人の死因には、溺死や自殺といった様々なものが存在するが、現在この世で最も恐れられている死因は焼死だ。

その原因となる焔ビト化…此れが、人々の恐れる理由である。

“人体発火現象”――ある日突然何の前触れも無く人体が燃え出し、焔ビトと化して命尽きるまで周囲に居る人間達を襲い始める事を、我々特殊消防隊の者達はそう呼ぶ。

そして、その人体発火が原因で起こる火事や、人体発火が起こる原因を解明していくのが仕事である。

調査を進めていく中で焔ビト化する原因の一つとして分かった事は、組織的に動く何者かが人為的に“人体発火現象”を起こしている――つまりは、作為的に人々を焔ビト化させているという事であった。

普通に生きて生活していた何の罪も無き人達の命を、まるで自分達の欲を満たすが為だけの実験道具のように扱って。

人の命を何だと思っているんだ。

こんな酷く惨い事を、まさか人為的に行っている人間が居ただなんて、許されるべき事ではないと誰もが怒りを露にした。

人の命を救うべくして活動する消防官である我等『第8特殊消防隊』の大隊長…秋樽桜備は、元は消防庁の一般消防官だっただけに、その事実に対する怒りや思いは人一倍強いようだった。

特殊消防隊は、本来ならば、焔ビトを鎮魂させやすいようにと炎に耐性のある者…炎の操作、制御を行う事が出来る力を有した『第二世代能力者』や、自らの体内で炎を生み出す事が出来る力を有した『第三世代能力者』の者達で構成されている。

