「……いやー、まさかお前さんと共闘する日がくるとはねー」
染々とした口調でいう男に、バーボンはぎろりと蒼い瞳を向けた。
「……口ではなく、手と足を動かしてくださいよ」
「へいへーい」
「……」
肩をすくめて気の抜けるような返事に、いらっとしたバーボンは、正面にいる獲物の腹部へ八つ当たるように全力で右拳を叩き込んだ。
ぐふっと短い苦痛の呻き声を溢し、すぐ後ろにいた味方を巻き込んでいい勢いでふき飛んだ。
「ひゅー、中々やるねぇ。じゃあ、俺も」
称賛するように口笛を吹くと、たん、と床を蹴り宙へ舞う。そして、左足を振り上げ、勢いよく振り下ろした。踵が真下にあった茶色の頭頂にきれいに入り、持ち主は声もなく崩れ落ちた。
「どうよ?俺も中々やるでしょ?」
降りると同時に得意気に鼻をならしてバーボンの方を見てきた。それから、その隙をついてきた輩に、ふり向きもせずに顔に裏拳を食らわせた。
「なぁ、応援来るまでどのくらいかかる?」
「!」
男は、バーボンが何処かに連絡とったのを知っているようだ。周りに気を配っていたのだか、上手く気配を消して側で聞いていたらしい。
思わぬ己の失態に、バーボンは舌打ちした。既に自分がNOCであることは、過去の男の言動からばれていると思われる。敵地の中なので、連絡先を特定されないように念の為、固有名詞は出さなかったが、この翠目の男には何処に連絡したのかは予想ついているだろう。
「……準備は進めてはいたんですが、急なことだったので、到着まで時間がかかります」
向かってくる輩を蹴散らせながら話を続ける。
同時に頭の中でこれからの行動プランを、高速で立て直していく。
「こうなったら黒いもの同士、とことん潰し合ってもらって、我々は漁夫の利を狙います。ということで、僕らも出来るだけ数を減らしておきましょうか」
「『僕ら』って俺もやるの?」
「そうですよ」
己とよく似た容姿をした隣の男へ、ちらりと視線を流し、悪どく笑んで見せた。
(逃がしはしないぞ。『顔』を使わせてやっているのだから、使用料代わりにこのまま付き合ってもらう)
「『遊び』に来ていたのでしょ?ほら、相手は目の前に掃いて捨てる程いますよ。存分に『遊んで』下さいね、カメレオン」


降谷は、その日の数週間前からバーボンとしてとある組織に潜入していた。裏切り者と鼠の調査の為だ。その間、幸運なことに黒の組織への襲撃をする計画があるのも掴んだ。
それを知った時、降谷の頭にある計画が浮かんだことは、ジンには秘密である。
この組織は、バーボンが所属している黒の組織へ頻繁に手を出してきていた。何故かこちら側の動きが読まれているようで、毎回苦い思いをさせられている。どうやら内部に裏切り者か鼠がいるらしい。
裏切り者も鼠も大嫌いなジンは、早速炙り出しにかかった。しかしながら、今までその気配を悟らせなかった奴だ。そう簡単に尻尾をつかませなかった。中々見つからないことに苛立ちを露にし、少しでも怪しい素振りを見せた構成員を、ジンは片端から始末していった。
こんな状態なのだから、組織内の空気が殺伐としたものになるのは必然的である。幹部の間もぎくしゃくしたものとなり、特に過去、NOCの疑いをかけられたバーボンとキールを見る目は厳しかった。
キールは監視を受け入れてアジト内でおとなしくしていた。
バーボンは逆にジンに許可をとり、積極的に動き回った。得られた情報はジンとついでに公安に流した。
今回、対象となった組織は、元々公安でマークしていた所で、現在、降谷からもたらされた情報を元に、決行日に合わせて乗り込む準備をしている最中である。
この作戦が成功すれば、二つの裏組織を壊滅まではいかなくとも大きく弱体化させられるはずだった。

第三者が介入してこなければ。

計画の決行日の前日、その組織は黒の組織とは別の勢力に襲撃された。
その時ちょうど撤退しようとしていたバーボンは、がっつりそれに巻き込まれてしまった。
想定外のことに、計画を変更せざるをえなかった。折角の黒の組織を弱体化するチャンスを潰された苛立ちを抱えながら、追手をなんとかまく。廊下の角に身を潜めて風見に連絡をとった。そして、現状を手短に説明して直ぐ様こちらへ向かうよう指示を出した。その後、合流するべく再び動き出した。
身を隠しながら移動する途中、向かい側から追手を複数連れて走ってくる、翠の目をした自分に再会した。
「やぁ、こんな所で会うとは奇遇だねぇ、バーボン」
そいつは、そういいながら左手を上げ、場にそぐわない、爽やかな笑みを浮かべた。
「…………」
一瞬、安室透の笑顔と重なったが、頭を振って即座に消す。
(自分の目は翠じゃない)
浅黒い肌に、ミルクティブロンドの長めの髪。そして、翠色の瞳。おまけには、頭にあの日なかったごついゴーグルをつけている。
その姿を見て、バーボンは否応なしに先日のことを思い出した。

