喜びや期待などのために、胸がどきどきする。

 幼い頃仲の良かった男の子と何の偶然か数十年ぶりの再会を果たした。

 まさか仕事終わりにいつも通る最寄駅で出会うなんて思ってもなかった。その子は昔と変わらぬままの特徴的な髪をしていたのですぐに気づき私が「独歩くん!」と声をかければ相手は誰だ?と怪訝な表情を浮かべる。それでも名前を教えればすぐに驚いた表情に変わり「ひ………久しぶり………名字さん」とあの頃より低くなった声で名前を呼んでくれて、なんだか懐かしくなったので少し話そうかと2人で近場のカフェに寄ることにした。
 時間帯のせいなのか店の中はそれなりに混んでいる。飲み物を注文し適当な席につき、昔話から最近の話まで語り合う。小さい頃沢山遊んだね、途中で私が引っ越して疎遠になったね、会わなかった間こんな学校に進んでこんな仕事に就いたんだ。そんな他愛もない話をしながら彼との時間を過ごす。
 何年も会わなかったのに話が弾んでとても楽しい。沈黙が気まずいとかないし、凄く楽。独歩くん変わったかと思えば中身はあの頃のままで、全然変わってない。懐かしいや。あっ………そういえば。

 ふと思い出した、そういえばもう1人仲の良かった男の子がいたことを。私と彼とその子の3人でよく遊んだことを。

「ねぇねぇ独歩くん」
「何?名字さん」
「伊弉冉一二三くんって今どうしてるか知ってる?」

 伊弉冉一二三くん。その子もまた、独歩くんと同じように小さい頃よく一緒に遊んだ男の子。私と独歩くんと一二三くんでいろんなところに冒険しに出かけ、暗くなるまで遊んで迷子になって怒られることも多々あった。懐かしいな、一二三くんは今何してるんだろう。
 独歩くんは「一二三か………」とつぶやいて、それから一二三くんは独歩くんと一緒に同居していると教えてくれた。小さい頃から仲良かった2人は大人になった今、一緒に同居してるの?ふふっ本当仲いいなぁ2人は。
 2人の暮らしを想像したら微笑ましくなってつい「家に遊びに行きたいな」と声を漏らす、すると独歩くんは「え!?」と声を荒げた。
 ………えっ、えっ?何かおかしいこと言った私!?

「ど、独歩くんどうしたの?」
「あっ………遊びに行きたいって………どこに?」
「え?どこって2人の家に………なんだけど………」

 恐る恐る言えば独歩くんは眉間にしわ寄せ唸り、うちの来るのは難しいんじゃないのかなと言葉を濁す。来るのは難しい?どうして?質問すれば一二三くんがホストだからなんだ言われたけれど、ホストになったから家に遊び行くのは難しいってどういうこと………? 疑問を抱く私に独歩くんは頭をかいて躊躇いながら口を開いた。

「実は、一二三が………」
「一二三くんが?」
「……女性恐怖症なんだ………」
「女性恐怖症?」

 それから独歩くんが一二三くんについて沢山話してくれた。
 伊弉冉一二三くんは時を経て立派な女性恐怖症になってしまった。小学校3年生の時、私が両親の仕事の都合で引越しをし疎遠になった後、一二三くんが女性に酷い事をされた。言いたくもないぐらい酷い事をされ、女性が怖くなってしまったという。女性であれば小学生でも怖いらしい。女性恐怖症を治したい一心で女性に夢を与えるホストという仕事に就いた結果、仕事用のスーツに着替えたら人格が変わり女性が大好きになる。ある意味二重人格になったらしい。だから幼馴染といえど女性である私に一二三くんが怖がるから遊びに行くのは難しいとのこと。
 独歩くんの話が終わった後頭の中がパンクしそうになった。情報量が多くてまずは何から聞こうかわからなくなる。戸惑う私に対し独歩くんは気を遣って「沢山聞いて疲れたよね………今日は一旦解散しようか」と言ってくれた。混乱してる頭を抱えながらお店を出る。独歩くんとまたどこかで会おうかと話しながら駅に歩いていれば騒がしい足音が近づいてくる。

