結論から言うと、私には才能なんてものは無かった。

幾ら頑張ろうとも身に付かない、何を成しても思うようにいかない。

最終的には、“この役立たず”と罵り蔑まれて終わり。

まるで生まれつきそうだったかの様に、何をするでも要領が悪く、そして物覚えが悪かった。

極め付きには、応用力の利かなさと来た。

そりゃあ、此処まで不出来なら、手を取り足を取り教えるのも一苦労だっただろう。

終いには皆投げ出して諸手を上げ、“他所に教わってくれ”だ。

そうやって代わりの人を探し教わろうとするも、結局は煙たがられ“あっちへ行け”と追い払われ、たらい回しにされる始末。

もう、何処にも行き場は無かった。

そうなってしまった暁に諸々の事情が重なって勤めていた会社を辞めようとすれば、今度は“人手が足りないこんな時に何を言い出すんだ”とばかりに有る事無い事こじ付けられて罵倒された。

じゃあ、何だったら良かったんだ。

私は非道く惨めな気持ちになった。

教えて欲しいと乞えば、溜め息を吐かれた上で嫌々しく答える。

酷い時は、“そんなの自分で考えなさい、前にも教えたでしょ?”としか返されなかった。

初めに、“分からないところがあったらそのままにせず人に聞いて、分からなかったら繰り返し教えてあげる”と言われたから、私は其れを真面目に信じて訊いていただけなのに。

結局はその場限りの方便だったのかとがっかりする。

がっかりするだけで終われば良いさ。

現実はもっと理不尽で、私をどん底に貶めるかの様に酷なのである。

いざ、悲惨な職場から逃げる様に家へ帰っても、其処にも居場所は無かったのだ。

帰ってくるなり何なり邪魔者扱い。

仕事を辞めてからは尚更、“金も稼げない穀潰し”と罵られた。

唯一の居場所と思っていた家さえも、最早私の居場所では無くなっていたのだ。

どうして、私だって私なりに精一杯頑張ってきたのに…。

誰も私の努力を認めようとはしてくれなかった。

認めるどころか、私が成してきた結果に泥を塗る様な暴言を吐き捨てて私を睨め付けた。

私には、姉が一人居た。

私と比べるなんて烏滸がましいくらい頭の切れる要領の良い、気遣いも出来る人で、遣る事成す事全部こなしてみせる様な人だった。

正直、同じ母親の腹から生まれて、何でこんなにも差があるんだと羨んだ事は一度や二度じゃない。

能力の差や才能の違いに嫉妬した事だって幾度とある。

何せ、姉妹で妹という下の子で生まれた限り、どうしても比べられたりするのだ。

“お姉ちゃんの方は、アンタと違って要領が良いから助かるわ”とか、“お姉ちゃんは出来たのに、何でアンタは出来ないの?”とか。

常に比較されてきた。

恐らく、逆も然りだろう。

偶に、姉から文句が飛んでくる事もあった。

“アンタのせいでまた私が怒られた、何で何時も私ばっかり怒られなきゃなんないの?ちょっとアンタより早く生まれて経験値があるからって、其れって差別じゃない?”…と。

勿論、異を唱えたり反論したりなどすれば、倍の言葉で捲し立てられ怒鳴り散らされた。

元々語彙力の足らない私では口では勝てないと割り切って黙り込んでいれば、此れ見よがしに言いたい放題。

挙げ句の果てには私が泣き出すまで言い続け、泣き出したら泣き出したらで今度は其れに対し忌々しそうに。

“アンタはすぐそうやって可愛い子ぶってめそめそ泣くわよね!泣けば此方が怯むとでも思ってんのかしら?泣いたら、嗚呼御免ね言い過ぎたわねって許すとでも思ったの?ハハッ、飛んだ甘ちゃんねぇアンタは…!だから、職場でも上手く行かなかったのよ!!”

