私はティーポット。HTCPCP/1.0の拡張ステータスコード。
ティーポットにコーヒーを淹れさせようとして、拒否された場合に返すとされる、ジョークのコードである。



あの日から四年がたった。
警視庁のfaxに送られてきていたカウントダウンの数字は、遂に去年『1』となった。そして、今年送られてきたものは物騒な招待状だった。再び『奴』が動き出す。
俺は『奴』をあれからずっと追っていた。爆発現場にも何回も通った。街中を巡回し、不審な輩を尾行しては『奴』かどうかを確めていった。そして――
漸く見つけ出した。
『奴』を見張り、動向を監視続け、今日を迎えた。『奴』の後をつけて、爆弾を仕掛けた場所を確認した。後は警察に知らせるだけなのだが…

警視庁警備部機動隊爆発物処理班。古巣へ足を踏み入れる。
『おいっ!だれか、俺の声が聞こえるか!?』
部屋には何人か隊員がいるのだが、返事をする者はやっぱりいなかった。今まで他の部署でも試してみたのだが、誰一人声は届かなかった。部屋にいた隊員に体を借りてみようと、その背中に触れた。
『!?』
ばちっと静電気のような衝撃が走り、弾かれてしまった。
『いってぇ〜。やっぱ、こっちもダメか…』
手を振って大声で叫んでも、誰にも咎められることはない。
『くそっ、時間がないっていうのにっ』
伝わらないもどかしさと、リミットまで猶予のないことへの焦燥感から悪態をついてしまった。
捜査一課はもうすでに動き出している。『奴』が爆弾に施した仕掛けはえげつないもので、このままだと彼奴は死んでしまう。
―間違いなく、自分を犠牲にして場所を教えようとするだろう。彼奴はそういう奴だし、俺だってそうする。
口が悪く独断的で一匹狼気質だが、情に厚く仲間を大切にするいい奴だ。
―みすみす死なせてなるものか。
―この際、誰でもいい俺の声が聞こえるならば――
一縷の希みを賭けてある場所へ急いだ。

「お大事に」
お決まりの言葉に見送られ、名字名前病院を後にした。
「やっと、とれたー」
解放感につい声が漏れてしまった。周りからの視線が刺さって、気恥ずかしい思いはしたが、この数週間、固定されて動かしにくかったんだから仕方のないことだと、心の中で言い訳したのだった。
名前はとある雨の日、仕事から帰る途中で足を滑らせ転倒してしまった。咄嗟に手をついたのはよかったが、右手首に罅が入ってしまったのだった。
全治三週間。利き手をガチガチに固定されてしまったが、幸いにも指は動かせたので、やや不便を感じながらも日常生活をこなしてきた。
「さてと、ギプスとれたお祝いに、コンビニでスィーツでも買って帰ろっかな」
ひとりごちながら、バス停へ足を向けて歩いていた。何を食べようかと、あれこれ思い浮かべる。
「そうだ、季節限定のあれにしよっと。――ん?」
ぽん、と脳裏に浮かんだスィーツにひとつ頷いたところで、病院にはあまりそぐわない服を着た人物を見つけた。
ベストの背中にプリントされた『警視庁』の文字。
―何かの捜査なのなぁ…
名前はちょっと興味をを抱き、その人物をじっと見つめた。
その視線に気づいたのか、背中を向けていた人物が名前の方へくるりと首を回した。青みのある灰色の双眼と視線が合わさる。
「うわーイケメンさんだー」
整った顔立ちに、ぽろりと口から溢れた。すると、青年が驚いたように目を見開いた。
『あ、あんた、俺が見えるのか!?』
「へ?見えるのかって…何いってんのお兄さん?そりゃーばっちりと見えてますよ。じゃなきゃ、イケメンだって分からないじゃないですか」
青年のおかしな質問に、首を傾げて答えた。
まじまじと青年を観察する。長めの前髪と襟足の黒い髪。優しさの滲む少し垂れた切れ長の双眼。服は黒いベストに警察の制服を着ていている。
『や―――』
「や?」
ふるふると全身を震わせ、驚いた表情から喜びの表情に変えた青年は、両手を広げて名前へ飛び付きにきた。
『やっと見つけたー!!』
「ええっ!?」
今度は名前が驚き、立ちすくんだ。彼女の最後の記憶はイケメンの輝く笑顔のどアップだった。

