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それから、俺は数日間走り続けた。見慣れた場所を探し、見慣れない場所をさまよいながら。
空が明るくなると、祭りでもあるのかと思えるほど数えきれない人が溢れかえり、様々な形をした籠が道を走る。

(ここに…)

俺が最初に降りた人里は田舎町だったようで、町の奥の奥へと迷い込むと、更に見慣れないものが増えた。
目が眩むほど高い建物と、細長く大量の人を乗せて走る車。食欲を刺激するいい匂い。
時に繁華街を見つけ、眩しすぎる灯りに気分が悪くなる。

『この顔にピン!と来たら110!』

街中で見つけた看板に足を止める。
ここの文字は俺が居た所の文字より読みにくい。知っている字を繋げてなんとなく意味を理解する。
殺人を犯した男を見つけたら連絡をしなければいけないらしい。ここで殺人をすると罪になるようだ。

(ここに…)

ここで、殺人を犯すと罪ならば。

「ねー、ママーお面の人がいるよ」

「なにあの格好。ウケる」

「ハロウィン先取りしてんのか?あいつ」

(……)

一度だけ人目につくような昼間に街中を歩いたみたら、どうやら俺の井出達がおかしいと知る。
皆、不審な目線をよこし、その視線が居心地悪く、すぐに屋根の上へと逃げた。

(ここに…)

最初の数日は我慢できたが、流石に腹が減ってくる。幸い、幼児が遊ぶ広場にはよく水飲み場があり、水には困らなかった。
腹を空かしながら夜の街をさまようと、自分は欲望の塊で出来た化物のように感じて、久しぶりに悲しみを感じた。

(ここに…)

基本的に昼間は人目につかないよう木の上や屋根で眠り、夜に行動を起す。
帰り方を探し、ただただ夜の街を走り抜ける毎日。街をさまよっても解決策など見つからないとわかっているのに、俺は夜の街をさまよった。
ある夜、雨が降ったので仕方なしに留守の民家へ忍び込んだ。季節は冬だったため、流石に堪えてきたのだ。
この時代に来て初めて室内に入ったが、家の中の温かさに驚いた。その家は子供がいる一家の家の様で、居間に色鮮やかな遊具が転がっていた。
台所に果物が入った籠があり、心臓がつぶれる思いで貪った。自分は若くしながら優秀な忍として当主の元で働いているのに、今は忍び込んだ民家で盗みを行っている。

(ここに…)

その日は、屋根裏に身を横たえ眠った。ここに来て、初めて膝を抱えて奥歯を食いしばりながら。
屋根を叩く雨音が、不安と憤りを煽っていった。

(ここに俺の居場所はない)

その夜、確信を固めた。ここは俺が居た時代ではないのだ。あまりにも物事が発達しすぎている。
平民達も豊かで、戦などないのだ。この時代で、俺は意味がないのだ。そう、俺は先の世に来てしまったようなのだ。時代を移動してきてしまったのだ。
何故俺はここに来た?帰り方など分からない。突然ここへ来たように、突然帰れる日が来るのだろうか?
帰れる日が来るまで、俺はここで暮らしていかなければ行けないのか?

(明日、死のう)

何故か、死ねば簡単にやり直せる気がした。
この時代は居心地が悪い。この時代での生活力など、俺は携えていない。
無駄に過ごすだけならば、さっさとケリをつけてしまおうと考えながら眠った日。


―早すぎた夢、か…―


「……」

長い、長い夢を見ていた気がする。
そういえば、俺はここへ来る前、何をしていたのか。考えても考えても思い出せない。
ただ、夜に浮かぶ月を見上げると、切ない感情がこみ上げてくる。

(いつか、帰れる日が来るのだろうか)

夢の中で男が呟いていた。男の顔は暗くてよく見えない。あの男は、俺になんて言った?
死ぬ事に恐怖などない。しかし、死んでしまえば、当主を守るという契約が。

(…いつか)

再び夜の街を駆け抜ける。眩しい灯りを通り過ぎながら、安息の場所を求めて。
いつか、過去の時代に戻れる日が来ると信じながら。

20180527