「名前!名前!」
「ん―…?」
遠くで私を呼ぶ声。あ、私あのまま寝ちゃってたんだ。
私を呼ぶ声に身じろぐと、肩をゆさゆさと揺さぶられ、強制的に覚醒へと導かれた。
「――ん?こたろ…」
「名前!」
「ああ、名前よかった!」
寝ぼけ眼をこすると視界にはママの顔。私が目を開くと同時に、涙声のママが私を抱きしめた。
あれ?私、小太郎の所に…。だんだんと覚醒してきた視力で回りをみまわすと、安堵しきったパパの顔。あ、妹もいる。
そしてここが室内で長椅子に横たわっているのだと気付く。
「ママ、ここは…」
のっそりと身を起すと、ロビーの様な場所で室内には何人かの大人と…うわーお巡りさんがいるー。
頭を回転させて今日起きたことを思い返す。私、崖から落ちて、小太郎の所にいたのに。
(私、そういえば)
小太郎からプロポーズされて、恥ずかしくて寝ころんだらそのまま寝ちゃったんだ…。そこから記憶ないもの。
「ここはキャンプ場の受付だよ」
「私…!」
は、と気づく。膝にまかれていた布が無くなっていて瘡蓋になり始めた膝小僧。
「もう、大変だったんだぞ!お前がいなくなってお巡りさん呼んで!」
「あ、わ、そっか」
「キャンプ場の人、皆が探してくれたのよ?」
「うわ、申し訳ない!」
「ついさっき、キャンプ場入り口の山道脇で倒れてるのを見つけてくれたのよ」
ママは優しくみつかって本当に本当によかった、と私の頭をなでる。
そうされると崖から落ちたばかり不安感を思い出して、私も声を上げてママに泣きついた。
後ろのお巡りさんが無線機で発見、外傷特になし、と話しているのが耳に残った。
「もう、パパの傍から絶対に離れないで」
ごめんね、ママ。しばらく泣き続け、落ち着いた頃にお巡りさんが優しく聴取を始めた。
泣きつかれてぼう、とする頭が冷静に思慮を回す。
(小太郎の事は)
大人には言っちゃだめだ。
忍者の男の子が山奥で暮らしてるなんて、もしニュースになっちゃったら。
(小太郎の事は、心にしまっておこう…)
私は崖から落ちて、キャンプ場に戻るため山道を適当に歩き続けて来たとだけ、お巡りさんへ説明した。
後ろで聞いていた管理人のおじさんが、あの崖から落ちてよくここまで戻ってこれたね、と驚いてチョコレートをくれた。
幸い、私はニュースにするほどの事故ではないとの事で、今日はここまま家に帰ってもいいという事となった。
「明日は学校お休みして、念のため病院行こうね」
「…べつに、大した怪我じゃないよ」
時計を見ると聴取されていた時間もあってか、すでに20時だ。
「パパ、今から帰るの?」
「おう。パパ運転頑張るからな。お前はゆっくり寝てればいいよ」
「……」
胸が、張り裂けそうになる。
この山を出るという事は、小太郎とさよならするという事。小太郎は、この山奥でまた一人、たった一人で生きていくんだ。
喉の奥がぐぐ、と痛くなる。小太郎の寂しさを想うと、胸が切ない。小太郎に会いたい。…また、小太郎に会えるよね?
「この時間なら高速も空いてるだろ」
「途中で仮眠してもいいからね」
「んー明日は午前休とるわ」
真っ暗なキャンプ場は明日から平日とあり、テントはほとんどなくなっていた。
管理室の外灯には虫が集まり、ジワリと地面を照らす。うちの車がウィンカーをチカチカと赤く点滅させ、不思議な雰囲気を作り出す。
妹は姉の遭難劇に疲れたのか、パパに抱かれて後部座席へ。
「ほら、お礼を言いなさい」
「迷惑かけてごめんなさい。お世話になりました」
「ああ、また遊びに来ておくれよ」
「…はい」
管理人さんとお巡りさんにお礼をしたあと、車へと乗りこみ。ドアを閉めて森の暗闇を見つめた。
(小太郎、元気でね)
どうか、小太郎が元来た時代へ帰れますように。
「名前、着ていたパーカーは?」
「あれ、そーいえば」
「新しいの買いましょうね」
「よし、うちに帰るぞー!」
車はゆっくりと動き出し、キャンプ場の坂道を下っていく。
またいつの日か、小太郎と再会できる日を願い、私は再び眠りに落ちた。
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