ごめん、ごめんね。助け方なんてわからないよ。
おなごは心底申し訳なさそうに目をそらす。時代を超える方法を、平凡なおなごが知る筈もない。
「……」
俺もおなごと同じように目をそらし、視線を床へ落した。おなごにみっともなく助けを求めるなど、自分でも情けないと思う。
自分の生い立ちを話していく内に胸が苦しくなってしまったのだ、本音が漏れてしまったのだ。
「…小太郎はさ」
「?」
訪れた沈黙をおなごのか細い声が打ち消す。
それでも穴倉の中は静かで、背後の外の明るさがつやつやと音となりその体を照らしている。
「この時代に来れてよかったよ。もう、人を殺さなく済むじゃん」
おなごがつやつやと静かに輝くのだから、対比して俺は輪郭のない影のようだ。
「忍者って聞くとヒーローみたいでかっこいいと思ったけど、忍者って本当は辛い仕事なんだね」
「……」
「小太郎には家族いるの?」
「…知らない」
「……そっか。寂しいよね」
その肌艶から、まるでどこかの姫君のような体だと思った。しかし、忍を嘆いた姫など聞いたことがない。
俺は元いた場所で村娘とかかわった事がない。大体どこの娘も、平民ならばこうして忍を嘆いてくれるものなのか。
「小太郎、うちにおいでよ!」
「…!」
「パパとママ…あ、昔だと父上、と母上?」
「…?」
「うん。家族にはちゃんと説明して、なっとくさせるから!」
「…」
「小太郎がどれだけ殺してきた知りたくないけど、まだ13歳なんでしょ、間に合うよ」
(間に合うなんて…)
川へ行ったとき、名前と妹の存在を確認した。その時はどうとも思わなかったが、今思い出すと明るく、眩しかった。
キラキラと光りだす名前の瞳から目が離せなくなる。いい提案だ!と食いついてくるから、今度は俺が後ずさりしたくなる。
「ちゃんと罪は償って、帰り方がないならさ、この時代でちゃんと生活しよ!」
「……」
「小太郎運動神経すごくいいし、スポーツ選手になれるよ!将来お金持ちだー!」
「……」
「山に籠ってないでさ!お布団で寝た方がいいよ」
胸がじりじりと焦げていく。過去など消して捨てたのに、里で言いつけられた呪いの様な喜びを思い出す。
『お前は風魔小太郎だ』
名前と暮らせる?名前と同じように生活できるのか?
「……」
「小太郎?」
「―…水を、汲んでくる」
会話を打ち消すように立ち上がる。
名前の瞳は輝きを失わず、きらきらとしていて苦しくなる。
「うん!気を付けてね!」
名前がにこにこと笑って見送りに手を振る。
苦しくなっていた胸がさらに苦しくなった。こんな風に笑顔を向けられたり、厚意を受けるのは初めてだからだ。
盗んできた青く軽い水桶を持ち、足早に穴倉を出る。
(…俺が)
穴倉を出てやっと安堵の息を履けた。
あの薄暗い穴倉の中が、名前がいる事でなんだか太陽の真下にいるような明るさを感じた。何故だか甘い香りもする。
(名前と…)
山を出ればあのおなごと暮らせるのか、あの眩しい肌と甘い香りを放つおなごと。何よりも興味深く困惑させるのは、俺に向けられるあのにこにことした顔。
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