※男主人公・オリジナル刀剣男士


頬を生温い風が撫でていく。
相方と降りた場所は高い建物の頂上で、周辺を探索するように見渡せば、深夜にも関わらず煌びやかな夜景が広がっていた。初めて見た見事なそれに、ほぅと感嘆の声が零れる。
一方、相方の方というと、自分の身に起きた異変に眉をしかめていた。


『悪いな。他の奴らは別件で出払っててな、一期と名字しか頼める奴がいなかったんだ』
『――我は太刀だぞ?夜間の任務は苦手だ』
『今回は出陣ではないから大丈夫だ。それに、行き先は夜でも結構明るい時代だし。――まぁ、他にも手は打つけど』
主は名字を宥めるように言った後、ぼそりと二振りに聞こえないように小声で呟いた。
一期一振は溯行軍討伐任務をこなす本丸ではなく、時の政府にある特殊な案件を担当する部署に属していた。
『任務は見回りだ。先日、改変されたのを修正に成功した時代があっただろう?まだ日が浅いから再び奴らが手を出してくるかもしれんと監視課の奴にいわれてな。『分岐点』に跳ばすから周辺の巡回を頼んだぞ』
『拝命致しました』
『承知した』
そこは多忙な職場で人員と刀剣男士が万年不足気味である。それ故に仕事の割り当てもままならず、夜戦を苦手とする太刀である一期や名字もやむ無く駆り出されることがよくある。夜間の任務をこなしていく中、このままでは駄目だと思い、過酷な夜戦訓練を自らに課すことにより―弟たちのようにまではいかないが―ある程度までは動けるようになってきた。
今回、一緒に任務にあたることになったのは少々扱いにくい同じ刀種の名字だった。


「――随分と可愛らしいお姿になられましたね」
視線を脇に落とし、笑いを含んだ声で言った。
本来ならば、鋭利な顔立ちで冷たい印象が強い青年だか、今は丸い頬に大きめな瞳の、何とも愛らしい幼子となっていた。背の高さは薬研ぐらいか。
(ふふ、何だか弟たちを見ているようですな)
緩んでいるだろう顔から私の内心を読み取ったのか、ふん、と鼻をならして不機嫌そうに顔をしかめ、じろりと睨み上げてきた。
「……その様な目で我を見るでないっ!……しかし、何故、我のみがこのような姿になってしまったのだ!何故、貴様は縮んでおらんのだっ、一期っ!」
「そう申されても、私にもわかりかねます」
納得がいかないとばかりに文句をいうが、私にも原因はさっぱりわからない。戻ったら、主殿に尋ねてみるとしよう。
しかしながら、ぷりぷりと怒る姿を可愛らしいなと思ってしまうのは、やはり弟たちと重ねて見てしまっているからか。
未だ締まりのない顔の私が気に障ったのか、おもいっきり脛を蹴られた。
「かような表情(かお)はいいかげん止めぬか!見ていて不愉快だ!」
「っ、いきなり何をなさるのです、痛いですよ。何もそこまで言わなくともよいでしょうに」
「自業自得だ」
痛みに顔をしかめた後、悄気たように眉を下げて見せると、鼻を鳴らしつんと顔を反らした。
本来ならば私と同じ背格好だ。弟たちを見るのと同じ目で見られるのは、あまり気分のよいものではないか。
「申し訳ありません。弟たちと似たようなお姿になられたので、つい、重ねてしまいました」
頭を下げて謝罪する。
その言葉に、名字は反らした顔を戻してひたりと青緑の瞳を向けてきた。
「謝罪を受け入れよう。我も太刀故、夜間の任務は不得手だ。この姿になってかえって好都合なのかもしれぬな」
「夜目が利くようになっていれば、巡回も楽になりそうですな」
すいと、眼下に広がる街並みへと視線を向けた。明かりが強くなった分、光の届かない所の闇は一層濃く見える。
夜の街を照らすのが月の光が明かりだけだった時代とは違い、その光を打ち消さんばかりの色とりどりの人工の明かり。
宝箱をひっくり返した様で、煌めいていて美しいとは思うが。
「――しかしながら、この時代の光は色取り取りで美しくはあるが、冷たい灯りだな。松明(たいまつ)や提灯の灯りの方が温もりを感じられて、我は好きだ」
どこか棘のある声で呟かれた、私の気持ちを代弁したような言葉に同意する。
「そうですな。私も温かみのあるそちらの方が好ましいですな」
染々ともの思いに浸ってしまったが、いいかげん巡回に行かねばなるまい。刻(とき)はこうしている間にも過ぎているだから。
視線を隣に戻すと、名字は息をひとつついた後、表情をすっと変えた。そこに、彼本来の鋭利な美貌が透けて見えた気がした。
「そろそろ行くとするか」
「そうですね」
二振り並んで建物の端へと足を進める。
江戸の未来の姿、トーキョー
かつて、月明かりがなければ暗闇に沈んでいた街が、今は人工の明かりに照らされて浮かびあがっている。よくもここまで発展させたものだ。色々な時代を観てきたが、人間の躍進にはいつも驚かされる。
この明かりは―訓練を積んで多少は慣れてたとはいえ―夜目の利きにくい身として喜ばしいことだ。だが、見上げた夜空から星々の光が消されてしまったのは、少し残念に思う。
「では、参りましょう」
気持ちを切り替えるように言葉をつむぐ。
とん、と軽く床を蹴り地上へ飛び降りた。

