皆々、私の事を置いて行くんだ。

其れは、いつの時もそうだった。

上辺では、「大丈夫」とか「〇〇ちゃんになら出来るよ」とか言っておきながら。

その口で、私の居ぬ処で私の見ていない処で、皆して大口叩いて陰口を口にしていた。

いつだってそうだった。

今までも、此れからも、同じ。

私が信頼を置いていた筈の人達でさえも、あの人達と変わりなかった。

信じていたばかりに、裏切られる。

面と向かう時は、愛想良く振る舞って、私を奮い立たせるような事を述べておきながら。

いざ、私がその場に居なければ、皆して陰では私を嘲り貶す言葉の暴力を吐いていった。

なら、私は何を信じれば良かったのだろうか。

言葉を信じようとしたら、裏切られ。

人を信じようとしたら、嘲り嗤われ。

此れ以上、何を信じれば良いと言うのだろうか。

何も、何も信じられない。

何を言われても、最早私は何も信じられなくなってしまった。

幾ら励ましの言葉を掛けられたとしても、その言葉は本心から来るものか。

ただその場を遣り過ごすだけの方便に過ぎないのではないか。

そんな風に疑ってしまうようになった。

こんなの、ただの哀しい人でしかないのに…。

私が何をしたって言うんだ。

ただ、一生懸命に自分の人生を生きようと努めていただけなのに。

日頃の行いが悪いだけか?

否、私は大した事を成した事はない。

ならば、此れまで生きてきた中で何か罪を犯してしまったか?

小さな頃の子供ながらにやらかしてしまった小さな事柄なら思い付けるが、幾ら何でも其れは罪に成り得ないだろう。

ならば、何が間違っていたと言うのだろうか。

何を過ってしまったのだろうか。

分からない。

私は、自分に課せられたであろう罪が分からない。

もしや、此れは罰なのだろうか。

私が生きていくのに必要なものとして。

私は、生きるのに、何かしらの罰を背負っていかなければ生きてはならないのだろうか。

そんなの、あんまりじゃないか。

私は、常に己に課せられた罰を意識しながら生きていかねばならないと言うのか。

其れでは、生きる事こそ罪のようではないか。

私の生は罪の上で成り立つものなのか。

そんなの、あまりに酷ではないか。

いっそ生きる意味さえ問われてくる気がしてくる。

そうすると、段々と嫌気が差してくるものだ。

自分の生を呪う。

今まで幾度と繰り返してきた事である。

故に、慣れたものだが、哀しくなってくるのも確かだった。

自分はなんて愚かな人間なのだろうか、…と。


―或る日の事だ。

夢見が悪くて目が覚めた。

何とも目覚めの悪い朝だった。

泪の伝った跡が恨めしい気分で部屋へ射し込んでくる朝日を見つめる。

夢の内容は、いつかも見たような内容であった。

最初の内は、友と一緒になって笑っているのだ。

だが、気付けば一人だけになっていて…。

最後は決まって、私一人だけ置いてけぼりにされているのだった。

もう、幾度と見たような夢だった。

そうして寝起きた後に、心落ち着くまで一人泪の跡を拭うのだ。

最早慣れ切った事だった。

夢に引き摺られて、暫く思考が暗がりに落ち込んだままなのも、なかなか気持ちが切り換えられないままで居るのも、いつもの事。

夢見が悪かった日のルーティーンだった。

審神者になってから何か変わるかと思ったが、結果は何も変わってはいない。

日常は、現状は、何も変わらずのままだ。

だから、夢の終わりと同じように、私は何もかもを諦めたように明日を見つめるのだ。

何をも望めない、私には新しい明日なんて無いのだと。

そうやって己の殻に閉じ籠っていたら、不意に私へ呼び掛ける声が聞こえてきた。


「おはようございます、主。もうじき朝餉が出来る頃合いの時間になりましたので、起こしに参りました。お部屋へ入っても宜しいでしょうか?」


修行から帰ってきたばかりの平野だった。

私は、気持ちの整理が付かず、彼の声に応答しないまま、そのままで居た。

中から何も応答が無い事を、私がまだ寝ていると判断した様子の彼は、暫くその場で待っていたが、何もしないままでいる事に落ち着けなかったのか。

少し躊躇った後に、控えめな声で断りの言葉を告げると、静かに寝室の戸を引いた。

「失礼致します…。おや、今、目が覚めたばかりでいらっしゃいましたか。其れとも、僕が声を掛けた事で起こしてしまいましたか?もしそうでしたら、すみません…っ。せっかく眠っていらしたでしょうに…。」
『…良いよ、別に。今日は夢見が悪くて先に目が覚めてたから……寧ろ、呼び掛けに何も応じなくて御免ね。』
「いえ…っ、気にしないでください!僕が勝手に起こしに来ただけですから…!」


