プラトンの『国家』に出てくる神話。人間は土から作られ、統治者になるべくして生まれたものは金が混じっており、戦士には銀が、農作者と工作者には鉄が混じっている、という話がある。これは各人が各自の役割に不満を持たずに国家のために生きることができるように、統治者が人々に信じこませるためのもので、プラトンはこれを高貴な嘘(ギリシア語でgennaion pseudos)と呼んだ。


※原作前捏造


この世界で最も影響力のある人物の一人であるイオンの7番目のレプリカが公の場に出るようになり、被験者である彼の私室は教会の隅の隅に追いやられた。最高権威ということもあって元より隔離されているような場所にあったのに、今与えられた部屋は窓も無く息がつまりそうだ。
しかしそれが気になるのは私だけらしい。もう2週間はたったというのに、イオンが部屋の事で文句を言ったことは無い。言う余裕が無いだけかもしれない。もし彼が元気なら嫌味の一つや二つ聞けたかもしれない。


「イオン、起きてる?」

「さぁ…」

そんな息苦しい部屋で今日も死んだように横たわっているイオンはその深い深い闇が根付いた緑の瞳を見せないまま気だるげに口だけを動かした。
さぁ。なんて愛想の無い返事だ。意味も分からない。

「アリエッタ、死にそうだよ。」

アリエッタは彼付きの導師守護役、だった。レプリカを作らせたイオンはアリエッタを導師守護役から遠退けた。
新しい代わりのイオンにアリエッタをあげたくなかったのだろうか。
そんなイオンのいじらしい最期の望みは当然叶ったわけだが事情も知らされずに唐突に唯一の居場所であったイオンの隣を解任されたアリエッタは唖然?呆然?失然?部屋にこもって出てこなくなってしまった。


「…死にそうなのは僕。」
「そうだね。」

フン。
小さく鼻で笑うのは死ぬ間際になっても治らないらしい。青白い顔。滲み出てた意地悪さに拍車がかかった気がする、悪役としてやっていけそうだ。実は心優しい一面もあった事が倒した後に判明して感動を誘う悪役。


「アリエッタを悲しませたくないのと、イオンだけの導師守護役だから解任して遠ざけたんだよね?」
「……。」

無言。彼の無言は7割が肯定だ。残りは気まぐれによる無視、怒りによる無視、種類は色々あるが結局無視。死にかけてるから返事をするのが面倒な可能性もあるけど、まあきっと今のは肯定だ。


「私が悲しむのは良いわけ?ひどいね。」
「へぇ…アンタ、僕が死んだら悲しいんだ?」

ハハ。
また小さく嘲笑ったと思ったら、そのままゲホゲホと咳き込み始めた。結構苦しそうで、このまま死んでしまうかもしれない、なんて考えが頭をよぎる。


「うん、悲しい。」
そんなイオンに見えているかはわからないが大袈裟に肩をすくめてみせる。
こんなに狭苦しい部屋にポイされて世界を恨んで死んでいくなんて、悲しくて涙が出ちゃうね、本当。


「…名前にくらい悼んで欲しいのかもね。」
年頃の女の子を期待させるような勘違いさせるような事を言ったくせに私に向けられているのは咳き込んだときにまあるくなってそのままの背中。震えているように見えるが、イオンが本気で悼んで欲しいと思っているから震えているのか、死にそうだから震えているのか、私の視界が揺れているのかよくわからない。

「じゃあ悼んであげるね。」

仕方ない。彼は私以外に死を悲しんでもらえそうにない。
生きてきた時はいつも誰かに求められ縋られて崇められていたのは確かに猫被りな彼なのに、そいつらにイオンが死んだ事は明かされない。
導師イオンは死なないから。


「名前…」
「なに?」

今日初めて目があった。暗い緑だ。見つめていると何処かに連れて行かれそうな暗さ。気が滅入る。
「お礼に、アンタが死んだら、迎えにきてあげるよ。」
全然お礼として成り立っていない事にイオンは気がついているのだろうか。罪作りなイオンはきっと地獄へ行く。そんな彼が迎えに来るなんて、私まで地獄行きって事だ。

「楽しみにしてる。」

「……そ。」

また小さく震えたと思ったら動かなくなった。鬼の涙が見られるかも、と近寄ってその顔を覗き込む。
イオンは笑っていた。
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