代々鬼殺の剣士を輩出する我が家の系譜において、生まれてくる子供に求められるのは剣技の才能があるかどうかであった。
私の兄姉も、両親も祖父母も、親類縁者一族郎党至るまで、幼年より剣の腕を磨いてきた錬士であり、誇り高い職責に憧れて入隊を目指したと聞いている。
私の親族にとって鬼殺隊へ入ることは人生においての通過点でしかなく、そこでどれだけ鬼狩りに貢献するかが族内に於ける個人の評価だった。中には才に恵まれず、そもそも入隊試験に合格出来ない者、隠として後方支援に務める者などもいたが、そういう者達は家事の決定権を担う家長から厳しい非難の目を向けられた。
臆病者。軟弱。仮にも血族に対して、軽蔑の念すら感じる言葉を浴びせる元隊士の家長は、その昔柱として名を馳せた桑原さまや鱗滝さま達と同期であるという。剣技は俺の方が上だったのに柱になれなかった、と怒号を飛ばすのが、酒に酔った際の家長の癖だ。

体捌きから足の運び、呼吸の使い方など、剣を使う上で基礎的なことをひとつひとつ習得していくたびに、家長の目の色が変わっていくような気はしていた。不穏な眼光を発しながら私の稽古に注目する様子は薄々感づいていたものの、私は他の兄妹姉妹たちと同じ日課をこなしているだけで、特別なことは何もしていないのにという不思議な戸惑いを抱いていた。
寧ろこんな稽古より山や川へ繰り出して、友人たちと木の実や魚を獲って遊ぶ方がよっぽど楽しいと思っていたので、私の姿ばかり捉えている家長に強いられる課題はほんとうに不本意で、面倒なものという認識しかなかった。
そんなある日、私は突然件の家長に呼び出され、屋敷内で最も習熟度の高い剣士との模擬試合を組まされた。
当時の私はまだ竹刀すら持ったばかりで、試合なんて勿論したことがなかった。馬鹿の一つ覚えのように剣のことばかり生業にしている我が家においても、流石に対戦形式の稽古はもっと修練と年齢を重ねた後に実施していたので、そんな試みは異例のことだった。
過去に類を見ない催しが行われるということで、当日は道場内に物見遊山の兄妹弟子たちが押し寄せて、さながら街で人気の賭け番付のようだった。事の重大さをよく分かっていなかった当時の私は、言われるがままに身につけた道着姿で、困ったなあと思いながら相手の剣士を見上げる。見上げた先の相手は、顔つきこそ冷静に努めていたが不満を覚えているのが明らかで、家長は一体何を考えているのかと言わんばかりの鋭い目線で私を見下ろしていた。
遅れて到着した家長は、何か含んだ面差しで私と相手を交互に見ると、道場の定位置に座すよう促した。一本勝負。先に一本取った方が勝ち。簡素な規則を続けて述べて、家長は私と相手に向き合うように指示する。
子供相手に容赦なしってことか? と周囲が気色ばむのを察して、家長は相手の剣士に本気でやれ、とひと言だけ言及した。

「では用意」

相手が構える。瞬時に辺りの空気が変わった気がして、私も短く息を吸う。
始め、の合図が降りた瞬間、私に向かって突進してくる相手の姿が揺れて映る。時間にして数秒だったであろうその刹那の間、私はふと、ここだ、と感じた隙間を薙いだ。
思うままに竹刀を振った自分の腕が、他人にぐいと挙げられているのを認識して我に帰る。
劈くばかりの雑声に驚いていると、私の肩を強く掴んだ家長が、あのぎらついた眼差しで観衆に呼びかけていた。

「この子は天才だ」



それからというもの、私は文字通り血反吐を吐く訓練を経て鬼殺隊に入隊させられた。
家長は一層の熱意を私に向けて技を磨くのに尽力してくれたが、その目は常に、私を超えて誰かを見ていた気がする。

「お前はいずれ柱になるのだ」

お前は沢山の鬼を倒して、周囲に認められて、のし上がっていくのだ。
稽古中に打ちのめされて朦朧としている時に囁かれたその台詞は、まるで呪いのように私の身を巻いた。

そしてその囁きは、この今も。
幾度となく神童と持ち上げられてきた私の四肢は夥しい量の血を吹き出して、虫の息を溢している。
伏した眼前には、洋装の男がひとり立っていた。白い衣装には汚れひとつ見当たらない。お前の剣はどこまでも伸びて鬼の頸を獲ると鼓舞された私の日輪刀は、粉々に砕かれて散らばっていた。

「……愚かな娘め。腹の足しにもならん」

赤い瞳がきろりと動く。吐き捨てるように呟かれた台詞は、この世の何より冷たい温度を放った気がした。

「……い……」
「ん? 何か言いたいことがあるのか。私は慈悲深いからな、最期の文句くらい聞いてやる」

不遜に唇を広げた男は私を見下ろし、瞳孔の狭い双眸を三日月型に歪めた。

「……いずれ、柱に……」

昔の記憶が流れていく。
剣技ばかりの家族。個人の価値はその実力だけ。誰よりも鍛錬を続けてきた。雨の日も風の日も、夏も秋も関係なくずっと。山歩きも川遊びも我慢して。友を捨てて。仲間の嫉妬を買って。
認められたかった家長のために。
譫言のように繰り返す私を冷酷な眼差しで一瞥し、「……下らんな」と吐き捨てた男は踵を返してこの場を去っていく。
段々と小さくなる白い背中を目で追いながら、私は段々ぼやけていく視界の中、家族の顔を思い浮かべる。
皆は評価してくれるだろうか。私のこの散り様を。勇気ある戦いだったと弔い、泣いてくれるだろうか。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -