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長い、長い夢を見ていた気がする。それとも、これが夢の中なのか。

(久しぶりに)

久しぶりに深く眠れた気がして、頭の中がやけに軽い気がする。
どうしてこんなに眠ってしまっていたのだろう?今日は非番の日だったか?

「……」

身を起すと、何故か森の中に居た。
鳥の目が獲物を捕らえるように、直ぐに視界は慣れ、今が夜であり、肌に感じる冷気が冬に近い季節だと知らせる。
考えた事はこれが敵の手に落ちてしまったのでないかという不安だった。まやかしか幻術にでも陥ったか。
周りを良く見渡すと、見覚えのない森。そして、眠る前は何をしていたのか、何故こんな所で眠っていたのか?

(…ここは、里の森ではないな)

里帰りでもしていたか?物忘れをしてしまった自分に驚きを感じるが、里帰りした覚えなどないし、もう里に戻るつもりはなかった。
とりあえず身を起し、森の中を進んで突然の状況に手掛かりを探す。
雇い主の元で護衛や隠密行動を行っていたはずだ。いつに眠り、何故見知らぬ森にいるのか。

(……)

夜空を見上げる。

(……どこかで)

零れ落ちそうな黄金の雫。満月がぽっかりと浮かび、輝く月の夜に。

(……)

何かを思い出しそうになる。こんな月夜に、覚えがあるような。

「……、」

そんな事を考えながら歩いていると、突如目の前が拓けて道へと出たのだが。

(なんだ、この道)

山肌に沿って続くその道は、人の手で仕上げたとは到底思えない石の道だった。
初めて見る地面に触れると、ざりざりとした触感。石のようだが、明らかに石だけでは出来ていない。
その道をよく見ると、ちょうど真ん中に白い線が描かれている。そして道を沿うように橙色と白色の棒が一定間隔で立っている。

(ここは一体…。…!)

すると鍛え上げた聴力が遠くから不思議な音を捕らえた。唸るような、低い一定の音。
誰かがほら貝を吹いて?と思ったがそれとは違う、初めて聞く音だ。得体の知れない音はこちらに向かってどんどんと近づいてくる。

(なんて早さだ)

その低い音は考えられない速さでこちらへ向かってくる。馬だとしたら蹄の音がするだろうし、こんな速さを出せるのは同業者としか。
山道の草陰へ身を隠し、肩に備えいてる小刀へ手をかける。

「…!」

来た!思った瞬間、驚いた。普段は鍛錬のお陰で感情がぶれる事がないのだが、流石の俺でも驚いた。
その音は目の様に二つの光を放ち、一瞬で通り過ぎたのだ。見たことのない形をしていた。籠の様だった。
籠は滑らかに山道の角を曲がっていった。明らかに馬ではないし、あんな体をした移動手段を使う忍など聞いたことがない。

「…っ」

ここは一体どこなんだ、何故ここに俺は居る?
その疑問が体を突き動かす。突如置かれた状況に、今は少しの手掛かりでも確認したい得たい。
籠に追いつけ、と並走するように後を追う。しかし、その籠の速さは人の者ではなく、追いつくのがやっとだ。
しかし見失う事はないだろう。その籠の後ろも赤く光っており、暗い山道にはよく映える…。!。

(…な、んだ?)

森の影に身を隠しながら走っていると、次々に訪れるものにまたも驚いた。
道の途中には背の高い灯りが光っているのだ。それも、いくつもだ。火を焚いているのかと思ったが、その灯りは火ではない。
火を灯す棒も木ではないし、道の所々に不思議な看板があるのだ。そして、一番驚いたのが。

(俺は…死んだのか?)

しばらく走り続けると、山道がなだらかになり下界か…と思った瞬間、星空が視界一杯に現れたのだ。目下にだ。
なぜ、下に星空が…。思わず夜空を見上げたが、上にも星空。ここは死後の世界かと思うほど、美しいと思える瞬きだった。
心がざわめく。あの星空の中に降りて行ってもいいものなのか?やはり、俺は幻術にかかっているんだ。
これが幻術ならば、と願うほど。

(こ、ここは…)

籠を追い続け、どんどんと拓けていく。所々で見たことのない小屋を見たが、それがどんどん増えていく。

(…?…?)

