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「あ、お帰りー」

「……」

水を汲みに行く間に悶々としていた思考が収まった、が、穴倉に戻るとその思考は再び湧き上がる。

「水場って近いの?」

「…滝壺がある」

「へえ!行ってみたいな」

穴倉に戻ると名前は着ていた上着を脱ぎ、尻の下に敷いていたのだ。
随分薄着だと思っていたが、上着を脱いだ名前の二の腕が露わになり、…。

「暑いか?」

「涼しいよ?」

「…」

まず根本的に会話のやりとりは面倒だ。その二の腕を隠してくれと言えず、小さく息を吐く。
名前の右足を冷やすため、何も考えるなと己を制して処置を進める。

「ありがとう〜。なんかごめんね」

向けられる明るさがぐさぐさと刺さってくる。

「…水、飲むか?」

なんとかしてこの状況を変えたいと話を移すが、どんどん墓穴を掘っている気がする。

「うん!ありがと!」

そう礼を当たり前の様に返されると、俺はどう対処してどう行動したらいいのか。
はあ…。心の中でため息を吐いて水桶の水へ右手を差し込み、水をすくう。そして指の隙間からこぼれないよう、つい、と名前の口の前へ差し出した。

「―えっ!!」

「…」

「コップちょーだい!」

「…こぷ?」

「え、と。ないの?」

「……?」

「あ、い、頂きます…」

名前の顔がぼん!と一気に赤く染まった。なんだ?と首を傾げながら名前のくちばしへ掌の側面を押し付ける。
掌の水がちろちろと名前の唇の中へ吸い込まれ、コクコクと喉が鳴る。

(………あ?)

名前が頬に落ちる髪を耳にかけた瞬間だった。

(…)

髪に隠れていた耳たぶ、そこが真っ赤に染まっている。それを確認した瞬間に、どくどくと胸が鳴りだしたのだ。

(なんだ?)

―どくどくどくどく
急に、何だ?心臓が早く鳴り打つ。どうしてこんなに乱れて?

「あ、ありがと…」

「?」

「うん。ごちそうさま…」

名前は急にしおらしくなり、真っ赤な顔を下へ俯ける。そんな名前を目の前に、俺も騒めく胸に混乱していた。
こんな風に胸が鳴るのは久しぶりだった。この時代に来た時も大きく動揺したが、その時とは違う騒めきだ。
どんどん、と心臓が胸の内を大きく叩く。あまりの躍動感に痛みすら感じてしまう。

(痛む…)

この心臓の痛み、覚えがあった。思い出すのは数年前に初めて房中術の手ほどきを受けた時の事だ。その時の緊張感に似ている。
急に静かになった名前を呆然と見下ろしていると。
―ぐるる…

「あ」

名前の腹が鳴った。その腑抜けた音に、思わず口元が小さく緩む。

「…」

「わー!わーごめん!だって、朝ごはんから何も食べてないし!」

恥ずかしい!と真っ赤だった顔を更に赤くさせ、両手でお顔を覆った。
朝餉しか口にしていないのだったら、確かに腹は減る。彼女を穴倉に連れてきてから時間は経っていて、もうすぐ夕刻だった。
俺は入り口に置いてある食料を保存している箱をごそごそ。

「蛙と雀の干し肉」

「えっ…えー!やだ!」

「…蜂の幼虫」

「げー!食べてんの?きも!」

「…」

保存食に否定的な名前に呆れつつ、また足早に穴倉を出発する。貴重な栄養源なのだがな。
山の宿場や民家を見て思ったが、この時代の食事はかなり発達している。この時代の人間は素材のまま食べないのかも。
幸い今は夏の終わり。ここに来たばかりよりは食料が調達しやすく、野草や木の実が良くなっていた。

「うー!小太郎ごめんね!ありがとう」

「…」

名前でも口にできそうな木の実や果物を収穫し、足早に穴倉へ戻る。
横へ腰を下ろしてどさどさと収穫物を床に置く。ん、と割ってからあけびの実を渡すと、名前は首を傾げた。

「これ、どうやって食べるの?」

「甘い」

「へえ!」

「あ、ちが」

名前はがぶりと白い部分にかぶり付き、違うと止める前に顔をしかめっ面へ。

「うえ、え!苦い!」

「……ふ」

名前の行動を見ていると何故だか胸がじわりと温かくなって、思わず吹いてしまった。

「ここ。黒い種は出す」

「ん!」

「?」

「甘い!おいしい!」

今度は甘味を感じた喜びの笑みが広がって、またじわりと、胸が温かくなった。
俺は今、夢を見ているのかもしれない。元の時代にいた時は何も感じず、喜びも悲しみもなかった。
しかし今、突如現れた存在に、心が大きく揺れる。生きる為に寝食を繰り返す日々、身の危険もなくただぬるく過ぎる日々。
…このまま、ここに。

「…名前」

「ん?」

「ずっとここに居て欲しい」