どいつもこいつも行き場のない連中だ。世の中に見切りをつけてやったみたいな顔をして、実際には世間様にあいてにされていないだけの奴らが寄って集まってできたのがクロネコ海賊団だ。キャプテン・クロはまだしもその下の副船長が自分にまわってくるあたり、やっぱり東の海のちんぴらの域は出ないと、ジャンゴは思っている。こうやって心の中で悪態をつくこともあるけど、海賊暮らしはジャンゴの肌に合っていた。

 海賊船では色々な理由で人が死ぬ。乗組員はよく入れ替わった。そういう入れ替わりの中で名前はいつの間にか、いた。沈めた船に乗っていたらしい。それ自体はよくある来歴である。だけど名前は普通の女だった。少なくとも、ジャンゴの思うところの普通の女に近かった。剣は全然扱えなくて、戦闘のときには足が震えていた。腰に唯一さしている銃を撃っているところを見たことがない。得意だという料理のことを話しているときがいちばん楽しそうだった。

名前の海賊らしくないところを、ジャンゴは好ましく思っていた。自然な流れとして台所を任されるようになった彼女の料理を食べるとき、ジャンゴは毎回感想を伝えようとしたけど、結局「美味いな」以上に気持ちを表せそうな言葉がなくて困った。そんな有様だったのにいつの間にか話が弾むようになったふたりは相性が良かったのである、たぶん。お互いの不寝番に顔を出すようになって、いつかの夢と情熱を語ってみたりして。こういうのを恋というのかもしれないなんて思っている自分が、案外いやじゃなかった。


 次の港についたら一緒に買い物に行こうと約束していた。その当日である。町へと向かう道のりの途中で、賞金稼ぎの一団に追われて買い物どころではなくなった。森の中まで逃げていったら雨まで降ってきた。風もひどい。暖かい時期だったから生暖かい空気と雨と汗が体にまとわりついて気持ち悪かった。そうはいっても、海賊をしていたらこのくらい平気だ、いつもなら。ジャンゴ賞金稼ぎに撃たれてケガをしたから平気ではなかったのだ。銃弾が太ももをかすっただけで命にかかわったりはしないけど、歩けなくはなる。大きな木にもたれてふたりは座り込んだ。
 間違いなく賞金稼ぎは名前を狙っていたし、ジャンゴは彼女を庇ったのだ。
「ありがとう」と言った声は情けない気持ちのせいで消えそうなぐらい小さかった。

「名前」
「い、痛む?」
「悪かった」
「なんでジャンゴが謝るの……謝るなら私こそ、」
「悪いことばっかりしてるから、バチがあたった。巻き込んで悪かった」
「それをいったら、わたしだって同罪だよ」
「違う」

 名前はジャンゴの傷にハンカチを巻きながら違わないよ、と呟いた。このことに関して二人は何度か話したことがあるけど、平行線をたどるばかりで結論は出なかった。ジャンゴは優しい。意気地がなくて武器を使えないだけの名前を、守るべき普通だと思っているぐらいに。普通とみなす線引きがとても甘いのに、自分自身はいつだってその線の外側にいる。傷つくことも、自分の命だって割り切ってキャプテン・クロやもっと違う誰か、神さまとかに預けてしまえるのだ。
 名前だって、そりゃあ思考は凡人のそれだからいわゆる普通の幸せに憧れないわけじゃないけど、それでも思うところあって海に飛び出したはみ出し者だ。幸せとやらの隣にジャンゴがいないなら、それは名前の欲しいものじゃないのだ。

「バチがあたったなんて思わないよ。因果応報なんてくそくらえだし」
「お優しいことで」
「どっちが」
「まあでも、因果応報も悪いことばかりじゃないぞ。自分より強いやつが喰らうと気分がいい」
「ジャンゴがケガするのが嫌ってだけだもん。そんなこといいながら命とかかけるとこあるのが、すごく心配」
「そりゃあ、神のみぞ知るってやつだよ」
「……好きなひとひどい目に合わせる神さまなんて信じないよ」
 ジャンゴは嘘をつかない。人の心をあやつれる彼なりの、恋人に対する誠意であるらしかった。彼のそういうところが名前は大好きで、だからこそ泣きたくなった。生まれてこの方名前の頭の上に神さまと名のつく誰かは一人だっていなかった。ジャンゴがケガしませんように、間違っても名前なんかのために命をかけませんように。彼自身に祈るしかないのに!

 雨は降り続いていた。大きな木に海賊ふたりがもたれている。ジャンゴは名前が泣いている気がして、だとしたら自分のためなんかに泣かないでほしくて、隣を見た。確かに彼女の顔はびしょびしょでひどい有りさまだったけど、それは雨のせいかもしれなかった。いつもならなんてこともない傷が痛くて困った。
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