「ん?ねぇ独歩くん、誰か近づいてきてない?」
「え?………あっ」

 後ろを振り向いた独歩くんが何かに気づく。私も振り向いて見てみれば、金色の髪の人物がこちらに走ってきていた。あれって………まさか? そう思った瞬間、その人物は「独歩ー!!」と明るい声で独歩くんに飛びつく。金色の髪、低くなった陽気な声、整った顔の青年。大人になって変わったけれどあの頃の面影はある、彼。

「………一二三くん………?」
「んー?ヒィッ!!!おっ女ぁ………!!」

 思わず名前を呼んだ。目が合えば一二三くんは私を見て独歩くんに助けて!と纏わりつく。

「どっ独歩!!おっ女が!!」
「落ち着け一二三!纏わりつくな!ほら、小学校の頃の同級生だった名字さんだぞ」
「し、知らない………そんな人知らない………女………女怖い………お、俺っち先帰る!!ヒィィィィ!!!!」

 嵐のように突然現れ嵐のように去っていった一二三くん。走って逃げる彼の後ろ姿を見ながら女性恐怖症って本当なんだとわかった。独歩くんから凄く謝られたけれど突然話しかけてしまった私が悪いので気にしないでと声をかけてからその日は解散した。
 1人になった帰り道、一瞬だったけれど目が合った一二三くんの顔を思い浮かべる。金色の髪、陽気な声、整った顔。小さい頃大好きだった時と変わっていない彼。

「………初恋だったんだけどなぁ」

 大人になって更にかっこよくなって私の前に現れた大好きだった人。何十年ぶりかの再会でドキドキしたけれど、私と彼のドキドキは全く違う。ため息ひとつついて家に帰った。

***

「あっ」
「あれ?独歩くん?」
「こ、こんにちは名字さん………」

 なんの偶然か。休日にたまたま寄ったチェーンカフェで独歩くんと会った。順番待ちで並んでる私の後ろに独歩くんが並んできたのだ。この間会ったばかりなのにまた会うなんて凄い偶然だねと笑いながらまた他愛もない会話をする。並んで5分ほど経った頃、またあの陽気な声が耳に飛び込んできた。

「独歩〜!まだぁ!?外すっげー暑くて俺っちもう待ってらんない………って……ヒィィィィ!!!!また女!!!」

 私を見てまた驚く一二三くん。傷つくけれど恐怖症なのだから仕方ない。私は微笑んで軽く頭を下げるけど一二三くんは怯えて独歩くんの後ろに隠れる。

「………独歩くん、一二三くんと来てたんだね」
「ああ………こいつの買い物の付き合いで………。買い物途中で喉渇いたってうるさいからこの店に寄ったんだ」
「そうなんだ」
「お店の中に女性が多いから外で待ってる言ってたんだけど………なんでお前中に来たんだよ」
「………だっ………だって………外………暑いし………女が声かけてきて………」
「店の中の方女性が多いだろ………なんで来たんだ」

 確かに店内は女性が多いし混んでいる、一二三くんにとっては酷だよなぁ。そんな事をぼんやり考えていれば一二三くんは震えながらやっぱり外で待ってると口にした。………多分私がいるからだよね?なんか悪いな。
 一二三くんの言葉に独歩くんはため息をついてどっちなんだよと文句言った後、私をジッと見つめてくる。ん?なんだろう? 首を傾げれば独歩くんが「良かったら名字さんの分も一緒に買おうか?」と提案する。

「え?」
「多分まだ時間かかるだろうし、一緒に買った方お店側の時間短縮にもなるかと思って」
「あっ確かにそうだね。じゃあアイスティーいいかな?」
「わかった。じゃあ一二三、中は席が埋まってるから外のどこか日陰のとこで名字さんと一緒に待っててくれ」
「え!?どっ独歩!?」
「なんだよ」
「お、俺っちが買う!」
「レジやってるの女性しかいないけどいいのか」
「うっ………」
「俺が買ってくるから名字さんと一緒にいろ、 名字さんは怖い女性じゃないから。じゃあ名字さん、申し訳ないけれど外で待っててね。すぐ戻ってくるから」
「あっ独歩くん………」
「独歩ぉ!!!!」

