ある事柄を同じくらいうまく説明できる仮説が二つある場合、より単純な方を選べ、という思考節約の原理。複雑な仮説の方が矛盾を含んでいる可能性が高いため、という説もある。


「僕は彼女を食べたい。きっとあのうつくしい肢体は余すところなく柔らかで、瑞々しく、巡る血液は麗しいんだろうね。どこに噛み付いても、甘く甘美な香りと風味をこの舌に残してくれるに違いない。……ああ、あの黒曜石のような瞳も素晴らしいね。彼女がこの世に生を受けてからこれまで映した景色が、あの両の目に閉じ込められているんだ。眼差しごと喰らったら、彼女の見ていた景色を共有出来るだろうか……、いや、きっと出来るに違いない。桜貝の爪も、白魚の手も、かたちのいい足の踵も、すべてが綺麗でしょうがないんだ。……ああ、どこから食べてしまうのが良いのだろうね。調理方法にも悩んでしまうな。パテが良いかな。それとも下味を付けて煮込んだスープ? 日本食に倣って活け造りというのも捨てがたいね。考えるだけで最高だ! ……でもね、ひとつだけ。ひとつだけ、不可解なことがあるんだ。彼女を食してしまったら、当然、本体は死んでしまうだろう?……ああ、文字通り、あの子は文字通り、この僕の血となり肉となり、永遠に生き続けることは間違いないよ。しかし、今現在ここに存在して、言葉を交わし、僕に笑ってくれる名字名前は居なくなる。もうあの声で名前を呼ばれることも、好きな本の貸し借りをすることも出来なくなってしまうんだ。それがどうしてか、無性に、たまらなく寂しくてね。今迄人間相手に、こんな気持ちになったことはないんだ。何故かな。どこかおかしいのかな。僕の糧になることほど、生きとし生けるものにとってここまで誉れあることはない筈なのにね。……ねえ、カネキくん。僕は一体、どうすれば良いのだろう」
「……取り敢えず」

ぱたん、と読んでいた本を閉じ、彼は胡乱げな瞳で(君のそんな視線もまた痺れる!)僕を見上げて、無感情にぽつりと口を開いた。

「お気に入りの本でも携えて、その人をお茶にでも誘えば良いんじゃないですか。……そうですね。どうせなら、珈琲が美味しい処にでも」
「……Amazing」

流石、僕の王。認めた男。最高のマテリアル。
ーー妙案だ。
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