港にあるコンテナが積まれた一角。
足元に死体を転がし、こちらを愉しげに見つめる翠眼のもう一人の自分。

「……カメレオン……」
低く唸るような声がバーボンから溢れおちた。
ベルモット並みの変装技術を持っている、裏社会では名が通った始末屋。身近な人間に擬態して、ターゲットを弄んだ後、始末するという悪趣味の持ち主だ。
「貴方までここに潜っていたとは……。まさか、この襲撃、貴方の手引きですか?」
疑うように蒼い目を細めながら尋ねると、カメレオンは首を横に振った。
「いいや、違うよ。俺も巻き込まれたくち。ここには『遊び』に来ていただけ」
そういってバーボンに歩み寄り、脇に並び立つ。
その姿でここに『遊び』に来ていた、というこはつまり―――
「仕事の依頼がこなくて暇でね。ここは最近、勢いがあるだろう?何かうまい話でもあるかなーって」
「それは嘘ですね」
(僕がいることを知って潜ったんだ)
バーボンがずばっとそう断言すると、カメレオンは黙ったまま笑みを深めた。
「双子!?」
同じ顔が二つ並んだのを見た構成員たちは、驚きの声を声をあげた。
「あっ、よく見ると、目の色が違うっ!」
「距離的にあり得ない場所で見かけたりしたから、瞬間移動でもしたかと思ったぜ」
「あー、最初にあったやつは、頭にゴーグルつけてない方だ!」
「なに間違い探ししてんだ!そんなことはどうでもいいっ。まとめてヤっちまえ!」
ごちゃごちゃ喋っていたが、一人がバーボンたちを指差して叫んだことによって一斉に向かってきた。
市街地の中心から外れた場所にある、三階建ての古いビル。
最上階の廊下で、蒼い瞳と翠の瞳以外はそっくりな二人が、左右対象に構えて迎撃体勢をとった。

そして、ここで場面は冒頭へと戻る。

大いに暴れまくり、二人で3階を制圧して二階へ向かう。
「ところで、会った時から聞きたいことがあったのですが」
階段を下りながら、バーボンがちらりと隣の男の頭へ視線をやった。
ミルクティブロンドの頭にある、ごついゴーグル。そのレンズの部分の色は黒。それは何の為なのか。それと、これから何か仕掛ける、または既に仕掛けてあって、後は発動させるだけになっているのか。
その視線で言わんとしたことを察したのか、カメレオンはにいっと口角を上げ、悪戯な笑みを見せた。
「ふふっ、後でのお楽しみってことで。そうだ、俺がカウント始めたら、目をしっかり閉じてね。じゃないと、大変なことになるから」
階段を下りきり、二階の廊下へと足を踏み入れる。カメレオンは、ポケットから20センチ程の金属の棒状な物を取り出すと、すうっと大きく息を吸い込んで、
「はい、皆さーん、これにちゅーもーく!」
声をはりあげた。
乱闘を繰り広げていた者たちは面白いぐらいに動きをぴたりと止めて、一斉にカメレオンへと目を向けた。
(こいつ、言霊でも使えるのか?)
などと突拍子のないことを思うバーボン。
が、カメレオンがカウントを始めたので慌てて目を閉じた。
「――――ぜろ!」

目を閉じていても眩しい、暴力的な光が一瞬で辺りを白く染め上げた。

光がおちついたところで、バーボンは、そっと目を開けた。視界は光が目蓋に焼けついた後遺症で薄暗い。
目を閉じていてもこうなのだから、もろに食らった構成員たちはたまったものではないだろう。ジブリアニメの某大佐の様に、目がぁ……目がぁ……と呻いている。
隣の男は、と見てみると、しっかりとゴーグルを装着していた。どうやらこの為のものだったようだ。
ゴーグルを頭へと戻すと、バーボンの顔を覗きこんできた。見えてるかー、と手を目の前でひらひらと動かしている。
それを目で追って見せると、ほっとしたように息を吐いた。
「今のうちに逃げたいんだけど、走れる?」
「視界が少し暗いですが、なんとか。走っている間に戻ると思いますよ」
そういってバーボンは走り出したが、数歩進んだところで何かを踏みつけてしまった。傾く体を建て直そうと、足を踏ん張ると、ずきりと右足首に痛みが走る。顔をしかめて動きを止めると、カメレオンが駆け寄ってきた。足元へ視線を落とす。
「……おやおや足を挫いたようだねぇ。『顔』のレンタル料代わりに俺が連れていってやろう」
苦笑しながらそういうと、ひょいとバーボンを肩に担ぎ上げた。
「!?」
「舌噛むから口は閉じといてね。じゃあ、行くよ」
成人男性を抱えているとは思えない速さで、カメレオンは廊下を走り出した。
走る振動で揺れる頭に肩で圧迫される腹。バーボンは、目眩と吐き気を堪えながら、早く下ろしてくれと心の中で願った。

『降谷さんの運転は荒いから、酔うんです!』

そんな時、頭の中に声が聞こえたような気がした。真っ青な顔をして、助手席でぐったりとした年上の部下の顔が恨めしそうにこちらを見ている。
(すまないな、風見)
朦朧とする意識の中、今度車に乗せた時は、安全運転でいこう、そう心に誓った。

ビルから脱出して植え込みの陰に下ろされた時には、流石のバーボンも血の気が引いた顔をして力なくすわりこんでしまった。早く回復しようと、深呼吸を繰り返す。
手を頬に当てると、冷えた指先がじわりと熱を感じた。
「お、顔色が戻ってきたねぇ。もう大丈夫そうかな。そうそう、『顔』のレンタル料はこれでチャラだからね」
脇にしゃがみこみ、様子をうかがっていたカメレオンは、バーボンの回復を確認して立ち上がった。
「さてと、お仲間が来る前に退散しよう。またなー」
くるりと体の向きを変えると、ひらひらと手を振りながら歩き去っていった。
またもやみすみす見送ることになってしまい、バーボン―――ではなく、降谷は悔しさに奥歯をぎりっとくいしめた。
今度こそは、と密かに闘志を燃やしながら、スマホを取り出し、風見に自分の居場所を伝えた。


/魔法の続きを教えてよ
タイトル:三拍子さま
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