「やってられねぇーわ。お前にはわりーけど、おれ辞めるわ」
じゃあなと、くるりと背を向け、ひらひらと手を振って部室から出ていった。あまりにも突然で、そしてあっさりとしていた為、名字は目の前のことが処理できなかった。呆然と突っ立ったまま幼なじみを見送る。
(……彼奴、今何を言ったんだ……?)
部活の時間はとっくに終り、部室にいるのは、二軍の自主練習で居残った自分と幼なじみを含めて数人だけだ。
「大丈夫か?名字?」
気遣わしげに声をかけてきたチームメイトに、名字は、はっと我に返った。それから幼なじみの言葉を頭の中で反芻する。
「!!」
やっとその言葉を飲みこんだ。そして、彼の後を追おうと足を一歩踏み出したところで動きを止める。さらっとした口調で言ってはいたものの、その瞳は暗く沈んでいたのを思い出したからだ。ぎりっと下唇を強く噛む。
(彼奴の気持ちはよくわかる。僕だってこれ程バスケを辞めてしまいたいと思ったのは初めてだ)

今春、帝光中バスケ部に入部してきた二年の黄瀬涼太。未経験者ではあったが、持ち前の運動能力を発揮し、めきめきと頭角を現した。そして、黄瀬は指導係の幼なじみをあっという間に越えていった。
始めは人懐っこい黄瀬を可愛がり、色々教えていた。しかし、驚異のスピードで成長していく黄瀬にいつしか嫉妬し、思うように伸びない自分の実力に悩むようになった。そして少しずつ距離をおくようになっていった。周りを見れば、他の部員たちも黄瀬を遠巻きにするように見ているのに気づく。
幼なじみが何度も反復練習をして身につけた技術を、黄瀬は数回見ただけでそれを真似することが出来た。それどころか更に洗練された動きをして見せたのだ。そんなものを見せつけられたのならば、彼だけではなく、二軍の部員たちとて同じ気持ちを持っただろう。
名字は内心ため息をつきながらも、部内の雰囲気が悪くならないように双方にフォローを入れていくことにした。
自分の居場所をたった一人の天才に壊されたくはなかった。ただそれだけの理由で始めたことだ。それ故に、黄瀬に懐かれたのは、名字にとって予想外のことだった。
そんなぎくしゃくした中、一軍昇格をかけた試合があった。その結果、黄瀬一人だけ昇格が決まった。

(これが最後のチャンスだった。黄瀬のことがなかったら彼奴は―――)
二軍の中でも幼なじみは上位にいた。昇格は間違いないだろうと噂もされていた。そのことは本人も自覚していたし、その日の為にきつい練習をこなしてきた。それが潰えた時の絶望は想像に難くない。
(どれ程悔しかっただろうな)
名字は無邪気に喜ぶ黄瀬を苦々しく思いながらも、昇格おめでとうと祝いの言葉を送った。
努力が全て報われるとは限らない。
秀才は天才には敵わない。
そう頭では分かってはいる。試合が終った後、それでもやりきれない感情が胸の内に湧いてくるのを止めることが出来なかった。
試合があった次の日の今日、引退を待たずに幼なじみはバスケ部を去っていった。
(でも、やっぱり僕はバスケが大好きだ)
幼いあの日、近所のストリートバスケットコートで見かけた3on3。相手をするりとかわして軽やかにシュートを決める姿は、今でもはっきりと憶えている。太陽の光を浴びてその全身がきらきらと輝いて見え、名字の目には大層格好よく写った。
――自分もあんな風にシュートを決めたい。
これがバスケの原点だ。
一緒に始めた幼なじみが、自分を置いてどんどん上手くなっていくのを隣で見ているのは辛かった。それでも、あの日のことを思い出して自分を奮い立たせてきた。やっと出られた試合で初めてシュートを決めた時のあの喜びと感動は、名字にとって忘れられない大切な思い出である。
(彼奴とはずっと一緒にやってきたから、隣からいなくなるのは寂しいけど……)
すい、と右隣のロッカーに視線を流した。

『腹へったな!コンビニに寄っていこうぜ!』

屈託なく笑う、幼なじみの幻影が見えたような気がした。それから目をそらすように俯き、きゅっと両手を握りしめる。溢れる感情を抑えるように深呼吸を繰り返した。
(僕は辞めないよ。高校に行っても続ける。お前も続けて欲しい。今度はチームメイトとしてではなくて対戦相手としてプレイしてみたい)
頭を上げると、ロッカーに貼られた幼なじみのネームプレートにそっと手をあて、語りかけるように胸の内で呟いた。

