わたしには、自慢の友達がいます。
その子の名前は久遠冬花ちゃんといいます。高校で出会いました。冬花ちゃんは私が出会った女の子の中でいちばんきれいな美人で、声も可愛くて、勉強もできて、おまけに性格も良くて、もひとつおまけに運動もそこそこできちゃう。
かわいい子と友達になるのが学校生活を薔薇色にするか否かを振り分けると信じるわたしはみごとに"いつも冬花ちゃんの隣にいる子"という座席を勝ち取ることができました。
「恥ずかしいな」と言いながら控えめに顔に手を添える冬花ちゃんと自撮りするとき、自習室で隣で黙々とペンを走らせるのを横目で見るとき、目の前で自分が作ってきたお弁当をきれいに食べているとき、わたしはこのうえない優越感に浸れます。毎日学校に行くのが本当に楽しかった。

冬花ちゃんのことは大好きだけれども、冬花ちゃんには隠したいことがありました。
わたし名字名前は、死ぬほど男癖が悪いのです。
うーん、そう言ったら語弊があるかな。なんていうか、好きになる男全員彼女がいたんだよね!かっこいい男はもうほかの女の手垢が付いているの……。でも、それが諦めなきゃいけない理由ではないじゃん?それにちょっと言いよっただけで揺れる相手も相手ですよ。わたしが何もしなくても壊れてたって。そう思いません?
でも、わたしが頻繁に女の子たちに呼ばれる姿を見て賢い冬花ちゃんは察したようで、呼び出される度に
「名前ちゃん、だめだよ」「お友達がいなくなっちゃうよ」
と、小さい子を叱るようにわたしに言い聞かせてくれます。そんな叱り方すら可愛くて、ちょっと困ったような顔をして、「うーん、ごめんね?」と手を胸の前でぱちんとあわせれば、この話はおしまいの合図になっていました。
呼び出してきた女の子に「ごめんね?」の呪文を唱えると、みるみる顔色を変えていくのも面白いけど、やっぱり冬花ちゃんのしょうがないなぁ、みたいな顔を見る方がずっと可愛くて好き!

梅雨のある日、いつもはわたしから冬花ちゃんを誘っていたカフェに珍しく冬花ちゃんのほうから行こう、と誘ってくれたのです。それが嬉しくて嬉しくて、雨の降る中、冬花ちゃんの小花柄の傘の隣にピンク色のビニール傘を並べます。
「えー、なにか新作出てるかな。冬花ちゃんはどうする?」
メニューを隈無く探すわたしとは対照的に冬花ちゃんはさっと決めてしまいました。
「ねぇ、名前ちゃん、なにか私に隠してることない?」
「え?」
冬花ちゃんが真剣な顔で私に聞いてきた。その顔は参考書を目の前にする時のあの顔とよく似ていた。横から見る姿も綺麗だけど、正面から見るのも最高に綺麗だなぁ……。
「名前ちゃん!」
「あ、ごめんごめん。でも、隠し事って言われても……。うーん」
「フジイさんって言って、わかる?」
「フジイ?うちのクラスにいたっけ?」
「ううん。隣のクラスの子だよ」
「あ、そうなんだ……ごめん、全然心当たりない」
「フジイさんと名前ちゃんが少し前にトラブルを起こしたって聞いたの。それで、フジイさんが学校をずっと休んでるって」
そこでようやく、フジイさんとやらを包んでいた黒いベールがパッと取れました。
「……あ。わかったかも」
ずっと真っ直ぐ見つめる冬花ちゃんの視線が嬉しいはずなのに、今日は少し痛くて、逃れるようにゆっくりと上を向く。

二週間くらい前の放課後、たまたま冬花ちゃんの悪口が聞こえたの。あ、ううん。それが秘密ってわけじゃなくてね、わたし、冬花ちゃんよりブスな女が冬花ちゃんとこと悪く言うのが信じられなくて、ありえない!って思って、つい、その子にめちゃくちゃな意地悪言っちゃったんだよね。あ、意地悪って言ったら聞こえが悪いなぁ。えーと、正直な気持ちをぶつけたの!
その、名前なんだっけ。……あ、フジイさんね。学校来なくなっちゃったんだ。でも仕方なくない?ブスなのに冬花ちゃんの悪口言うって……。しかもわたしが言い返したら傷ついて学校休むっておかしくない!?そんな酷い子、学校に来なくて正解だよ!また冬花ちゃんの悪口聞いたらわたしが追い出してあげるから、冬花ちゃんは何も悩まずに学校生活を送ってほしいな。わたしの隣で。

一気に喋ったからか、口の中がパサパサになって、アイスカフェラテを一気に飲んだ。別にこれ、隠してたわけじゃないし、あの子が学校に来なくなったのも知らなかったんだけどなぁ。
「名前ちゃんが私のことを思ってやってくれるのはすごく嬉しいよ。でもね、それで関係ない子がこんなことになるなんて、私、おかしいと思う」
「そうかなぁ?因果応報ってやつだと思うけど」
「もうやっちゃだめだよ」
「うん。ごめんね?」
いつものポーズをとっても冬花ちゃんが表情を緩めることはありませんでした。

翌日の放課後、いつものようにまたまた知らない女の子から呼び出しを受けました。
わたしがこの子に何をしたのかなんて、皆目検討もつきません。これは先手必勝です。
「えっと……。わたし、あなたに何かしちゃったかな……。その、ごめんね?」
えーと、眉毛を下げて、首を傾げて、手を胸の前で合わせて、申し訳なさそうにする、っと。
目の前にいるのが冬花ちゃんならよかったのに、それならこんな義務みたいなごめんねポーズも楽しくできるのにな、なんて思っていると、いきなり頬に重い痛みを伴った衝撃が走りました。わけがわかりません。倒れ込んだ花壇は濡れていて、ベビーパウダーを叩いた顔に土がじわりと張り付いたのがわかりました。なにか口の中から生暖かいものが零れます。小指で触ると、案の定赤く濡れています。
「あんたが学校来なけりゃいいのにね」
唾を吐きかけるようにそう言って、その子はどこかへと立ち去りました。わたしは意味がわからなくて、しばらく花壇を枕にしながら空を見ることしかできません。今日はよく晴れてるなぁ。

それから数十分。静かな足音が聞こえてきました。顔だけそちらに向けると、今日はなんだかよそよそしかった冬花ちゃんがそこにはいました。
「私がしてあげられるのはここまでだよ」
冬花ちゃんがしゃがんでわたしの顔の横に綺麗なハンカチをそっと置きます。これ、返さなくていいから、という言葉も添えて。
「名前ちゃん、ごめんね!」
わたしが散々使ってきた魔法の言葉は、冬花ちゃんの透き通った声に乗ってわたしの脳と心臓を貫きました。こんなときなのに、わたしのポーズを真似る冬花ちゃんはどこまでもあざとく、この世の何よりも可愛いのです。
さらにその翌日、冬花ちゃんは、違う女の子──よりによって、あの悪口を言っていたブス──と楽しそうにお喋りをしていました。
わたし、冬花ちゃんになにか悪いこと、したっけ?
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