ないしょ、ないしょ、ないしょの言葉はあのねのね
あのね、あのね皆にはないしょだよ?
なあに?
なあに?
ここはね、『特別な本丸』なんだよ
『特別な本丸』?
『特別』ってなあに?
ききたい?
ききたい!
ききたい!
ふふっ、ここだけの秘密だよ?
秘密!
秘密!
あのね、ここはね――――

ふわり、ふわりと風に舞う、薄紅色の花弁。
どっしりとした幹の千年桜は、きれいに整えられた庭で、冷たい冬の空気の中、満開の花を咲かせている。満月の光を浴びて闇夜に浮かび上がるそれが淡く白銀に発光した。
ここに暮らすものたちが寝静まる夜中、それに呼応するように、一室の障子の内側が一瞬明るくなった。
場所は本丸。主たる審神者の霊気と付喪神である刀剣男士の神気が満ちる特殊な空間。
その場所で、持ち主の想いがこもった、ある物が、ざらりと意識を揺り起こされた。まだ、この世に作られてからの年月はさほど経ってはおらず内包する神力は、それなりはあれど、自力で姿を持つほどの量ではない。しかし、不足を補うように力を与えたモノがいたが故にこうして体を形どることが出来た。
桜の花弁をまとい、現れた姿は。
浅葱色の髪に白い顏(かんばせ)。ゆっくりと開かれた煌めく双眸は黄金色。見目は、まとう洋装も合わせて持ち主と揃いのもの。背丈は、人の手のひらに乗る位の、五寸程の小さな体をしていた。
「……おや、体がある。これはどうしたことか……」
驚いたように呟き、くるりと自身を見回した後、己の『本体』へ目線を落とした。
少し色褪せた、厚みのある藍色の冊子。表表紙には題名はなく、下の方に、生真面目な性格が現れた、きっちりとした文字で『一期一振』とだけ書かれていた。それの綴じ紐の余裕は後わずか。
「いつかは主殿と話してみたいと思っていましたが。ふむ、いい時に実体化しましたな。」
良い機会に恵まれた嬉しさに、表情(かお)が綻んだ。
この本丸へ移る前から、己につづられてきた彼の物語。過去に区切りをつけて新たな物語を書き始めるのに丁度よいだろう。

一期一振は、顕現された本丸の審神者から『要らぬから他所へやる。』といわれ、他の数振りと共に今の審神者へと下げ渡されたという過去を持っている。一期は、一部の弟たちや仲間たちと別れの挨拶もそこそこに、審神者に追い立てられるように本丸を出されてしまった。突然の決定から移籍までの期間はあまりにも短く、一期たちの戸惑う心を置き去りにしたまま、現在の本丸へと行くことになったのだった。

『 新しい主は改変された歴史に生まれ、修正された後にも消滅しなかった、いわゆる『残された者』だった。そして、自分たちに『爪弾き者同士、仲良くしよう。』と手を差し伸べて迎え入れてくれた。』
それが移動してから初めての書き込みだった。
新しい主の素性に驚き、突然始まった任務に追われる日々に、戸惑い、疲れはて、夜は泥のように眠ったと数日後に書いていた。
中々に過酷な新しい日常のことにまぎれて、
ろくに別れの挨拶をせずに別れてしまった弟たちや仲間たちがずっと気がかりだということ。そして、侘しくはあったが、穏やかな前の本丸の日常が、時折恋しく思うこと。
そんな前の本丸のことも書いていた。
前の本丸とのあまりの落差に、一期が壊れてしまわないか心配だったが、それは杞憂に終わった。
流石、刀剣の付喪神といったところだろう。いつしかそんな日常に慣れていき、己を振るえる喜びが伝わってくるような内容が徐々に増えていった。そして、刀剣としての本分を叶えてくれる審神者に感謝していることも。
ある時、一期が、
『全てを失って、絶望から立ち上がった主殿は、青竹のようにしなやかで強いお方だ。政府にいかに扱われようとも、周りにどんなに悪し様にいわれようとも、涼しげに流してしまわれ、一度も折れることはなかった。』
時の政府の所業と不満を散々書きなぐった後、審神者をそう評したことがあった。
書き込みから、時の政府や周囲の者たちからの主の扱いが良くないことは知っていた。
わたしもあんまりなその境遇に、一期に共感し、審神者が不憫に思ったものだった。
その後からだ。一期の心境が、少しずつ変化してきたような気がしたのは。
内容も、今までは任務中にあった出来事や、己の内心をつづったものが多かったが、次第に楽しく温かな日常の出来事や審神者のことを気遣うものが増えていった。そして、いつしかその中に、主への信頼とわずかな執着が見受けられるようになってきていた。
一期は、この本丸に慣れ、新しい主を受け入れたようだ。
道具の付喪神は、総じて自分を大切に使ってくれる者に執着するモノである。
そして、その気持ちはよくわかる。わたしもまた、付喪神と似たような存在なのだから。
書き連ねられた言葉から、よい方向へ向かっていくのがわかり、心から嬉しく思った。これで一期も心安らかに過ごしていけると。しかし、日記帳に綴じられる紙が増えていくことに―それだけ充実しているという証なのに―どこかで寂しさも感じていた。
それは、一期との別れが、直ぐそこまで迫ってきていたからだった。

「これからは、過去を振り返らず、新たな主と共に未来(まえ)へ進んでもらいたいものですな。」
膝をおると、目を伏せてつい、と少し色褪せた藍色の表紙に書かれた名前を指先で撫でた。脳裏に浮かぶのは、ここでの温かく優しい、そして楽しい思い出。
役目が終わってしまいこまれても構わない。だけど、時々でいいから、思い出して手に取って読み返してもらいたい。
忘れ去られてしまうのは、やはり寂しい。
「……馴染みある神気だと思えば……。小さい私、ですか……」
驚いたような声に振り向けば、いつの間にか開かれた襖から、夜着をまとった一期がこちらを覗いていた。黄金色の目がわずかに丸く見開かれている。
すくりと立ち上がると、右手を胸に当て、優雅にお辞儀をしてみせた。
「お初にお目にかかります。わたしはこの日記帳の精霊です。」
「日記帳の、精霊?」
首を傾げ、訝しそうに繰り返す一期に、にこりと笑みを向ける。
「はい。付喪神となるには、年月が全くといっていい程足りていません。故に、精霊という形となりました。」
立ったままの一期を部屋に招き入れ、文机の前へ座ってもらった。正座して相対しても目線は一期の方が高かった。見上げた金眼に映る自分の顔は、目の前のものと瓜二つ。
「わたしは貴殿の日記帳より生まれました。この身に流れる神力は貴殿のもの。故に姿は同じものとなりました。あと、わたしは付喪神である貴殿の持ち物。貴殿の神気を取り込んで実体化しても不思議ありますまい」
そう説明しても、未だ納得のいかないような表情(かお)をしている一期を、苦笑いしながら見上げた。
すうっと一期の視線が下に動いて日記帳を見た。暫くそのまま何か考えこむように沈黙する。
「それはそうなのですが……。しかし、刀剣の持ち物がこうして人の姿を形どるとは今までなかったし、聞いたこともありませんが……」
日記帳を見つめたまま困惑した声でいった。
「わたしは付喪神である貴殿の『想い』のこもった日記帳です。『想い』は『思い入れ』よりも、多く神気を帯びます。わたしは数年間に渡りそれを本体に取り込んでいます。故に他の持ち物よりは、神力は強いのです。」
文机から飛び下りて、一期を手招く。
障子を開けてもらい、廊下へと足を進めた。
空に輝く満月の光を浴びて宵闇に浮かび上がる千年桜。常と変わらずはらり、はらりと薄紅色の花弁を散らしている。
「といっても、単独では人形(ひとがた)をとる程神力は強くありません。なので、実のところ、わたしも驚いているのですよ。こうして実体化出来たのは、もしかしたら、あの桜のおかげかもしれません。この身に桜の神気が混じっているのを感じますから。」
桜を見ながら言葉を紡ぐ。隣に立つ一期を見上げれば、同じ様に桜を見つめていた。
昼間は、短刀や脇差たちのはしゃぐ声や小鳥たちの鳴き声などで賑わう庭も、深夜の今は静謐な空気のみが漂っている。
「……あの桜は、元々とても古い神社のご神木だったそうです。その関係で神気が他の本丸のよりも多いと聞いています。桜の力添えがあるのならば、納得いきますな。」
一期が思い出したようにそういった。ここにきて漸く合点がいったようだ。
それで、と一期は言葉を続けながら縁側に腰を下ろした。金の瞳がひたりと視線合わせてきた。
「貴方が、こうして実体化したのは、私に話したいことがあるからではありませんか?」
それは疑問ではなく、確認だった。
一期が、穏やかな、でも少し憂いを含んだ笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「―――振り返れば、実に様々なことがありましたな。」
ふい、と庭へ顔を向けて話を反らした。
本題に入る前に、一期と少し話をしてみたかった。日記帳に書かれたことは把握しているが、それ以外はわからない。せっかくこうして機会を得たのだから、色々聞いてみたい。
「……そうですな。私は、前の主が亡くなるまであの本丸で過ごすものだと思っていました。あそこでは戦場に出ることはありませんでした。その代わりに同じ境遇の方々と手合せしたり、畑を耕したり、弟たちと交流したり、日記を書いたりしていました。刀剣の本分を果たせないことが辛く、存在意義が揺らいだりしたこともありました。ですが、あの穏やかでゆったりとした日常は、そう嫌でもなかったんですよ。」
そう語る一期の表情は、過去を懐かしんでいるのか、とても穏やかで、柔らかな光をたたえる黄金色の瞳は、遠くを見ている。
置いてきた弟や仲間を思い出しているのだろう。ふっと、短く息を吐くと、今までのことを静かにぽつりぽつりと語り出した。
長い長い、わたしの知らない一期の物語。最後に聞けてよかったと、これで心置きなく眠りにつける、とこの時は思った。