…と、そう詰(ナジ)った。

しかし、私が泣くのを分かっていて其処まで言い募ったのはお前の方だろうと言いたかった。

だが、言い返したら後が怖いので、思うだけに留める。

私は何時も、何時だってもそうだった。

後から心の内では幾らと言い返しの言葉を思い付こうと、もう遅い事だと諦め、嵐が過ぎ去るまではそっとしておこう、ほとぼりが冷めるまでは離れていようと、言いたい事は全部自分の中に閉じ込めて距離を置く。

そうすれば、また仲が回復したら何時も通り会話を交わせるからと考えていた。

何を成しても上手く行かないならば、上手く行かないなりに行動すれば良いのだ。

そうして身に付いた術で、審神者業という職に就ける事が叶った。

憧れの職業だった。

念願が叶ってとても嬉しかった。

私なんて人間でも成せる事が有るのだと、初めて充実した毎日を送る事が出来た。

今までが失敗続きだったばかりに、私は浮かれて、今凄く愉しいんだよという事を、世間話がてら姉と会話している最中の話題に出してしまった。

すると、至極愉しそうにする私の話し振りに、其れまで何処にも就けていなかった彼女が興味を持ったのか、仕事の事について詳しく問うてきた。

私は、立場上一般人には話せぬ事も多かった事に加え、仕事仲間が身近なところに増えるならばと喜び勇んで教えた。

そうして、数日後、晴れて姉も同じ審神者職に就いたのだった。

姉の就職合格通知に、私は自分の事の様に喜び御祝いした。

所属部署は違えど、同じ審神者という仲間が増えて嬉しいばかりだった。

だが、喜んでいるのもその内だけだったのだ。

すぐに結果が表れたのである。

元々出来の良い要領も良い姉は、私がしてきた事全てをこなした後に、圧倒的な早さで私を追い抜く勢いで成長していったのだ。

職場の形態や任務内容などが、私が就任し立ての頃より改善された事も一理あるだろう。

其れでも、やはり初めから私なんかとは違って何でもこなしてみせた彼女からしたら異なったのだろう。

私が一年かけて築いたものをあっさりと追い越し、更にその先へと進んで行った。

審神者としての力もグングン伸ばし、気付いた時には私よりも格上な立場に居た。

圧倒されるしかなかった。

やはり、私は彼女には敵わぬというのか。

別に張り合っている訳ではなかったが、こうも能力の差を見せ付けられると悔しいものがあった。

でも、本丸に居る髭切にも言われたから、なるべくそういう事に対しての自分の感情は抑える様にしていた。


「嫉妬するのは良くないよ。鬼になっちゃうからね。」


鬼切りの異名も持つ彼の口癖の様な言葉だった。

私は、彼が来て初めて其れを言われた時から、真面目に受け取って肝に命じる様にしている。

確かに嫉妬は良くないし、人としても醜い人になってしまう。

そうはなりたくはないと、例えまた以前の如く馬鹿にされようとも己を律して堪えた。

…そう頑張ってきた筈なのに。

何時しか、この隠世の狭間で築いた居場所でさえも奪われた様な心地になったのだ。

全てにおいて己の上を行く彼女に、全てを奪われた気になってしまったのである。

彼女には彼女の本丸が在るから、本当はリアルに奪われたという事にはならないのだけれど、でも、本丸での私の存在意義を否定された時…其れは全てを崩された。

私が一年かけて努力し、積み上げてきたものを、築き上げてきたもの全てを否定された様だった。

何とかその場では取り繕って返したが、後から押さえ込んだもの全部がぶり返してきて呼吸を乱した。

正常な呼吸も思考も取り繕えなくなって初めて、自分の犯した失態(ミス)に気が付いた。


―嗚呼、アノ時、何故自分ハ軽々シクモ答エテシマッタノカ。

今更後悔しても遅い事だった。

歴史は変えてはならない。

其れは分かり切っている事。

端から変える気も無い。

変えたって、どうせ自分じゃあ成し切れないだろう。

