名字名前こと私は、かれこれ十数年が経った状態で東京にて生まれ育っていた。
いわゆる都会っ子ってやつで、田舎の暮らしは祖父母の家に行く以外には普段は縁遠いはずだった。

「名前って、幻想郷に来て結構経ったわね」

神社の縁側でほっこりしている私の前に紅白の衣装を身に纏った少女がやって来て、こちらを見て立っていた。それを聞いて、無意識ながらにも苦笑いが顔に浮かんでいた。
私の座る横に、そっと縁側に座る紅白の少女。太陽に照らされた黒髪がさらりと崩れて揺れて、可憐で華奢な少女だと錯覚しそうだ。実際は違うけど。

「そうだね、田舎暮らしが馴染んできちゃったかもしれないよ」
「それはそれで良いんじゃないのかしら、慣れておいても損じゃないと思うわよ」
「そっか、そうだよね」

巫女の少女こと博麗霊夢は、私の言葉に興味があるのか無いのか分からない態度で相づちを打っている。裏表無い彼女らしい態度で、未だに苦笑いが自分の表情として浮かび続けている。


―――何でこうなったのかと言うと、数か月前のことだ。いつも通りに、学校からの人混み溢れる帰り道を歩いていただけだったのだ。
しかし、知らぬ内に見知らぬ道を歩いていて、気が付くとここ幻想郷に辿り着いていた。赤い鳥居の神社の境内に居て、そして霊夢と会った。自分の帰る手がかりを見つけるまで、彼女はこの博麗神社に住み着いて良いと言ってくれた。感謝しながら帰る時の為に、霊夢の為に神社内で色々家事をこなしている。

「どこぞの鬼やちっちゃい居候とは違って、貴方はちゃんと働いてくれているから……助かるわ」
「針妙丸は仕方が無いけど……萃香はいっつも酔っ払っているよね」
「あんな飲んだくれ、真っ向からお断りよ。何でうちに居るのかしら……」
「でも、賑やかだよね」
「だーかーら、お断りなのよ」

大きな溜め息を吐いて、いつも酔っ払っている角が生えた少女に対する愚痴を溢していた。角が生えているだけに、鬼と言う妖怪だ。
幻想郷はこのように、前に居た世界には居なかった存在で溢れ返っている。教科書に載っているような偉い人とか神様とか、そんな存在がたくさん居ると教えてくれた。こんな世界で生きていくと思うと、息が詰まってしまいそうだ。
その上に、人間との交流が都会の頃とは違って、少ない人数ながらに親密なっていると思う。それがちょっと自分の肌には合わなくて、大体は霊夢と一緒の時しか人里に下りない。

「名前って、一人でおつかいに行ってくれないわよね」
「えっ!?ご、ごめんね。何だか、親密な関係を築きそうな気がして……ちょっと怖くて……」
「まあ、そうよね。人里までの道中が、妖怪に溢れているのだし」

何気無く恐ろしいことを言う霊夢に、引きつった顔を向けていた。言った本人である私より少し幼い少女は、別に気にしていない様子で座っていた。

「……ここの空気、美味しいよね。東京とは大違いだよ」
「名前の住んでいた都会―――の、えっと、トウキョウって、どんなものかしら。前は名前だけで、詳しいことは訊いていなかったから」

少女のぽつりとした疑問に、自分は頭を少し悩ませる。なるべく分かりやすく、私にも言いやすい説明。自分から見た東京を頭の中で少し考えて、簡単な言葉を並べておいた。

「ここよりもたくさん人が居て、とっても便利。幻想郷みたいに落ち着いてはいないし、空気も美味しくはないかな」
「ふぅん、息が詰まりそうね」

「トウキョウの便利な所は気になるけど」と付け加えて、言葉を終えた。
その言葉に気が向いて、また霊夢の方へと目線を向ける。彼女もこちらを向いており、目線がかち合った。黒の瞳は、自分の思ったことをストレートに伝えてきている。自分が何を言えば良いのか分からなくて、口を閉ざしたままだった。

「そこが貴方の住む場所だから、どうしても帰りたいんでしょ。だから、私はその手助けをするだけ。それだけよ」

霊夢はその言葉を溢した後に、縁側に立ち上がった。近くに生えている木に凭れかからせているだけだった竹箒を手にして、落ち葉を一か所に集める作業をしていた。
この作業を見るだけで、いつもの幻想郷での日々の現実に戻された気になっていた。

「何してんのよ、さっさと手伝いなさい」
「あ……ごめん。何をすれば良いかな?」
「窓ふきでもしておいて」

ただそれが変に心地好くて、立っている彼女に近寄る。すると、口を開けて私に指示をしてくる。それを聞いて、了承する意志を示す為に頷いていた。
指示されたことをこなす為に、その場所へと向かった。

少し変な場所だけど、住めば都ということだ。
既にこの地の空気に馴染んでいるなあと思いつつ、ぞうきんを手にして絞っていた。
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