私を起こしに来たであろうに、その私を起こしてしまっていたらば謝るだなんて、本末転倒してはいないだろうか。

全く、彼は優しい子だから、叱るに叱れない。

そんなに気にする存在でもないのに…。

いつでも、兄弟であり双子のような前田と一緒に私の事を気遣ってくれた。

その優しさが、今は痛い程に沁みて哀しくなった。

また泪が出てきそうになって、枕元に顔を埋める。

幸い、今は寝起きで髪を束ねていないから、バラけた長い髪が顔に掛かって良い具合に隠れて見えないだろう。

今の、整えていない、何も取り繕えないままでいる情けない顔を見られるのだけは避けたかった。

側へと寄ってきた平野が、枕元へと座し、気遣わしげに声を掛けてくる。


「もしかして、お加減が優れませんか…?もし、体調が悪い様子ならば、朝餉は消化の良い物にするよう伝えて参りましょうか?」
『…ううん……今は、何も食べたくない…何も口にしたくないや…。』
「そうですか…。ですが、何も口にしないのは躰に悪いと思いますし、せめて水だけでも口にされては如何でしょう…?」
『…んー……やっぱり、良いや…。今は…何も口にしたくない、そういう気分なんだ…。わざわざ私なんかの為に気遣ってくれてありがとね。』
「いえ、何かお役に立てればと思っての事ですので、気にしないでください…!」


そうは言うものの、やはり何も役に立てなかった事に気を落としたのか、シュンと肩を落として俯いてしまった。

そんな風に落ち込まれてしまうと、何だか申し訳なくなってきてしまって、仕方なしとばかりに私は一つ頼み事をした。


『…じゃあ、代わりに何だけども…このまま、私の話を聞いてはくれないかな…?』
「っ…!はい、喜んで…!僕、どんなお話でもお聞きしますから、何でも仰ってくださいね!」


何かしらお役に立てると分かった瞬間、途端に嬉しそうにするものだから、微笑ましくなってきてしまって、つい笑みが口から零れてしまった。

きちっと正座をした上で私が話し出すのを待つ彼に、私は少し遠慮がちに話し出した。


『…さっき、夢見が悪くて目が覚めた、って言ったよね…?』
「はい、確かにそう先程お聞きしましたので、忘れてはいませんよ。」
『…平野は察しが良いから、敢えて触れようとはしなかったんだろうけど…ちょっとだけ其れに関わる事を、聞いてもらっても良いかなぁ…?』
「えぇ、何でも仰ってください。どんなお話であろうと、僕は最後まで聞いてみせますから…!」


彼の言葉に押されるように、ぽつりぽつり、胸の内で蟠っていた呪詛のような毒を吐き出すように言葉を口にし始めた。


『私ね…少し前から、時々、夢見が悪くなる事があるの…。そんな時は大抵ね、一人きりになってしまいたくなるの。…でも、本当に独りぼっちになってしまう事だけは嫌なのよ。訳が分からないし、我が儘みたいに思えるでしょ…?』
「いいえ、ちっとも。主は人間でお優しい御方ですから、そう思ってしまう事だってあると思います。其れだけで我が儘だなんて思ったりしません。寧ろ、主は謙虚で僕達に遠慮してばかりなんですから、もっと我が儘を仰っても良いくらいですよ?」
『…っふふふ、有難うね平野。その励ましが、今はとても嬉しいよ…。』