勇気も実行力も無い自分では、精々が生きるので精一杯だ。

力が欲しい訳でも無い。

所詮、何かの力を与えられたとて、私には使いこなし切れずに宝の持ち腐れとなるのがオチだ。

だって、どうせ、所詮…そんな言葉ばかりが先に口を突いて出る様になった。

より一層前より鬱ぎ込む様になってしまい、本丸の皆にはほとほと愛想を尽かされたのではないかと思う。

私が勝手に思っているだけだが。


―或る時からふと部屋に籠って出て来なくなった、そんな折に、極めた薬研が部屋へとやって来て言い放った。


「おい、何時までこんな処で燻ってるつもりだ、大将?良い加減そろそろ出て来ちゃあくれねぇか。皆、アンタの事心配してるぞ。」


其れは其れは思い切り良く開かれたものだった。

小気味良い音を立ててスパァーンッ!!と開かれた戸は、ものの見事綺麗に全開となった。

お陰で立ち込めていた鬱屈とした空気が吐き出され、良い具合に換気が成される。

私は、部屋の奥隅に引っ込んだまま、彼に言い返した。


『……どうせ、上辺だけの口先だけの台詞でしょ。そういうの、もう何万回と聞き飽きた。コッチを期待させるだけさせといて、後になったら落とすのは見え見えなんだよ。何時だってそうだった…。だから、きっと此れからも同じなんだ。何をしたって私は駄目駄目で、馬鹿ばっかしかやらかさない。此れ以上叱られるのも、文句を言われるのも、怒鳴られるのももうウンザリだ…っ!私だって人間なんだよ!感情だってあるんだよ…!!アンタ等の望む何でも出来るイエスマンな人間じゃなくてすみませんでしたァ!!もう金輪際分不相応な事はしないから、己に見合わない事は望んだりしないから許してよ…ッ!!こんな塵(ゴミ)屑にもなれない穀潰しでしかない奴が生きててすみませんでしたァ!!もうじき居なくなってやりますからもう放っといてください…ッッッ!!』


溜め込んでいた鬱憤という名の毒を吐き出すだけ吐き出し捲し立てれば、絶対零度と言わんばかりの冷たさを以て零された。


「其れはどういう意味かな、大将ォ…?」


思わず、ヒクリ、と口許を引き攣らせ引いてしまうくらいには冷たい空気を纏わせた台詞であった。

つい怖じ気付いて、途端に何も言えなくなってしまったのを皮切りに、パーソナルスペースの距離に入るまで彼の侵入を許してしまった。

彼が凄んだ様子で私を見つめてくる。


「…アンタ、もしかしてもしかしなくとも死ぬ気じゃねェーだろうな…?」
『………だ、だって…私なんて存在、生きてたってしょうがないでしょ…?何の役にも立たない碌でなし…居ない方がマシでしょ。…厄介事だって減るし、面倒な仕事だって増えないし、余計なお金も掛からなくなる…ほら、良い事ずくめ!やっぱり私なんて存在、この世から消え去った方が世の中の為なんだよ…っ!……まぁ、ごく一部の人間は余分な手間が出来たとかって愚痴りそうだけどね。ハハ…ッ、私ってば死んでも誰かに恨まれるのねぇ…!ほんっとどうしようもないな!!最早、この世に生まれてきて御免なさいってレベルだわ…ッ!!あは、アハハハハ…ッ!!』
「…大将、自分で言ってて悲しくなんねぇのか…?」
『ぜぇ〜んぜん…っ!だって、もう慣れちゃった事だもん!他人に言われる前に自分で言い聞かせときゃ、いざ実際にリアルに言われた時のダメージも薄れるってもんさ…!』
「で…?実際に“役立たず”だとか“穀潰し”だとか、大将の事を“要らない存在”だと言ってきた奴は居たのか…?」
『居たよ…?其れもバッチリ身内にまで…!此れ、本当の本当にガチな話だよ!いやぁ〜、流石の面と向かって“じゃあ、死ね”って言われたのは効いたなァ〜……っ。まさか其処まで言い切られるとは思ってなかったからさ。其れだけ私の存在がウザかったんだろうねェ…あまりにウザくて、口から零れ出る程には邪魔でしかなかったんだろうね………。実の娘なのに、私だけは、要らない存在でしかなかったんだろうね……ッ、』