だが、我が第8部隊の大隊長である桜備大隊長のみは、其れ等能力を一切有さない普通の人間――無能力者だ。

正義感に溢れた人だからこそ、勝手な思いで人の生き死を決める犯人の思考が許せなかったのだと思う。

何故無能力者の人が大隊長だなんて地位に居るのか、という事については、この第8が作られた経緯に繋がる訳なのだが…その理由については今回は割愛させて頂こう。

誰よりも人々の平穏や幸せを願うような心優しい人だからこそ、彼は人為的に焔ビト化を起こす者達を許せなかった。

其れは、同じ第8に居る私達も同じ思いであった。

勝手な考えで人々の生活や平和を乱し、恐怖に陥れ、更には人の命を奪うなんて、残酷そのものだ。

人の命は遊び道具なんかじゃない、尊ぶべきものである。

焔ビト化させられた彼等彼女等に何の罪があったと言うんだ。

中には、確かに罪有る人間達も居たかもしれない。

でも、焔ビト化し失われた命の大多数は何の罪も無き人達ばかりだ。

ただ自分達の欲を満たすが為に起こされた実験に巻き込まれた、罪無き人々…。

その命が少しでも救われる事を願って、我々は祈り、鎮魂という名の消火活動を行う。

一度、焔ビト化した者は、その時点で戸籍上死亡した者と取り扱われる。

だが、焔ビト化したと言えども、炎に焼かれ苦しむその人は発火現象に巻き込まれた被害者であり、“生きた人間”に変わりなかった。

その命を、これ以上被害を拡大させない為にも、早く苦しみから解放させてあげる為にも、鎮魂という名目で刈り取るのだ。

何の罪悪も抱かないと言ったら嘘になる。

其れでも、辛い気持ちを堪えて任務を全うしなければならない。

何故ならば、私達は彼等彼女等の命を救う為に活動するのが仕事だからだ。

炎に焼かれる熱さから藻掻き苦しみ暴れ回る焔ビトと化した者達の魂を鎮魂する為、今日も今日とて任務に駆り出される。

そして、祈りを捧げ、速やかに厳粛に鎮魂を行う。

特殊消防隊に入隊してから幾度と繰り返してきた事だ。

…だが、何度遣ってきても、鎮魂後に纏わり付く罪悪感には未だ慣れない気がした。


―今日は雨が降っていた。

薄暗く翳った曇天の空からボタボタと大粒の雨が降り注ぐ現場。

そんな中起きた火災、人体発火による焔ビト化。

突然、家族の者が発火し炎に炙られて藻掻き苦しみ出すところなんて、誰だって見たくはないだろうし、想像もしたくはないだろう。

でも、現実はいつだって残酷だ。

どんなに愛していたって、親しくしていたって、気付いたら突然炎に焼かれているかもしれない。

其れが、“人体発火現象”――焔ビトと化す者達への恐怖だ。

遺族や被害者の方達の為にも、迅速な消火活動と鎮魂を。

桜備大隊長の指示の下、我々第8メンバーは現場へと突入した。

幸いにも、今回の被害者である焔ビトはそれ程攻撃性は無く、皆怪我を負う事も無く鎮魂を執り行う事が出来た。

鎮魂作業が終われば、後は一般消防隊達に現場は引き継がれ、消火に当たられる。

雨降る中燃え落ちて行こうとする家を見るのは、何だか切なく、遣る瀬無い気持ちで満ちた。

任務を終えてすぐ駆け寄ってきた遺族の方達へ、シスターであるアイリスが無事ご家族の方の鎮魂は完了した事を告げ、悲しみに暮れながらも感謝を告げる遺族の方達に涙ながら頭を下げられていた。

―“有難うございます。”

焔ビト化した家族の者を弔ってくれた事への感謝の言葉であるとは頭では理解出来たが、実際のところは腑に落ちない思いだった。

“その感謝の言葉は、本当に我々が受け取るに相応しい人間か…?”――そう思えてならなくて。

シスターに縋り付くようにして泣き崩れる遺族の方達の方をまともに見る事が出来ずに、顔を俯けてヘルメットを目深に被り、静かに一礼するように頭を下げてから出てきたばかりの現場を振り返り、冥福を祈りながら黙祷を捧げた。

本当は、遺族の方達にもちゃんと向き合わなきゃいけないのに…今はどうしても向き合えないと背を向けて、ただただ黙って冥福を祈った。

そうしていると、不意に頭の上に覚えのある重みが乗っかってきて、顔を上げた。

桜備大隊長の手だった。


「辛いか」


ヘルメット越しに伝わる彼の掌の重みと温かさに、私は唇を噛み締めながら小さく告げる。


「…正直言って、辛いですね…。そりゃ、全く辛くないなんて事ある訳ないですよ。何度経験しても辛い事は辛いですし、慣れません……」
「…そうか。お前は優しいからな…。――だが、一番辛いのは残されたご家族の方だ。俺達は其れに最後まで寄り添ってやるのも仕事の一つだと思っている。此れは、俺達第8の総意だ」
「えぇ…分かってます。分かってますよ、勿論。伊達に第8に勤めて短くないですから。……でも、だからと言って、完全に割り切れるかと言ったらそうじゃありませんよ」
「……あぁ、其れは俺も同じさ。きっと、その気持ちは皆一様に抱えてるだろう…。その気持ちは、この先も絶対に忘れちゃいけない気持ちだ。…でも、決して無理はするなよ。しんどくなったら吐き出せ。俺はいつだって第8の皆と向き合っているからな。俺達の誰か一人でも欠けたら、其れはもう第8じゃなくなる」
「はい…有難うございます、桜備大隊長」
「ん。気にするな。お前も大事な仲間だからな…辛い事もしんどい事も一緒に背負っていこう」


ぽんぽん、と優しい手付きで頭の上を跳ねる掌は大きい。

任務は完了、我々の仕事は終わった。

他の人達の邪魔にならないよう撤退するべく、桜備大隊長の指示の下、出動時に乗ってきた特殊装甲消防車――マッチボックスへと乗り込んでいく。

乗り込む手前で、再び今回の現場となった鎮火を終えた家を振り返って思う。

どうか、この恵みの雨が少しでも鎮魂された方への救いの雨となりますように…。

ヘルメットを脱いで脇に抱え、祈りの形に手を組んで改めて祈りを捧げた。


「―“ラートム”」


焔ビト化した者達の魂に救済を。

鎮魂された魂が穏やかに安らかに眠れる事を祈って、今日も今日とて我々『第8特殊消防隊』は活動を続ける。
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