「へ?見えるのかって…何いってんのお兄さん?そりゃーばっちりと見えてますよ。じゃなきゃ、イケメンだって分からないじゃないですか」
俺の質問に、不思議そうに首を傾げて答える目の前の女性。
体が歓喜に震え出すのが分かる。漸く見つかった。俺が見える奴が。
『や―――』
「や?」
思わず両手を広げて女性に駆け寄った。
『やっと見つけたー!!』
「ええっ!?」
抱きついた瞬間、ふっと彼女の姿が消えた。
「あ、あれ?おねーさん?」
きょろきょろ辺りを見回しても、姿が見当たらない。「どういうことだ?って、俺、こんな声だったっけ?」
何だか記憶にある自分の声より、高いような気がする。ふと、見下ろすと、女物の靴が目に入った。
「えっ?」
今度は両手を見て、体を見回す。どう見ても女性の服で、しかもついさっきまで対峙していた彼女の物だ。
「もしかして…乗り移っちゃった…?」
思いもよらないことに呆然としてしまったが――
はっと我に返る。
「そうだ!これはチャンスじゃないか!」
彼女には悪いが、暫く体を貸してもらおう。序でに携帯電話も。心で詫びながら、バッグを漁る。前ポケットから白い携帯を見つけ出し、記憶している番号へかける。コール音を聞きながら、ガラス越しに見えるロビーの時計を見た。正午まで後30分。
―出ろ!出てくれっ!
中々つながらず、焦りと苛立ちがつのる。みしりと携帯が軋んだ。
『――もしもし』
コール音が途切れ、聞き慣れた低い声がした。訝しげな声色なのは、未登録の番号からなのだから当たり前か。
「時間がないから、諸々の説明はあとだ。二つ目の爆弾のありかは、米花中央病院だ。今、俺の目の前にある。さっさとそっちを解体してこっちにこい!分かったか!」
口を挟む余地を与えないように、捲し立てる。
「――四年前の俺の敵をとってくれるんだろ?なぁ、松田?」
『!?萩原、なの、か?』
戸惑う声に苦笑しながら、答えてやる。
「あぁ、俺だよ。今は他人の体をちょっと借りててな――」
微かずつ、体から追い出されるような感じがしてきた。
『どうした?』
「どうやらタイムリミットみたいだな。きっちり解体しろよ。ここで待っているからな!ちゃんと来いよ!いいな、絶対に!」
ふわりと体が浮かび上がる感覚がした。通話は辛うじて切ることができた。視線を落とすと、眼下で女性が立っているのが見えた。きょろきょろと辺りを見回している。
「あれ?あれ?おにーさんは?ん?何で携帯持ってるの?」
どうやら俺が乗り移っている間は記憶がないらしい。頭に大量のクエスチョンマークが浮かんでるのが見えるようだ。あたふたする様子が面白く、吹き出してしまった。くるくる変わる表情は見てて飽きない。
やがて探すのを諦めたのか、近くのバス停へと歩き出した。
「ぇーっと、バスはっと…後、20分くらいか…」
時刻表と携帯の時計を見ながらそう呟くと、ベンチに座った。
昼前で人通りの絶えた静かな空間。
爆弾がすぐ側にあるのは、こちらもあちらも同じ。
杯戸ショッピングモールでは、緊迫した空気が満ちているだろう。だが、ここはゆるゆるとした長閑な時が流れている。
―松田には悪いけど、何だか気が抜けるなぁ…
ふわりと空中を漂いながら、杯戸町方面を見つめた。