口にした後で後悔した。

未だ、心の内で解し切れていない事を口にしたせいで、其れまで保っていた虚勢が崩れ始める。

喉が焼けるように痛んで、嗚咽が込み上げてくる。

次第に、情けなくも泪が溢れてきそうになって、必死で抑え込む。

でも、もう其処まで来てしまっては、取り繕い様が無かった。

一度決壊したダムは、溢れる事でしか止められない。

何時からか情緒不安定になってしまって以来、一度感情が昂ると勝手に泪が出てくる様になってしまってしょうがないのだ。

自分でもどうしようもない事に、余計腹が立って嫌気が差してくる。

そんな時は、大抵自分を呪うのだ。

“こんな存在居なければ良かったのに。”

“そしたら、こんなに苦しむ事も、悲しむ事も、泣く事も無かったのに…っ。”…と。


『皆々、私が悪いんだ……っ。私が居たから…私なんかが居たから、皆を不幸にした…ッ。私は疎まれて当然の奴なんだ……!私は不幸しか呼ばない疫病神だ…ッ。このまま生きていても、きっと何も良い事なんか無い……ッ、何も出来ない、だだの不出来で塵屑の穀潰しでしかないんだ…!だから、私はさっさと死ななきゃいけないんだァ…ッ!私が死ねば皆楽になれる…、皆不幸になんてならなくて済むんだァ…ッッッ!!』
「…そいつは悪ィが、出来ねぇ相談だ。残念だったな…?」
『……、ぇ…………っ?』
「悪いが…俺は、アンタを生かす事しかしてやれねぇんだ。元よりそういう刀(ヤツ)なんでな。俺は、一度主となった相手を殺す気も無ければ死なすつもりも一切無い。…死なすのは信長さん一人だけで十分だ。」


泣き喚いていた私の目を確りと見据えて、彼は言い切った。


「アンタは俺の大将で、絶対に守り切ると誓った人だ。そんな人を、みすみす自殺なんかさせて堪るかよ。大将の事は、何が何でも俺が守り通してみせる。…自殺なんかしたくてもさせてやるもんか。幾ら頼まれようが懇願されようが、死んでも絶対にさせてやらねぇよ。」


…嗚呼、なんて残酷な言葉を吐くのだろうか。

其れでは、まるで地獄の様な世界でも生きろと言っている様なものではないか。

そんなの、ただ辛いだけなのに。

生き続けていく事こそが最も辛く苦しいものなのに。

彼は、其れを私に強いるのか。

死ぬより生きる方が地獄だというのに。

私を、楽にさせてはくれないのか。

…彼は、まだ私に生きろと言うのか。

泪が堰を切って、嗚咽が止まらなかった。

過呼吸になりそうになりながらも無理矢理息をする私に、彼は背を擦り手持ちの袋を私の口に押し当てる事で私の命を延命させた。

延命措置なんてしなくて良かったのに。

いっその事、過呼吸で呼吸困難になって死なせてくれたら楽だったのに。

どう足掻いても、彼は私を死なそうとさせてはくれなかった。

どんなに辛い事が起きようとも、惨めに醜く地を這い蹲ろうとも、彼は絶対に私を死なせてはくれなかったのだった。

其れが、彼という刀を保持した私の宿命である。


―“死にながらも生き永らえろ。”


此れが、今を生きる私の業に刻み付けられた彼の言葉なのであった。
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