「今回は巡回だけではなかったのか!?」
「――監視課の読みが当たりましたな」
襲ってくる溯行軍を切り捨てながら言葉を交わす。
人目を避けながら巡回をしていたところ、溯行軍と出会した。
互いに認識した瞬間、戦闘が開始される。
刀を振るいながらなんとか主に連絡を入れる。
可能であれば、そのまま殲滅、無理ならば、門を開くので撤退せよと指示を受けた。
相手は短刀三振りと脇差二振りと打刀一振り。
名字は短刀の大きさまで縮んだ影響で夜目が利くようになったらしい。索敵して敵の刀種を伝えてきた。
場所は明かりの乏しい緑地帯ではあるが、この程度の暗さは問題ない。敵の練度も刀を交えた感じではそう高くはない。
背中合せになり、襲いかかってくる敵を切りすてていく。
短刀、脇差が塵となり消えていくのを確認し、視線を後ろへ流して名字の状況を確かめる。戦装束が所々切れているのが見えた。練度の高い名字が、この程度の敵に苦戦を強いられるのは珍しいことだと思ったが、もしかしたら、慣れない体格に思うように動けていないのかもしれない。
「大事ないですか?」
「ふん、かすり傷のみだ。しかし、夜目も利いて小回りも利くのはよいが、どうも
間合いが測りきれぬ」
顔をしかめて苦々しく呟く。縮んだ背に合わせて短くなってしまった彼の本体に目をやった。本来の長さの半分以下になってしまっていて、これではいくら手練れでも即実戦は厳しいだろう。それでも、傷は負ってしまったが、短刀と脇差を一振りずつ倒したのは流石だ。後は、打刀一振りだ。
名字が打刀と睨み合うように対峙する。
「これは珍しいですな、女の姿をした打刀とは」
胴鎧や籠手、脛当などの防具はつけているものの、その下に着ているのは、すそが広がっている―確か女性が着る服で、主殿が『わんぴーす』といっていたもの―洋装だ。
禍々しい紅い瞳を爛々と光らせる打刀から感じる妖気に混じり、微かに人の霊気を感じた。
―――まさか
苦いものが胃の腑からこみ上げてくる。
「あれは私が」
「――我が殺りたかったが、この有り様ではしかたあるまいな」
じっ、と青緑の瞳で私の顔を見て、それから傷だらけの自分を見回してため息をつくと、嫌々といった感じで後ろに下がった。好戦的な彼のことだから、もっと渋ると思っていたが―内心は不満だらけだろうが―意外にもあっさり譲ってくれた。
「ありがとうございます」
ふっと息を吐いて意識を切り替えた。柄を握り直して女へ視線をやる。
「私たちは歴史を守るために戦っています。仮に、再び改変に成功したとしても、また修正に動くだけです。ですが、そうすると、貴女と同じ不幸な者を産み出すことになるので、それは極力避けたいところですな」
改変後、それを元に戻した場合、改変した世界で生まれてしまった人びとに影響を与える。
殆んどの人は、その存在がなかったことになり消えてしまう。しかし、ごく稀に消えない人もいる。それは霊力持ちの者たちだ。なまじ力を持っていたが為に、修正されても存在が確立したまま残されてしまう。
彼らは、家族、友人、会社の同僚などの関わりのあった人たちではなく、住んでいた家さえもある日突然、理不尽に奪われた。当たり前にくると思っていた明日がなくなってしまった。その時の絶望感は想像に難くない。
精神的に不安定な彼らは、歴史修正主義者の恰好の標的となる。言葉巧みに自陣に勧誘し強力な駒に仕立て上げるのだ。
そうならないように、私たちは、改変の修正直後は特に気を配り、再改変されぬよう巡回したり、残された者たちの発見と保護をしたりしている。
しかし、それにも限界がある。発見する前にあちら側に拉致されてしまうこともある。
ここで彼らの明暗が分かれてしまう。
保護されて新たな世界に根をおろして生きていくか、それとも取り込まれて奴らの駒にされ、討伐されて人生を断ち切られるか。
―――その鍵を握るのは私たちだ。そして、目の前の女は後者だ。
「謝罪も同情も、貴女にはいらないものでしょう。欲しいのは、家族が友人、知人がいた、生まれ育った世界ただ一つ」
毎回、これには心が軋む。
できることならば、討伐せずに捕縛してまた人に戻してやりたい。今度こそ幸せになって欲しい。しかし、そもそも我々が取り零さなければ、また、新たな繋がりを作れたかもしれない。
全てを救いたいと思うのは傲慢だ。それでもその思いを捨てきれない。それは私が末席といえど神に名を連ねるからなのか。
―――貴女に手が届かなくて申し訳ない。
音にはせずに小さく口を動かした。それからきつく結び、揺れる感情を圧し殺し、一歩ずつ近づく。
「私の立場上、貴女の望みは叶えてやれません。歴史を守るために、貴女には消えていただきます。―――お覚悟」
最後の抵抗とばかりに女は刀を振りかざしてきたが、容赦なくそれを弾き飛ばした。そして返した刃で切り伏せた。
血飛沫を飛ばすことなく塵と消えゆく女に、目を閉じて冥福を祈る。
―――願わくは次に生を受ける時には、正しき世界に生まれますように……
「取り敢えずこれで巡回は終いにしょうぞ。我は疲れたぞ。早う還って主に手入れしてもらい寝る」
淀んだ空気を変えるように、名字がくわりと欠伸をこぼしながらいった。相当眠いのか、とろりと目蓋が落ちては開くを繰り返している。見た目に精神が引きずられているようだ。普段は見せないその無防備な姿に口元が緩んだ。
「そうですね。一通り回りましたし、溯行軍も始末できましたし、主殿に連絡とって『門』を開いてもらいましょう」
数分後、主から座標を特定したと連絡がきた。
木々の繁る外から目立たぬ位置に、『門』が現れた。
さっさと『門』を潜っていった名字に続いてそこへ足を向ける。
再びここへ来ることがないことを祈りつつ主の元へと還った。