感謝を表す為に彼の頭へ手を伸ばせば、素直に受け入れてくれ、頭を撫でさせてくれた。

ちょっとだけ気恥ずかしそうにしながらも、頭を撫でられる事自体は満更でもなさそうに口許を綻ばせている様子が、何とも言えない可愛さである。

その様子に、少しばかり心癒されて、ふと思ってしまった事をつい口に出してしまった。


『…ねぇ、平野…貴方は、例え私が一人きりになってしまっても付いてきてくれる…?』
「え……っ?」
『夢で見る事があるの…周りに居た沢山の人達が、最後には私を見捨てて一人置いて行ってしまうの…。そういう夢を見た時は、いつもそう。皆々、最後には私を置いて行ってしまうんだ…。あんなに笑って“一緒に頑張ろうね!”だなんて言っていたのに…次の瞬間には裏切られて独りぼっち。…まぁ、簡単に期待して信じようとした自分が悪いのだけどね…ただ勝手に希望を抱いて、勝手に失望した気になってるだけの話さ。……本当、どうしようもない奴だよ、私は。』
「僕は、そうは思いません…。」
『……え?』
「僕は、主が僕達が見ていない陰で頑張っていらっしゃるのを知っています。其れは、きっと此れからも変わる事はないでしょう。主は謙虚な御人ですから、自ら成した事をひけらかすような人ではありません。僕は、そんな主の努力している精神を尊敬しております。」
『…でも、私はこんな奴だから…きっとこの先で皆に見限られる事だってあるかも……。そしたら、夢にあるように、最後私は独りぼっちになってしまうのかもしれないし…、』
「何があろうと、僕は絶対に主の元から居なくなったりしません…!この先、どんな事が起きようとも、僕は主のお側に居ります…っ!…僕は、修行に出た事で決めたのです。例え、この先災厄が降り掛かろうと、僕は主をお守りするのだと。僕は、主の側仕えの短刀です。例え、地の果て、地獄の底までも付いて行きます。ずっとずっとお側に居ます。だから…そんな風に思わないでください。大丈夫です、何があろうと僕が付いていますから。安心してください。」


そう言って、彼は泪に顔を伏せていた私の手を握って笑った。

何とも力強く言い放たれた言葉だった。

流石、極めてきた子達の言う言葉は違うな…と、改めて関心した。

“地獄の底までも”か…。

本当に其処まで付いてきてくれるのだろうか。

今はそう口にしておきながらも、いざそうなってしまった暁は、私を置いて一人逃げ去ってしまうのではなかろうか。

長年裏切られ続けた精神が、そう疑ってしまって仕方ない。

せっかく私を励まそうと言ってくれた言葉なのに…。

愚かな私は、こんなにも簡単にその言葉の真意を推し量ろうとする。

嗚呼、もしや此れが私の罪だろうか。

人の事を信じれず、疑ってばかりでいる私の…。

なら、きっとこの先もこの罪は許される事は無いのだ。

何故ならば、私が自分を信ずる事が出来ないから。

己を信ずる事が出来なければ、他人の事を信ずる事も出来ぬもの。

すっかり染み付いてしまった疑心暗鬼が、感情を閉ざして邪魔をする。


『………有難う、平野。私なんかを励ましてくれて…。』
「大丈夫です…主は人間なんですから、不安に思う事だってあります。其れは、何も悪い事ではないのです。だから安心して良いんですよ。もし、どうしても不安にお思いなら、誓ってみせましょう。僕は、この身尽きるその日まで主の元から離れぬと。この身が折れてしまうまでは、主が生を全うして死んでしまうその時まで、ずっとお側に居続けます。主の側に仕え守る事こそが、僕のお役目なのですから。…雑用だって何だって良いんです。どうか僕を使ってくださいね。」


嗚呼…今、素直に彼の言葉に頷く事が出来たなら良かったのに。

情けない私は、ただ黙って彼の掌を握り締める事でしか応える事が出来ない。

きっと、この尊い掌を握る事さえも、今の私には許されちゃいないのだ。

だから、いつかこの先で罰が待っている事だろう。

分不相応の事を仕出かしたとの罪で裁かれる時が。

その時は、素直にその宿命を受け入れ裁かれよう。

過ぎる真似をしましたと、罪を白状し罰を受けるのだ。

既に諦観しか抱けなくなった私に、抵抗する術なんてものはとっくに失っている。

諦めが全てを悟り、全てを削ぎ落とすのだ。

そうやって、私は感情を閉ざし、内に籠る。

彼には申し訳ないが、そうする事でしか己というものを保てない。

許しを乞う前に、また罪が増えた。

此れから私は、新たな罪に苛まれるようになるのか。

罰は何なのだろうか。

せめて裁かれるなら私だけで、罪も罰も私にだけ降り掛かれば良い。

私を慮って尽くしてくれようとする彼には、罰なんて必要無い。

どうか彼には、此れからもその先も幸だけ降り掛かりますように。


―そうやって、傲慢で愚かな人間である私は、己の罪を増やしていくのである。
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