東京で生まれて東京で死ぬなら、都会の雑踏時に甘いから、金と言葉と板チョコレートを、なんて。サブカルバンドのあまりメジャーじゃない曲が頭の中をリフレインしているけれど、私はトーキョー生まれじゃないし、勿論メロだって違う。この狭い国のドが付くほどの田舎から出てきた冴えない私と違って、メロと名乗る彼は生まれつきのサラサラの金髪とはっきりとした目鼻立ちを持った、つまりは海を超えてきた人種って訳。服装は如何にも都会的で、見る人が見れば眉を顰めるだろうけど、蠢くばかりの人ごみにあっては、誰もそんなことに注意を払わない。スタイルの良い彼には体のラインを強調するような服装がよく似合っていた。
「このマンションに住んで三年になるけど、誰かが遊びに来てくれるなんて初めて!」
「俺は別にお前と遊びに来たつもりは…」
 メロのことは新宿駅で拾って、強引にナンパして、最寄り駅まで連れて来た。彼は日本に来たばかりなのだと言う。予定が狂って、こんなところまで来るはめになった、と。それにしては落ち着いているなと思った。電車の乗り換えも交差点での立ち振る舞いもやけにスマートだ。まるでずっとこの街に棲んでいるみたいに馴染んでいる。きっと頭が良いのだろう。それなのにわざと社会規範からはみ出すみたいに、終始チョコレートに歯を立てている。メロのそういうところを、私はひと目で気に入った。
「じゃあ何しに来たの?」
 こういうことかな、と誘いをかけるつもりで、黒い革手袋に包まれた指先に指先を絡める。拒まれこそしなかったけれど、特に歓迎されることもなかった。年の暮れが近いこともあり、先週あたりから容赦無く首都圏に流れ込み始めた寒気の影響で、私の手足はすっかり冷え切っている。誰でもいいからあたためて欲しかった。それが好みのタイプの男の子なら尚更良い。外国人の恋人なんて最高にクールじゃないか。譬え一夜だけのことでも。
 あの夜メロは黙ってしまったけれど、もう三日もうちにいる。常に舐めたり囓ったりしているチョコレートには拘りがあるらしく、決まったものしか食べない。一緒にいる短い間に、私もすっかり味を覚えてしまった。彼が買い込んだ段ボールはお風呂の前の申し訳程度の廊下を通行困難なほど狭くした。色濃い他人の気配は私を幸福な気持ちにすると同時にゾッとするほど孤独にする。何やら大掛かりなパソコンを人の部屋に持ち込んで、仕事か何かだろうが、先程から操作する手を止めないメロに後ろから抱き着いて肩甲骨に頬をくっつける。贅肉のないメロの体はプラスチックで出来ているみたいだ。
「邪魔だ」
 メロはそう言ったけど振りほどきはしなかった。彼は横暴そうに見えて、横暴じゃない。知ったふうな口をきくなと叱られてしまうかもしれないが、男と女には肌を重ねることで見えてくるものがあるのだ。
「メロがずっと此処に居てくれたらいいのに…」
 或いはさみしい夜だけ、私に会いに来てくれたらいいのに。暗くなってからでいいから。感傷たっぷりに呟く私を、メロが肩越しに振り返る気配がした。モテそうだから、女の子のこういう面倒臭い部分に慣れっこなのかもしれない。
「離せ」
 命じられるままに彼を解放する。拗ねて尖った私の唇に、メロは振り向きざまに口吻を落とした。
「今夜は居てやる」
 メロはぶっきらぼうにそう言った。やけに素直じゃない、少年みたいな物言いだった。単身向けの狭い部屋で、私たちは体のあちこちをぶつけながら睦み合った。あんなに燃えたのは後にも先にもあの時だけだ。

 メロと過ごした数日間は、私が得体の知れない男に騙されていた一件として捉えることもできる。不法入国なんてドラマなんかではよく聞く話だし、彼が私とは棲む世界が違うこともなんとなくわかっていた。あれから長い時間が経って、大手のテレビ局が潰れたりもっと広い部屋に引っ越したりしたのに、都会の雑踏の中にあの金髪を探すのをやめられない。私はたまにメロのことを思い出しながら新宿駅に佇んでみる。邪魔にならないよう、誰も私に気が付かないよう、片隅で。さよならも言えなかった。好きだということも伝え忘れた。そんな相手がいたことを肌に馴染ませるために。
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