〔耳がよく聞こえ、目がよく見える意〕
理解力・判断力がすぐれている・こと(さま)。かしこい・こと(さま)。



目が覚めると私は未だ夢の中で、唯ぼんやりと空の彼方を見つめていた。見えるのは海と同化してしまいそうな空と、その上にプカプカ浮いて居る様に見える雲。私はその雲の数を指折りで数えのんびりと過ごして居た。生暖かい風が吹き、私の下で唯生命を維持する事しか出来ない草花が揺れている。嗚呼、死ぬには良い日だ。そんな事を思いつつ私は口にカプセル錠を入れ込んだ。


「やァ」


そうして、カプセル錠を飲んだ私がふと夢の中で夢を見ようと目を瞑った時である。何処からか青年とも云える若い聲が聞こえてきた。私はその聲の主を確かめようと薄ら目を開く。そうすると其処には何時もと変わらず作った笑みを浮かべた彼が居た。私はそんな彼へと、今度は完璧に目を開き視線を合わせる。


「太宰が此処に居るなら、此処は夢じゃないわね」
「どうしてそう思うの? 此処は夢かも知れない」


そう云いつつも、寝転んだ状態から起き上がる。そうすれば彼も腰を曲げてこちらを見下ろす事を止め普通の状態に戻った。嗚呼、矢っ張り此処は現実では無いか。彼の動作を見て私は改めてこの場所が現実であると実感するのだ。


「私が太宰を夢の中に出したいと思った試しなんて一度も無い物。出てくるなとは願った事はあるけれど」
「君が願ったって、一体誰に?」
「神様」


私がそう淡々と返答を返すと、太宰は私の放った言葉を面白がって笑い始めた。しかしそう大聲で笑うと云う事では無く、どちらかと云うと笑いを堪えている様子である。自分はそれに対し何か面白い事でも云ったのだろうか等と彼が笑った理由を考えつつ、彼の言葉を待つのだ。


「人間どころか神様すら信じて居ない君が、神様に祈ったなんて。何処かで天変地異でも起こったのかな」


天変地異が起こった国の女性はお可哀想に等と思っても居ない事を彼は口にする。私はそんな彼を相も表情を変えず同じ目で見続けた。すると次第に彼から笑みの二文字が消えて行く。


「……君のその目、私は好きじゃないよ」
「それはご自慢のお道化が私に効かないから?」


今度は私が彼へ笑みを作る番だった。彼にそう問いつつも自分でも分かる位の薄ら笑いを零せば、一瞬彼はその端正な顔付きを歪め。しかし次の瞬間には何時もの様に余裕のある表情へと戻った。そんな彼がそっと口を開く。


「そうかも知れないし、違うかも知れない」


曖昧な言葉だ。だが別段私は早急の問いに対しての答えを求めて居る理由でも無かった為に、これに就いてはそれ以降一切何も聞かない事とした。そうすれば自然に私と彼の間で無言の時間が発生する。彼は変わらず薄ら笑いを此処に向け乍様子を伺っているし、私も頬が緩んで居る事から薄ら笑いを作り上げ続け、彼と似たような顔付きで彼の事を見ているのだろう。そうして作り上げられた異様な空間。その空間で初めに言葉を出したのは私であった。


「それで仕事内容は?」
「私が何時も君に指令を出す為に此処へ来るとは限らないじゃないか」


そう云うと彼は先程の私と同じ様に草花の上へと寝転んだ。そうして同じ様に雲の数を指折りで数えては「あの雲は林檎に似ている」等と子供の様な無邪気ささながらに林檎に似た雲を指差しして笑うのだ。そんな様子を私は唯見つめるばかり。


「……じゃあ一体何をしに来たの?」
「見て分からない? 休息だよ」


私が問えば彼は目を瞑って気楽そうに答えた。私はそれに困り顔を一度零し、彼の横へと座り直す。それでも彼はこちらに反応する事無く、尚目を瞑ったままである。文字通り彼はこのまま休息を取る様だ。私もそんな彼に合わせる様にして目を瞑った。すると次第に意識がぼんやりとして来る。


「……君もその道化は程々にした方が良いと思うよ」
「なに」


呂律が上手く回らない、彼の言葉も良く聞き取れない。それでも何とか意識を保って少しだけ視線を彼に向ければ、彼は何か儚げな目付きをしてこちらを見ていたのだ。嗚呼そうだった。私は睡眠カプセルを飲んで海に飛び込み死ぬ筈だったのだ。それを彼に邪魔されたのだと今更ながらに気が付かせられる。


「君、本当は……死の…と思って……だろう?」


彼の云う事がもう理解出来ない脳になりつつある。私はそんな中で最後の力を使い上体を起き上がらせた。そうして彼に一度だけ笑みを向ける。もう目は怠いと訴えて来て居て、私はその内目を開けている事さえ億劫になった。意識がこの世界から離れ、夢へと移行しようとする。


肩から力がそっと抜け、私は遂に意識を失う。失う前にどうにかして倒れる身体から受け身を取ろうとしたのだが、その必要は無くなった。何故なら私は暖かくて心地良い場所に倒れ込んだからである。それに安堵して、私は意識を失ったのだった。


「残念だったね、私が監視している限り君は死ねないよ」


意識を失った直後、頭上からそんな聲がハッキリ聞こえた様な気がした。
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