ピリリリリ――
静寂を突き破り、携帯が鳴り出した。
「わっ」
女性は驚きのあまり、握っていた携帯を落としそうになったが、なんとか堪えた。通話しようと、携帯を開いた彼女は、ディスプレイを見たまま何故か通話ボタンを押さない。
俺はそっと近づいて覗きこむと、さっきダイヤルした番号が表示されている。ロビーの時計を見ると、正午まであと10分。
『おねーさん、それ、俺のダチからの電話。出てくれる?』
「!?」
耳元でそういうと、びくっと肩を揺らしてこちらを振り向いた。
「さっきの、おにーさん!?」
『うん、さっきのおにーさんの萩原研二だよ。話は後にして、それ、出てくれる?待たせると、彼奴キレちゃうから』
ずっと鳴りっぱなしの携帯を指差した。
彼女はぱちくりと瞬いたあと、俺のいった言葉を理解して、すっとんきょうな声をあげた。
「えっ!?キ、キレるぅ!?――もしも」
『遅いぞ!萩原ぁ!』
「ひっ、す、すみませんっ、すみませんっ」
『なっ…萩原じゃないのか?』
「私は萩原さんではなく、名字です」
通話ボタンを押した瞬間、松田の怒鳴り声が飛び出した。彼女―名字さんはひきつった声をあげてぺこぺこと頭を下げた。
『ぶっ、あっはっはっは』
謝る名字さんと、困惑した松田の声が可笑しくて腹を抱えて笑ってしまった。そんな俺をじとりと睨み付けると、松田に告げ口した。
「萩原さんなら隣で爆笑してますよ」
『…萩原の奴、そっち行ったら説教してやる。処理は無事終わったと伝えてくれ。それからいきなり怒鳴って悪かったな』
「い、いえ、大丈夫です。萩原さんには伝えておきますね」
『悪りぃな。頼んだぞ。じゃ、あとでな』
通話を終わらせると、ぐったりとベンチに寄りかかる。疲労感を漂よわせる名字さんの隣に座った。
『なんか、ごめんね。巻き込んじゃって』
顔を覗き混んで謝ると、眉を下げて力なく、大丈夫ですといった。それから、松田からの伝言を教えてくれた。
―よかった。ちゃんと解体したんだな。
ふっと息を吐き、肩の強ばりを解いた。

正午を少しまわった頃、松田が工具を持って姿を見せた。萩原は漸く安堵の息がつけた。解体したとは聞かされてはいたが、やっぱり無事な姿を見るまでは安心できなかったのだ。
名前はさくさくと爆弾を解体していく松田を、萩原と離れた所で眺めていた。
「―萩原さんは手伝わなくていいんですか?」
隣で作業を眺めている萩原にたずねた。
『んー、彼奴なら一人でも大丈夫。それに俺、幽霊だから、手は出せないしな』
「ええっ!?本当なんですか!?たちの悪い冗談とかじゃなくて?」
名前は、ぎょっとして、萩原から距離をとった。
『うん、俺は四年前に死んでるよ』
軽いいいように、どんな顔したらよいか分からなくなり、眉尻を下げる名前。萩原から作業中の松田に困惑した視線を移した。
「萩原さん、自分は死んだっていってますけど…本当なんですか?」
「ん?ああ、そうだ。爆弾の爆発に捲き込まれてな」
「ば、爆弾!?」
松田は手を止めずにしれっと首肯し、死因まで教えた。ショッキングな言葉に、名前は目と口を丸くさせた。それを見た萩原は、おもいっきり吹いた。
『ぶっ、名字さん変な顔〜』
松田もちらりと視線を向けると、呆れたようにため息をついた。
「驚きすぎだ」
再び、手元を見ると、コードを切った。
「解体終了」
張りつめていた空気が緩み、三人は顔を見合せ、安堵の笑みを浮かべた。
『ありがとな、名字さん。おかげで松田が助かったよ』
「いえいえ、私は何もしてないです」
「いや、あんたがいたおかげで萩原は俺に連絡出来たんだからな。でなきゃ、俺も死んでたよ。サンキュな」
二人のイケメンに礼をいわれ、名前は顔を赤らめた。
『――名字さん可愛い〜っていってぇぇ〜』
感極まって名前に抱きつこうとした萩原は、何故だか今度は弾かれてしまったのだった。
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