「よい審神者に巡り会えてよかったですな」
「ええ、ほんとうに。前の主に感謝せねば」
話をそう締めくくったところで、わたしは本題を切り出した。
「先程、自分にいいたいことがあるのではと聞いてましたが、何となくは察しているのでしょう?」
視線をこちらに戻したのに会わせて尋ねる。
じっとわたしを見つめ、一期はゆっくりと瞬きを一度だけした。
「……日記帳の新調でしょうか。貴方の本体の紐は余裕があまりありません。私は長いものに変えようと思っていましたが、それは望まないのでしょう?」
寂しげに揺れる金眼に、これからもと望まれることに決心が鈍りそうになる。
この先も己を使って欲しい。
そんな未練を絶ちきるように首を振った。
「はい。新しい主を認め、その為に己を振るっていくと決意をした今がいい機会かと。わたしには前の本丸のことも書かれています。目の届くところにあっては、何時までも過去に囚われてしまいます。だから、今日でわたしを眠らせてもらえませんか?」
別れを告げると同時に、じわりと目に涙が滲み、一期の顔が歪んだ。
「!?」
ふいに体が浮く感じがした。驚きに目を見開くと、すぐ近くに一期な顔があった。どうやら彼の手のひらに掬い上げられたらしい。間近にあるその双眼も水気を帯びて潤んでいた。金色の瞳が、月明かりを反射して、宝石のように煌めいている。見惚れるほど綺麗なそれを、見納めだからと遠慮なく見つめていると、ゆるりと細まった。
「ふふっ、そう見つめられると、同じ顔なので不思議な気分になりますな。貴方の願い、承知しました。今まで私に付き合っていただき、ありがとうございました。主殿さえにもいえぬことも、貴方には全てさらけだせた。私が折れずにすんだのは貴方のおかげだ。」
そういうと、そっと額を合わせてきた。そして、再びありがとうと小さく呟いた。
「こちらこそ、最後まで使いきってくれて感謝します。」
そっと己の小さな両手を、一期な額にあてた。
(わたしの持つ全ての神力を使って言祝ごう。)

この先の貴殿の刃生が豊かで幸せであるように

力を使いきり、体がほどけていくのがわかった。
「いつかまた、会いましょう。」
一期の声が聞こえた気がした。


千年桜の枝に、全身桃色の小人が三人腰かけていた。ぷらぷらと足を揺らして楽しげにお喋りしている。

ないしょ、ないしょ、ないしょの言葉はあのねのね
あのね、あのね皆にはないしょだよ?
なあに?
なあに?
ここはね、『特別な本丸』なんだよ
『特別な本丸』?
『特別』ってなあに?
ききたい?
ききたい!
ききたい!
ふふっ、ここだけの秘密だよ?
秘密!
秘密!
あのね、ここの千年桜はとっても古い神社のご神木だったのをここに持ってきたんだって。だからすっごく神気が多くてね、道具に祝福を与えてその神気を分けることが出来るの!
するとね、なんと!その道具が人間の姿になれるのよ!すごくない?
それはすごいね!
すごい!すごい!
他の本丸の千年桜は、ここまで神気が多くないから祝福は出来ないんだ。だからここが『特別な本丸』ってわけ
これは誰にもおしえちゃ駄目よ?知っているのは私たちだけよ!
ここだけの秘密だね!
秘密だね!


/だれも知らない祝福のこと
タイトル:ユリ柩さま
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