@緊張した様子が表れる。興奮する。活気づく。
A好色そうに見える。あだめく。
B美しい色を見せる。はなやかになる。
C(敗色が見えて)動揺し始める。



遠征を任せる部隊長の声が来室を告げたので、どうぞと迎えて入らせた。

「失礼しま……、」

するりと引き戸を引いてやって来た一期一振は、中にいた私を見て虚を突かれた顔をした。

「主、その格好は……」

いつも落ち着いた物腰の彼が、こんな風に瞳を丸くしているのは珍しい。貴重なものを拝んだ気分になって、私は髪を後ろへ流しながら微笑む。

「今日、ちょっと夜まで留守にするって言ってたでしょ? その用事っていうのが、友達の結婚式なんだ」

この日のために仕立てたドレスの裾が翻る。
見慣れない格好だからか、一期一振の金眼が物珍しそうに浮いたレースを追って動いた。

「……似合わない?」
「あっ、いえっ、決してそのようなことは!」

落ち着かなさげに視線を彷徨かせる顔付きに、少々茶目っ気が湧いてそう眉を下げた。
主の萎んだ声音にはっとしたのか、彼は勢いよく諸手を挙げて否定する。

「よ……、よくお似合い、です」

律儀に褒め言葉を口にする彼に振り向き、「ありがと」と首を傾けた。

「あんまりこんな綺麗な格好したことないからさ。なんか緊張しちゃうよ」

ぐぐ、と伸びをして、背後の衣装箪笥から上着代わりのショールを取り出す。吊り棚になっているその扉を開け閉めする際、スカートの裾が巻き込まれそうになって指先で持ち上げた。……まったく、やわいシルクは扱いに困る。

「一期、昨日の連絡のとおり、今日は私夜まで戻らないから、遠征と内番、手筈通りに宜しくね。獲得した資材は蔵に入れてもらって、それから……、」
「主の」

箪笥から出したショールを肩に掛けながら当面の予定を指示していると、急にそれを遮られた。意外な横槍に驚いて顔を上げる。……珍しいな、彼が会話中こんな風に割り込みをするなんて。

「一期? どうしたの」
「……主の」

向き直って尋ねると、一期一振はどこか悔しそうに、堪えるように唇を引き結んだ。
えっ、と肩が竦む。またもや拝むことが出来た彼の稀有な表情に射られたような気持ちになって、私は頭ひとつ分上にある彼の瞳に奪われた。

「主の素敵な格好は、今日のご友人のためなのですね」

指先が伸びてくる。
手袋をしたままでも分かる、すらりと長い指先は、眼前の私を容易く捉える。
する、と肩に触れた後、乗せた布地をなぞって流れたその爪先は、胸元の金具に触れてく、と曲がった。

「……少々、妬けます」

ぱちん、と丁寧に留めたスナップボタンを優しくひと撫でして、一期一振の指先はゆっくり離れていく。
それだけの仕草が何故かどうにも色めいて、私は唇をはくはく震わせるしかない。

「……っいち、」

ひくつく喉からどうにかそれだけ絞り出した瞬間、「いち兄〜〜ちょっと手ェ貸して〜〜!」と彼に助けを求める弟達の声が聞こえた。

「……すみません、少し出てきます。……どうしたんだお前達」

ぱっ、と空気を切り替えて、一期一振が背を向ける。たん、と閉められた障子の向こうでの睦まじい会話を聞くに、兄の顔をしているのが容易く窺えた。
どこか遠くにいるような気分でその兄弟の会話を聞きながら、私はずるずると壁に凭れて顔を覆う。

『少々、妬けます』

さっきのあの言葉は、一体どんな意味だったのだろう。伸ばされた掌と、ちらつかされた男の顔に、ただただ心臓を煩くするしか出来なかった。
ショールの留め具に指を伸ばす。触れられたのはほんの一瞬だったのに、彼の手の熱が移って残っているような気がした。
悶えている間に、主そろそろ時間だぞ、と、出発を促す近侍の声が聞こえる。
はあい、と応えた。しかし部屋から出て行くには、彼とまた顔を合わせるには、熱くなった頬をとにかく冷まさなければ、少々厳しい。
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