人里に降りて来たのだろう。木々がどんどんと無くなり、身を隠せる場所が減ってきた。
追いかけていた籠は、初めて目にする奇妙な物に足を止めている内に見失ってしまったようだ。
見失ったようだが、またさらに大きさや色を変えた籠がいくつも走っているのだ。

(こ、このまま、先に進んでもいいのか?)

そして、人がちらちらと歩いているのだ。
忍の里で育ち、当主の城の元で暮らしているから分からなかったが、平民はこんな夜中でも出歩くのか?
人に見られないよう、角を曲がったり建物の影に隠れているうち、どんどんと街中に迷いこんでしまった。
道は先ほど走ってきた山道と似ており、更に平らにどこまでも続いている。建物はほとんど民家だと思うが、どれも城の様に高く頑丈そうだ。
そして、建物は暖かそうな灯りを窓から放つ。

(どこなんだ、ここはどこだ)

心なしか息が切れる。ざわざわと背後から不安が追いかけてきて、それから逃げるように街中を進み続ける。
誰か教えてくれ、ここはどこなんだ!

「君!」

「…―っ!」

すると目の前が急に明るくなった。逃げなければ!と焦りが、思わず足を地面に縫い付けてしまう。
明かりの正体は、紺色の服を身に纏う男が乗っている馬からだった。
馬は明らかに生きておらず、男が跨る前後に大きな車輪がついている。

「君、中学生か?もう12時になるぞ?」

「……」

「それ甚平?寒くないか?」

「……」

男は不思議ないで立ちで、頭には見た事のない笠をかぶっている。そして見知らぬ俺に、慣れたように質問を浴びせてくる。
姿を見られた、殺さなければ!ずり、と一歩後ずさり構えを取ろうとし、ふと思う。

(ここは明らかに俺がいた国ではない)

あまりに違い過ぎる環境。帰り方を自分で見つけられる気がしない。ここは仕方なしに、誰かに尋ねるしか道は開けない。
男はその馬から降りると、俺の目線に合わせるように俺の顔を覗き込んできた。

「血…?あ、ペイントか?」

「…」

「背中のそれは竹刀?柔道か剣道の稽古帰り?」

「…っ」

「最近の剣道は変わった面をつけるんだな」

「…?」

「…君、年齢は?どこの中学?家はどこ?」

「……」

「答えなさい」

「……」

「その面を外して答えなさい」

男は慣れた口調で意味が分からない言葉を繋げる。そして男が命令口調になった時、思わず喉が震えてしまった。

「…、ここは…どこだ」

「え?」

「ここはどこだ、何故俺はここにいる」

「…迷子?」

「……」

迷子と言われれば迷子かもしれない。

「…目が覚めたら、ここに居た」

「…!」

「帰り方を教えてくれ」

「よし、交番に行こう。すぐそこだから」

すると男は肩に付いていた黒くて小さな箱を肩から外し、その箱に話し始めた。

「―こちら三丁目付近。中学生と思われる男児を保護」

(誰に話して…?)

「外傷なし、意識あり、迷子の様だが事件に巻き込まれている可能性有」

(…俺は事件に巻き込まれているのか?)

『―了解』

「?!」

すると、その箱から返事の声。その箱の中に人がいるのか?その小さな箱の中に?
そんな筈はない。誰かと連絡を取っているんだ!そんな手段があるなんてあり得ない!

(―ここは、俺がいた世ではないのか…?)

山道を見つけた時からじわじわと感じていた違和感が、確信へと近づいていく。

「さ、いこうか」

「…っ」

「あ!君!」

違和感が逃げろと警告を鳴らす。確信の欠片が、自分の存在をこの世の人間に知らせてはいけないと。
勢いよく走りだし、男から逃げ出す。男は馬に乗ると前後の車輪を回しながら追いかけてきた。
なるほど、あの馬に乗れば二足で走るよりは早く走れるのか。

(……)

男を振り切り、屋根の上に飛び乗る。高くなった目先に広がるのは、どこまでも続く建物の影と美しい光。

20180520