名字の印象は、綺麗にシュートをする奴だなだった。お手本のようなフォームでボールを放る姿は俺の目を引いた。 
青峰っちのプレイに憧れてバスケ部に入部した。未経験だったが、持ち前の運動能力を買われたのか、三軍ではなくて二軍に配属された。名字は俺の指導係の幼なじみだった。彼は時折、指導中のところへやって来ては色々と声をかけてくれた。指導係の彼の幼なじみが、距離を取り出した時も、二軍の部員たちからの嫌がらせがあった時も間に入ってくれた。ぎすぎすした部内でも、なんとかやっていけたのは彼のおかげだ。
昔からスポーツは少しかじれば直ぐに出来てしまった。折角仲良くなったチームメイトたちは、妬み、羨みみんな離れていってしまった。最初は寂しく思ったが、いつしかそんな状況に慣れていった。こうやって気にかけてもらえたのが何時ぶりなのかわからない。名字にはとても感謝している。あまりにも嬉しくて、よく後をくっついて回ってしまった。しばらくして俺だけが一軍に昇格したので、徐々に彼との接点は少なくなっていった。

名字とは進学先の高校のバスケ部で再会した。嬉しくて思わず駆け寄り抱きついてしまった。
「お久しぶりっす!また一緒にバスケが出来るっすね!」
自分よりでかい男に抱きつかれて、名字がぐえっと変な声をあげた。ばんばんと背中を強めに叩かれたので、腕を離して一歩下がった。
「久しぶり、黄瀬。君も海常に来たんだ」
驚いたように蒼い瞳を丸くして俺を見上げた。そして、目を伏せると、大きく息をつく。
「都外に進学すれば、お前と被らないと思ったんだけどなぁ……」
ぽつりと呟かれた言葉がちくっと胸に刺さった。
そうは言ったものの、世話焼きなところは変わっていなくて、先輩や同級生たちとのパイプ役の様なことをやってくれた。名字はいつしか周りから『黄瀬係り』と呼ばれるようになっていた。そう言われる度に本人は物凄く嫌そうな顔をしている。地味に傷つくので止めてもらいたいっす。

(……負けた。こんなに悔しいのは初めてだ……)
新設校の誠凜高校との練習試合に僅差で負けてしまった。勝利に湧くあちらと対照的にこちらはお通夜のように暗く沈んでいた。
ぼろぼろとみっともなく涙を溢す俺に、キャプテンは顔を洗ってこいと体育館から追い出した。水場で緑間っちと出くわし、少し言葉を交わした。彼が去った後、名字がやって来た。
「中々悪くないだろう?負けるってのも」
ペットボトルをこちらに放りながら、労いの言葉もなく唐突にそう言った。
「バスケに関わらず、スポーツは勝負の世界だから、勝ち負けはどうしてもついて回る。勝ち続けることはいいことかもしれないけど、プレッシャーはかかるし、そのうちに不完全燃焼を起こす。楽しかったものが急につまらなくなったのを君は経験しただろう?」
水場の縁に手をかけると、軽く地面を蹴って腰かけた。
「負けるということは、相手が自分より強いということ。まだ強者がいると知った時、もっと強くなって次は勝ってやる、と練習にも張り合いが出てくるだろ?それにね目標があると、それに向かってどこまでも走れるものなんだよ、人って奴はね」
ふっと蒼い瞳が遠くを見た。その言葉には実感がこもっていて、強く輝くそれに久しぶりに思い出したことがあった。
バスケの原点。
「……俺は青峰っちに憧れてバスケを始めたっす。あんな風にプレイをしたい。一緒にバスケをやりたい。そう思って部活に入ったんすよ。名字にも、もしかしたら、そういう人がいたりする?」
そう尋ねると、驚いたように目を丸くしてこちらに視線を戻した。何でわかった、と聞かれて何となく?と答えた。名字は何それ、と呆れたように半目になった。
それからバスケを始めたきっかけを話してくれた。
「そうだったんすか。俺とお揃いっすね。同じ高校に進学したのも何かの運命。これからもよろしくっす!」
そう言って右手を差し出した。
「君とお揃いはなんか嫌だなぁ……。でも、また同じチームになったのはなにかの縁だし、仕方ないけど、まぁこちらこそよろしく」
嫌そうに眉をひそめながらも手は握ってくれた。嬉しいけど、その顔は止めて欲しい。
「先ずは、黒子っちと火神っちへのリベンジっすよー!」
握ったままの手を振り上げて大声で叫んだ。
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