 気まずい雰囲気。それでも独歩くんの言葉に従い2人一緒にお店を出て外で待つ。そろそろ夏が来そうだということを実感させるに外の暑さを感じながら、木陰で独歩くんを待った。
 距離はあるが、独歩くんの言う通りに私と一緒に待つ一二三くんは尋常じゃないくらい怯えている。

「………スーツ………スーツがあれば………こんなの平気なのに………独歩………早く来て………女………女怖い………」

 ………一二三くん凄い怖がってる………ごめんね、もう少しで独歩くんが戻ってきてくれるからもうちょっとだけ我慢して………。うう、私が買うって言えば良かったなぁ………。今更後悔。怖がる一二三くんからもう少し距離をとって独歩くんの帰りを待つ。日陰にいるが外はやっぱり暑い、じんわりと体温が上がっていく。今日は暑いなぁ。
 ちらりと横目で一二三くんを見てみる、彼も暑さに参っているか項垂れていて、暑さと怖さで青ざめた顔しながら独歩くんの帰りを待っている。う、申し訳ない。こっそり見つめる彼の横顔はとても綺麗でやっぱりかっこいいなと心の中でつぶやいた。変わらない横顔はあの頃と一緒。もう一度………あの頃みたいに話せたら………。
 そう思っていたら「ひふみんだぁ!」と騒ぐ声が聞こえてきた。

「ひっ!また女ぁ………!!」
「ねぇーみんな麻天狼のひふみんがいるよー!」

 見つかってしまった。やばいと思ったが時既に遅く一二三くんを見つけた女性が仲間の女性を呼んでしまい、大量の女性が一斉に一二三くんに駆け寄ってくる。一二三くんからしたら地獄絵図だ。
 女性の大群に私もたじろぐ。一刻も早くどこかへ移動しなければ一二三くんが危ない、独歩くんには悪いけど早くこの場から離れた方がいい。どこかいい場所は………。辺りを見渡しても隠れる場所はどこにもない、そうこうしているうちに女性達との距離がどんどん近づいてくる。一二三くんは大勢の女性にパニックを起こしているのか逃げることも出来ず固まったまま。

「………一二三くんこっち!!」
「へっ!!」

 動けない彼の手を握りそのまま走り出した。足を踏み出した瞬間、彼が私の手のひらを握り返し脳内に駆け巡る、あの頃の思い出。

『やっべー!独歩怒らせちゃったー!
『もー何したの!』
『うわぁ!!俺っちのこと追いかけてくる〜!逃げよ名前ちゃん!』
『あっ待って一二三くん!』

 女性達は私達を追いかけてくる、一二三くんを呼ぶ黄色い声と、時折一二三くんと一緒に逃げる私に対しての罵声も聞こえてくる。その声を聞きながら私はどこか冷静で逃げる場所と共に、あの頃を思い出しながら走っていた。
 ねぇ一二三くん、私達が仲良かった幼い頃こんな風に手を繋いで走ったこと沢山あったね。貴方は忘れてるみたいだけど。 大通りから離れた小道を走り、行方をくらます。狭い路地裏に身を隠せばそれに気づかない女性達が通り過ぎていき辺りは誰もいなくなった。はぁ、やっといなくなった。
 ホッとしたところで彼とまだ手のひらは繋がったままに気づく。

「あっご、ごめんね一二三くん……」

 慌てて離そうとすれば一二三くんは握ったまま離してくれない。どうしたのかと彼を見上げれば赤く染まった頬で一二三くんは恐る恐る口を開き。

「………名前……ちゃん………?」
「………え?」

 震えているけれど彼の手は私の手をしっかりと握っている。青ざめてた顔が今はほんのり赤い、繋がった2人の手のひらに胸の奥がとくんと音を鳴らし始めた。昔よりも大きくなった背丈、細いけれどどこか男らしさを感じる手、強くなった握る力。変わってないようで変わった大好きだった人。
 私のこと思い出してくれたの? 問いかけに一二三くんは赤かった顔をさらに赤くして戸惑いながら「初恋の子がそんな名前だった」と答えてくれた。その答えを聞いて、私の胸はときめく。

 遠くの方から私達の名前を呼ぶ独歩くんの声が聞こえてくる。それでも手を握ったまま、昔の自分達を思い出しながら、私達はここから動かず互いの瞳を見つめあった。
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