舞いはほら、今日も。
演練で当たった審神者から放たれた、負け惜しみのような皮肉。気にしないすべをいい加減学んだら良いのに、自分に向けられる情を受け流すことが苦手な主は、そぐわない批評に律儀に肩を落とす。

「主」

当たり前のように脇に立つ三日月は、たった一言、そう呼んだ。
いつもなら、呼び声と共に肩のひとつでも抱いているものだ。しかし、今日の間合いはそうじゃない。
待っている。夜が照らしている。瞳に孕まれた三日月が、まるでいざなうように蠱惑的に揺れた。

「……みか、」
「なんだなんだ、きみ、随分と元気がないなァ」

突き刺した横槍は、どうか効果的に作用していると信じたい。

「鶴丸」
「きみが気にすることではないと思うぞ。だから元気を出せ。そんな顔よりきみは笑った……、いや、驚いた表情が一番良い」
「……なにそれ」

そこは普通笑った顔を褒めるとこでしょ、と、窘めるように破顔する。
沈んで強張った顔付きが僅かながらも和らいだのに、口元が綻んで緩くなった。

「いやいや。きみの驚いた時の顔と叫び声にはある種の趣を感じるぞ。また拝んでみたいもんだ」
「えっちょっ、それどういう意味!」
「なあ三日月、お前もそう思うだろ?」

揶揄いに途端に色めき立つ主を余所に、俺は振り向いてそう問う。
俺の介入により完全に置いてきぼりになってしまった三日月が一体どんな顔をしているのかと窺えば、奴は冷たい色の瞳を細めて、至極完璧に微笑んだ。

「そうだな」

にっこりと首肯。
いつも味方でいてくれる三日月がそうやって自分を茶化す側に立ったことに、主は忙しなく動揺し、感情が揺れるままに唇を尖らせている。

なあ、三日月。邪魔するな、って怒るかい?

そっと目を伏せる。忍ばせた視線で探る三日月は、柔和な笑みを携えて、主の反応を面白がっている。
その纏う雰囲気はいつものものだ。夜のように昏く深い冷たさは、今は影を潜めている。
奴が意図している本音は、実際のところ分からない。単なる暇潰しか、手慰みか。はたまたのし掛かる好意に依り、この少女を堕として隠そうという魂胆があるのか。

まあ良い、と羽織を翻す。三日月の指先が辿り着くより先に「帰ろう」と主の肩を寄せた。

曲がりなりにも神である。人の形を成してはいても、どれだけ所作が人間染みていても、遣う力と蓄える気性はヒトのものと根本が違うのだ。神の気紛れは質が悪い。

「主、あれはなんだ?」と好好爺を気取って目新しいものを指差し主に擦り寄る三日月を一瞥し、彼女を挟んで反対側に控えて小さな手を掬う。
きょとんと見上げる傍らの無垢な双眸。そして、その向こうからの物言いたげな、玩具でも奪られたような眼差しに、にこりとひとつの微笑みで返した。

なあ、三日月。主のことを気に入ってるのが、自分ばかりと思うなよ。
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