※事後描写

私は死んだら地獄に堕ちるだろう。
というか、大半の人間は地獄に堕ちるのではないだろうか?
眠る前だというのにそんなことを考えてしまうのは昔からの悪い癖だなと思うが、今日は特に酷いようだ。

「名前殿、明朝からレイシフトがありましょう?そろそろ休まれよ」

この声の主─、道満のせいだろうか?
彼は着ていた漆黒の袷狩衣を私の裸の肩に掛けながら囁く。
同衾しているとは思えない思考を巡らす私を引き戻すには充分だった。

「……そうだね、少し寝ないと明日に差し支えるかも」
「えぇ、その通りですとも」

道満の顔を見上げると彼は目を細めて笑っていた。
いつも通りの胡散臭い笑顔である。

「何か考えごとですかな?眠れぬ程悩んでおられる?」
「うーん、そういうわけじゃ…」

布団の中で向き合うようにして横たわる私たちだが、今はお互い何も身につけていない状態だ。
先刻まで互いの熱を貪るように求め合っていたというのに、淫靡な空気は也を潜めている。
道満は曖昧な返事をする私を抱き寄せて、あやすように背中をさすった。

「拙僧では力になれませぬか?」
「そうじゃないけど……」

そうじゃない。
ただ、明日のレイシフトが不安なのだ。
──東京、新宿。
私の元いた世界だ。
地獄について考えると、どうしても過ぎってしまう街。
あの時、私は何を見て何を思ったのか。
思い出したいような思い出したくないような……。
とにかく、あまり良い印象のない場所だ。
明日はそこに降り立つのだ。
人類最後のマスターが生きるこの世界の東京で、私は一体どんな気持ちになるのだろう?
考えただけで憂鬱になった。

「……東京に行くの、ちょっと嫌だなぁって思ってただけだよ」
「ほぅ、何故?」
「それは…、地獄みたいなところだから」

正直に言うと道満は何やら面白そうな顔をして口の端を吊り上げた。
彼がこの表情を浮かべる時は大体ろくなことにならないので気をつけなければと思ったのだが、時すでに遅し。

「ならば、名前殿がその目でしかと見届ければよろしい!なんなら我が手で壊してくれようぞ!」

"楽しいこと"を前にした幼子を思わせんばかりの様子だった。
普段から黒い瞳を更に黒く輝かせている。
どう考えても良からぬことを考えているのは明白だ。
しかし、私はそんな彼を止める術を持っていない。
結局私は明日への憂いを抱えたまま眠ってしまった。

─────

頬に落ちてきた雫に目を開けると、男の顔が見える。
撫で付けた長い髪を雨でしっとりと濡らし、その頭上に鎮座している悪趣味な烏帽子の姿はなかった。

「お目覚めですかな?随分とお疲れのご様子」
「ど、道満…」

鬱屈した気持ちのまま新宿にレイシフトしてからの記憶がない。
気絶していたのだろうか?
冷たいコンクリートに跳ね返った雨が私たちを更に濡らしていく。
全身ずぶ濡れだったが不思議と寒くはない。
道満は動けずにいる私を抱え上げてビルの壁際に移動すると、私の顔の横に手をついて見下ろしてくる。
そしてそのままゆっくりと唇を重ねられた。

「っ……、ふ……」

道満の舌が割って入ってきて絡め取られる。
ざらりとした感触に身震いし、鼻にかかった声が出た。
彼は私の腰に回している腕の力を強める。
彼の胸に添えていた手も捕らえられて壁に縫い付けられてしまった。
息苦しさに涙が出てくる。
道満はそれすらも舐め取った。
どのくらい時間が経ったのかわからない。
気が遠くなる程の時間にも思えるし、ほんの一瞬のことだったのかもしれない。
漸く解放されると私はずるりと壁伝いに崩れ落ちた。

「は…っ、は…」
「儂の魔力を少々分けました、これで動けるかと…」

道満の言葉通り、身体の怠さが取れていくのを感じる。
礼を述べようと顔を上げると再び口を塞がれてしまう。
今度は触れるだけのものだった。

「ン……、急に、どうしたの?」

私が尋ねると道満は目を細めた。
まるで愛おしいものでも見ているかのような視線だ。
こんな目で見られる理由がわからずに困惑する。
すると、また道満はいつもの顔に戻っていた。

「貴女の仰ってた言葉の意味、分かったような気がいたします」
「は…?」
「"東京は地獄のよう"と、仰いましたな?」

確かに言った。
だが、それが何だというのだ?
道満は意味深に笑うと空を見上げる。
つられて同じように見上げてみると、いつの間にか雨は止み、曇天は晴れ渡っていた。
雲の隙間から覗く、黒い太陽。
あれは紛れもなく彼の宝具だ。
彼は衆生の有象無象の幸せを、平和を、踏み躙ることに悦を見出す。
そういう男だ。
──あぁ、本当にここは"地獄"だ。
私にはよくわかったよ。
道満は満足そうに笑っている。
この光景を見せたかったのだろう。
あの太陽が放つ炎の色を目に焼きつけるように、私たちは見上げていた。
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