強烈な光を瞼の裏に感じて目が覚めた。夜を仕事の場にする人間にとってこの島の日差しは辛いものがある。すぐに起き上がれる気がしなくてベッドの内側に寝返りをうつと隣で眠るテゾーロさんの目がゆっくりと開いて私を見た。
髪の色と同じ深海の色をした瞳に吸い込まれてしまいそうだといつも思う。そのうつくしい色に対峙するたびに、ぱさぱさの髪と貧相な(ついでに傷だらけの)身体くらいしか持たない自分のみじめさを思い知らされてはじめの頃はずいぶん卑屈な気持ちでいた。でも、もう過去形だ。
「名前」
少し剣呑さがある声で名前を呼ばれた。寝起きで機嫌が悪いのかと思ったけどそういう訳でもなさそうで、額に昨夜とは違って優しいだけのキスをくれた。上司としての彼に抱いていたイメージに反して、テゾーロさんは私によく触れた。
「寝坊くらいしたらどうだ」
「こ、今度から気を付けます」
言いたいことに気づいたのでなんだか私もテゾーロさんに触れたくなった、ベッドの中で脚を絡めてみると同じ反応が帰ってきて嬉しかった。だから、多分、もういいのだ。何も持たない私だけど今は確かにテゾーロさんの隣に私がいる。

テゾーロさんがステージに立ち社交場を仕切っている間、私は裏で雑用をこなす。単純明快な役割分担は上手くいっている、と思う。それぞれの朝のルーティンも裏方の私はごく簡単な整容で終わるし、テゾーロさんは当然装いからショーの一部なのでずっと時間をかけるから、その間に私は朝食の支度をしたりお湯を沸かしたりする。
優秀なメイクさんもスタイリストさんも、皆いなくなってしまったから。

愛しきグラン・テゾーロ!その喪失は故郷を持たない私にとって単なる職場の問題にとどまらずアイデンティティに関わった。テゾーロさんを追いかける以外に身を置く場所がなかった私は愚直にそうしたけど、テゾーロさんからすれば末端も末端にいたような部下なんて初対面同然だったと思う。容認されていた感覚はなかったけど、とにかく、追い出されはしなかった。
私たちは負けた側の末路を律儀になぞった。毎日血を流したり、泣いたりした。誰かの溜飲を少なからず下げただろうかと思ったけど、とうとう小さな島に落ち着いてしまった。終わってみれば紆余曲折である。
二人で生活する部屋に家具を運び込むとき、組み立て式のベッドを抱えるテゾーロさんが似合わなくて単純に笑いたくなったことを覚えている。生活という概念と彼はあまりにも似合わないと思ったから。笑いを我慢している私をテゾーロさんはじろりと見て「笑うなよ」と言ったのでもうだめだった。
たぶん、あの日は転機だったのだ。実際あの日以来テゾーロさんも私も楽しいことを見つけては今までの分を取り戻すように笑った。

そんなことをつらつらと考えているとお湯が沸いた蒸気の音がして、カップとソーサーを二つ並べる。紅茶を注いでいるとテゾーロさんがダイニングテーブルに座った。

「なんだか、生活ですねえ」
「生活か」
「私にはぜったい手に入らないんだって思ってました」
「それは、おれに対する挑戦かな」
「命がいらないときはそうしますね」
私たちのかつての関係からすると想像を絶する発言だけどいまはただの雑談だ。私たちはただ穏やかに紅茶を楽しんだ。
「そういえば、君は最初から挑戦的だったな」

「仮にも上司を従えて、君はここにいる」
やや真面目な感情の色を感じてカップ越しにテゾーロさんを見た。深い海の色の瞳に私の顔が映っている。簒奪を成し遂げた女の顔に見えていたりするんだろうか。そんな疑問はすぐに私の中で消化されてしまった。だって、テゾーロさんのその瞳は私を映してもなおうつくしくて、優しい温度で燃えていた。
「テゾーロさんの部下ですから」
「なるほど、悪党だというわけだ」

私たちは悪党だ。でも、私たちは生活できる。人を地獄へと突き落としてきた手はベッドを作れるし紅茶だって淹れることが出来るのだ。

不意に響いた、ノック2回。テゾーロさんにもらった世界政府公式マナーブックでは禁忌とされていた。ルームサービスですなんて逆に形式にのっとった敵意の表明だ。招かれざる客に心当たりがありすぎる。
私たちは悪党らしく少し身を縮めたけど、すぐに招かれざる客を迎え撃つために構えた。
こんな日も、恋の道のりにはあるにはあるのだ。血と銃弾に彩られていたって。

私たちは負けた側の末路を律儀になぞっている。これからだってたくさん血を流したり泣いたりするだろう。でも、きっと大丈夫なのだ。暗い場所から抜け出そうともがいた先の、最後にたどり着く場所がもっと暗い場所でも。
その隣にテゾーロさんがいるならそれは才能よりももっとずっとすごいことだ。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -