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- ナノ -

(…名前!)

名前一家を乗せた籠が山道を下っていく。
その籠を追いかけるように、山道横の森を全速力で走る。全速力で走る事は久しぶりだった。
だんだんと早く走る籠は、どんどんと離れて行ってしまう。

「はあ、はあ」

最後に一度だけ、最後にもう一度だけ名前の笑った顔がみたい。
追いつくはずがないのに、あの黒い窓を開けて名前が森へと笑いかけてくれたら。
元々足には自信があった。幾らでも長く早く走る事が出来た。
しかし、だんだんと山道の明かりが増えてきて、対向の道からも違う籠が走ってくる。
そして鬼畜とばかりに疲れを知らないあの籠は、流石の俺でも追いつけなくなる。
もう追いつけないと足を止め、あっという間に小さくなって山道に消えた、赤い光にさよならを呟いた。




(つぎはいつ会える?)

思い切り地面を蹴り葉がガサガサと音を立てる。
人工的な灯り一つない森の中を、荒ぶる獣の様に走る。
己の寝床へ戻るため、落ち着かない心を散らしたいがため、俺は獣のように一心不乱に走った。
名前を親の元に戻したこと。これでよかったと思いつつ、酷く後悔していた。

『おまえを嫁に貰いたい』

あれは本心であった。こんな想いは初めてだった。名前にもう会いたい。会いたくて苦しい!
名前はこの日の事、忘れてしまうだろうか。俺のとの約束も無かった事にしてしまうのか。
体がどんどんと重くなる。獣だった足は次第に重りをつないだ、囚人のように自由が利かなくなる。

(俺は)

こんな想い、知りたくなかった。もう、当主の元に戻りたくない。名前が戻ってくるのを信じて待っていたい。
鈴虫がリーンリーンと鳴き、夜空はたくさんの星が瞬いていた。星降る夜だ。月が瞬く星達を統括するようにぽっかりと浮かぶ。
とぼとぼと森の中を歩き、やっと寝床である穴倉へたどり着く。
今日はなんて一日だったんだ。あのおなごの存在が、俺の考え方生き方を全て変えてしまった。
疲れた体を引きずるように穴倉を歩き、倒れこむ様に寝床へ転がった。

「…?」

すると、腹のあたりで違和感を感じ、違和感を引っ張りあげる、と。

「……っ」

これは、と小さく呟く。名前が着ていた傘が縫い付けられている桃色の上着だった。
この時代の着物はずいぶんと柔らかく、皺になりにくい生地で出来ている。
会いたいと思っても、この広い国では探しようがない。俺からは会いに行けない。

名前、待っている。永遠に待っている。

(お前が会いに来てくれる日を)

夢見てその桃色の上着を抱きしめ、顔を埋める。
いつかは消えてしまう、あのおなごの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。それだけで今は満ちていく。



20180901