「ほんと!居たのよ、野生の猿!」
「ママ〜私もお猿さん見たい〜!バナナあげたい!」
「ぇえ〜こっちきて悪さしなければいいけど」
野生の猿って凶暴だし、人里に降りてきて食べ物盗むのよ。ママが夕方のニュース特集でやっていた小ネタを披露。
ほらお肉。とママはグリルから焼けたお肉を妹の皿へどんどん乗っけていく。
私はお昼に見た猿の影が気になって、お肉の優先順位どころではなかった。
(猿にしては大きかったような…あれ?羽が生えてたような?)
思い返せば返すほど、昼間に見た影の形が分からなくなっていく。
草陰をざ、と走ったあの影。向こう岸に人はいない筈だからやっぱり猿?
「おまたせ〜次は塊肉焼くぞ!」
肉と魚が乗った大皿を、安定感があるんだか無いんだがよく分からない折り畳みテーブルへ。
「パパありがと〜」
水場で肉と魚を捌いてきたパパが戻ってきたのだ。
(熊だったらどうしよ)
にじにじと肉を噛みながら、大皿の魚を見つめる。
そうだ、熊って魚を捕るんだよね。だから川にいたのかも。ああ〜よくキャンプ場とか山で熊に襲われたニュース聞くわ〜。
「そんなに気になるのか?」
「へんな心配になってきた…。熊だったらどうしよ」
「はは!この山に熊はいないよ。鳥だよ」
「…え?鳥?」
パパはビール缶のノブをカシャ、と開けて大口で笑って見せる。
「さっき水場で管理人にあったんだけどな、最近このあたりの山にでっかい鳥が住み着いたんだと」
「え?でも私が見たのは」
人影の用だったから猿だと思ったけど…。
パパはぐびぐびとビールを煽り、おやじ臭いプハー!
「鳥だったのかなー…」
「なんかな、数ヵ月前くらいからでっかい鳥が山の中飛び回ってるんだと」
「ええ〜怖いわぁ。鷹?トンビ?」
肉食の鳥は犬くらいの大きさの動物だったら攫ってくんでしょ?と、ママがまたも夕方のニュース特集で見たというネタで突っ込んでくる。
犬を攫って食べた鳥のニュースなんて日本で聞いた事ないよ、と突っ込み返し。
「いや、ママの情報はあながち嘘じゃないぞ」
「鷹が犬食べる〜?」
「なんかな、管理人の畑や水場においてあった食料がよく無くなるんだと。しかも5sの米も袋ごとなくなったんだと」
「鳥が盗んだってこと?」
「まさかー。お米5sを鳥が運べるの?」
「管理人の親父がその鳥がデカ過ぎで、山の神様じゃないかって言ってたんだ」
「神様を見たんだ!お姉ちゃんすごーい!」
「まさか」
鳥の姿をした山の神様?なんか私すごい物見ちゃったんだな〜。
この現代で神様を見たとか。信じられないあり得ないと思いながら、焼けた肉をがしがしと噛みしめて、薄暗くなってきた夜空を見上げた。
(学校では言えないな)
仲良しグループの女の子たちに三連休に山の神を見たなんて。
女として協調性を重視するティーンエイジャー達に、神様を見たなんて言ったら変な子と思われちゃう。
私、すごい経験をしたんだなあ、私って特別なんだ。
12歳の秋、私は得難い経験をして、忘れられない特別な日を過ごしたと大人になったら思い出すだろう。
大切な思い出として胸にしまっておこう。
12歳の、若さゆえの自信が、自分は特別で特殊な人間だと思わせる。
だから、自分の身には大きな事故や事件なんて起きないし、起きても命の危機は迎えない。そう信じている。
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20180603
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