時の政府へ帰還して数刻後、休息もそこそこに一期はトーキョーでの任務を報告をしていた。
「――そうか。ご苦労だったな。お前は優しい奴だからな、辛くなったらいえよ?他の部署にまわしてやるから」
「いえ、お気遣いなく。私は主殿の刀です。また、他へ下げ渡されるぐらいならば、刀解してください」
気遣わしげに聞いてくる主に、一期はすぱっといいきった。
一期を顕現した審神者は、気に入った刀剣のみを重宝していた。一期はそこから外れ、放置されていた。それを審神者が今の主に他の放置された刀剣たちと共に無理矢理押し付けたのだ。

『爪弾き者同士、仲良くやろう。こいつは俺の唯一の存在証明の名字だ』
そういって手を差し伸べてきた。

主もまた、改変の犠牲者だった。遊びに来ていた祖父母の家で、偶々手に持っていた無銘の太刀だけを残して後は全て消えてしまったという。主の場合は運良く政府に保護され、様々なことを叩き込まれて現在に至る。
一期が心を痛めながらも今の任務を続ける理由はここにあった。
自分を引き取って大切に使ってくれる主のような人を一人でも多く救いたい。
それが一期の行動理念である。
「気を悪くさせたな。すまない。これからもよろしく頼むよ、一期」
「こちらこそ末長くお願い申します。それからお気遣い、ありがとうございます。ですが、私はここを動くつもりも主殿から離れるつもりもありませんから」
にこりと笑みを浮かべて宣言した。



お ま け
「そういえば、主殿、聞きたいことが」
「何だ?」
「トーキョーへ跳んだ時、なぜか名字殿だけ縮んだのですが、原因はわかりますか?」
「あー、それな。彼奴にこっそり術式をしこんどいたんだよ。彼奴、一期と違って夜戦訓練してないだろ?いくら人工灯があって明るいといえども、万が一戦闘になったら一期の足引っ張るかなって思ってな。彼奴には内緒な?絶対怒るから」
「……承知しました。あ、偶発ではなく術式であったならば、また縮めることが出来ますね?今後のために小さな体で訓練をした方がよいかもしれません。索敵は成功しましたが、慣れない体格と刀に苦戦されてましたし」
「……一期、それじゃ、内緒にする意味がないぞ?」
「はっ!」
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