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- ナノ -

(百)

心の中で五百を数え終えふう、と息を吐いて木の枝から手を離す。地面に着地し、懸垂を終えた腕をぐるりと回した。
鍛錬を終え、水を飲もうとと滝壺へ…。ついでに水をくむか、と水桶をとりに穴倉へ戻る。
この時代にやってきたから数ヵ月が過ぎていた。冬だった季節が春となり夏となり、秋の気配を感じるここ最近。
町の明かりから逃げるように走り回り、この山へとたどり着いた。この山で住家となる穴倉を見つけ、生活に必要な物資を作ったり探しに行く日々。
守るべき当主と仕事を失い、肉体が衰えないようにと、一日のほとんどを鍛錬と食料探しに使っていた。

「…」

いい天気だ、と空を仰ぐ。まさか、自分にこんな穏やかな気持ちで空を見上げる日が来ると思わなかった。
忍として危機管理能力が衰えていく足音を、じわじわと感じながら。

「…ぷ、は」

どぷ、と水面に頭ごと顔を付け、水中でごくごくと水を飲む。鍛錬後の水が旨いと感じたのは、ここへ来てからだった。
穴倉の近くには小さすぎず大きすぎない、丁度いい大きさの滝壺があった。
山の岩肌からザバザバと水が落ちてくる。水浴びにもちょうどいい深さだし、冬になれば滝行を行えそうだ。

(今日は…いないか)

小さな滝口からたまに川魚が流れてくる事がある。そんな日は運がいい、と魚肉にありつく事ができるが…。

(捕りに行くか)

ここから距離はあるが、山の入り口へ行けば大きな川が流れている。しかし、そこは山の入り口故に民家があったり、宿場の様な広場があった。
見つからない自信はあるし今夜は魚が食べたいとなり、身支度を軽く済ませてから川へと走り出した。








(…?今日はやけに…)

川に着くと、川の向こう側にある宿場から大勢の人の気配がする。
あの宿場でたまに食料や物資の調達をしてしまうが、こんなに人が多いと近づくのは避けたい。
数匹捕ったら戻るか、と手製の釣り竿を振る。今度来るときは一度に沢山捕れるよう仕掛けでも作るか?
と、考えていると足音が近づいて来た。まだ一匹も取れてないが仕方ない、と釣り竿を引き上げて後ろの草むらへ。

「おおー!すごい!」

「魚居るかな!」

すると、向こう岸の草むらから現れたのは二人の姉妹らしきおなご達だった。一人は同じ年頃の娘だ。
こちら岸の森にはすぐに高い崖がある。おなご達から逃げるように崖を飛び立つと、背後に視線を感じたが気にする程度ではないな、と着地に備えた。









(…そろそろ)

宿場に人が多いな、と気づいてから翌々日。そろそろ人も減っただろうと、再び川へ向かっていた時だった。

(…あれは)

山肌を駆け上がろうと、一際高い木の先から飛び立った時だった。いつもの山の風景の中に、緑と茶色の隙間から場違いな薄紅色が見えたのだ。
その薄紅色は、あのおなごが着ていた着物…。え?

(あそこから落ちたのか?)

おなごが崖を背にして蹲っているではないか。