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―プルルルル

「ん?」

洗濯を終え身支度をしている時だった。リビングから電話のベルが鳴った。微妙にだるいな、と思いながら私は受話器を取った。

「はい、片倉です」

『―よ、元気か?』

「・・・あ!政宗君!」

電話の相手は、小十郎を紹介してくれた大学時代同級生だった政宗君。彼は小十郎と同じ会社だ。彼が電話してくるのは珍しい。

「どうしたの?」

『あ〜小十郎が会議に使う資料忘れたって。デスクの上だとよ』

「届けろって?」

『そゆこと』

「まあ、仕事は午後からだし別にいいけど・・・小十郎は?」

『もう会議室に入った』

「・・・間に合う?」

『そこはお前に掛ってるわけだ』

私は受話器を置くなり、デスクの上に置きっ放しのファイルを鞄に突っ込み家を飛び出した。
あーあ、小十郎ったら珍しく変なドジ踏むんだから。間に合うといいけど。
そんな彼を少し可愛く思い、胸を少しだけ弾ませた私は、やっぱり彼が特別なのだと再確認する。そう、時々再確認をしないと忘れそうになるから。



「ま、政宗君!書類!」

「お〜早かったじゃねーか。まだ会議終わってないぜ」

「は、早く小十郎に届けて、私たちの生活がかかってる!」

「はは」

奇跡的にも電車の乗り継ぎが上手く行き、思っていたよりも早く小十郎の会社へ駆け込む事が出来た。
小十郎の部下らしき若いリーマンが、資料を受け取るなりダッシュで社内へと走って行った。・・・余程大切な資料だったんだろうな。
今日の事、明日の朝ごはんの話題にしようと思う。そうすれば、少しは会話が弾むんじゃないかな。そう考えて溜息を濁らせた。

「珍しいね、小十郎」

「そうだな。この後仕事?お前」

「うん、このまま向かうつもりだけど」

「まだ時間あんなら、ロビーでコーヒー飲むか」

「うん」

政宗君は、折角来たんだから小十郎の顔見てから行くか?なんて聞いてきたけど、どうせ同じ家に住んでいるんだし。と受け流した。

「そうだよな、毎日顔合わせてりゃーな」

「そうだね・・・」

好きな食べ物だって、恋愛だって、同じ事の繰り返しは飽きるに決まってる。けれど、自分から変化を求める事が出来ないのは、変わってしまう事が怖いからだ。
一度友達に「あんないい男逃したら勿体無い」と言われた。その通りだと思った。勿体無い。その気持ち、すごく分かる。だって彼はやっぱりいい男だと思うから。
このままでいい、楽な方がいい。何かが起きる事は面倒くさい。

「政宗君は彼女居ないの?」

「まあ、その時その時、だな」

「一人に絞らないの?結婚願望とかは?」

「ないな。フラフラしていたい」

「自由だなー。まだ学生気分なの?」

「今は三十で成人だ」

「あっそ」

彼はコーヒーをグイ、と飲み干しゴミ箱へ缶を捨てた。穴を通りアルミ缶はガコン、と音を立てて落ちた。
私も飲んだら仕事へ行かなくちゃ。そう思い、コーヒーを飲み切ろうとした時だった。政宗君が一つ溜息を吐き、どこか苦虫を噛み潰した様な顔でこちらへ振り返った。

「お前、小十郎と結婚するのか?」

「え、な、何急に」

「もう3年目だろ?だったら結婚しちまった方がお前も小十郎もいいと思うんだが」

「え、ええ?」

彼の唐突な話題に、思わずコーヒーを吹いてしまうかと思った。私は笑いながら「何言ってるの」と彼の肩を叩いた。それなのに政宗君はどこか真面目な表情で。
しかし、彼の次の言葉によって、私の表情筋も笑っている場合では無くなった。

「お前ら、遠距離になったら別れる気がして」

彼の言葉に唖然と口が開く。一緒に暮らす私達に遠距離なんて単語はあり得ない。しかし、それを口にする政宗君が今私の目の前に居るわけだ。
遠距離の単語が脳みそでぐるりと回転して、その意味を掴むまで一時的に意識は停止する。
遠距離?どんな字でどんな意味だっけ?・・・なんて。

「・・・遠距離?」

「・・・?もしかして聞いてないのか?小十郎の転勤の事」

「転勤?!」

「―・・・小十郎の奴・・・」

やっちまったと言わんばかりの顔をした政宗君は、ああくそと頭を抱えた。そしてぶつぶつと、まだ言ってなかったのかあいつ。と。
頭の中がぐわんぐわんと揺れ、今日は4月1日ではないのかと疑ってしまう。

(転勤?)

ああ、もしかして、今朝言っていた話したい事って、この事だったの?
時計の針が一秒を刻み、そのたった一秒の中で走馬灯の様に沢山の感情や記憶がぐるぐると蘇る。
罪を清算できるのなら、初めて電話をしたあの夜に戻して欲しい。最初から、最初からやり直したい。
もっともっと、彼に媚びていればよかった。いつでも可愛いと思われる様に、留めて置きたいと思わせるくらいに!・・・そんな事、私には無理だったのかな。

「・・・大丈夫か?」

「・・・!あ、・・・うん」

「・・・・・・」

「・・・転勤ってどこに?」

「支店が名古屋にあってな、小十郎はそこの開発リーダーとして行くんだが」

「へえ・・・。凄いな、小十郎」

毎日彼の様子を見てるもん。仕事に打ち込む彼はカッコいいし、邪魔したくないと思う。私なんかより、仕事を選ぶのねってよく思うけど。
だって・・・面倒くさい事になるのが嫌で口には出さないようにしていた。本当はもっと、もっと私を見て欲しいのだけれど。

「あ。わ、私、もう行くね。遅刻しちゃう」

「・・・お前どうするんだ?着いて行くのか?」

「・・・着いてく?」

私、付き合い始めの頃はどんな風に彼と接していたんだっけ?そんな事は等に忘れてしまった。
小十郎も私に慣れ過ぎてしまった。私も彼も、相手を空気だと思って過ごしてしまった。そんな私達が行きつく先の結婚なんて、失敗に終わるに決まってる。
だけども、そう思っても、小十郎から離れてしまう事を想像すると、死んでしまいたい位に寂しくて悲しいと思うのだ。

(でも小十郎は・・・)

小十郎は出来た大人だ。男前で、しっかりしていて、筋が通っていて、だけども優しくて。人の事を考える事が出来る人間なんだ。
それは私が一番知っている。だからきっと、小十郎は私の事を考えてくれる。きちんと、先を見据えて。

「・・・どうなっても、どうしようって感じだなあ」

「難しいな」

「〜・・・。じゃあね、政宗君」

私は力なく政宗君に別れを告げ、フラフラと小十郎の会社を後にする。外はキラキラと太陽が光っていて、その光が眩しくて憎たらしかった。
心の中がぐずぐずと崩れていく。どんどん落ちていく。ああ、ばか。太陽よ空気を読んで。今の私には曇った空がいいのに。
眩しい光がつむじを射して、暖かさを感じながら一人沈んでいく。

―話がある―

泣きそうになるのに仕方無いな、と諦めた気持ちが湧く。
ああ、きっと小十郎は別れようって言うんだ。こんなに冷めた、生温い関係をずるずる続けるような人じゃない。彼はちゃんとけじめをつける人だ。
彼はきっと私の事を考えて、潔く切ってくれる、自由にしてくれるんだ。
だったら、だったら!私も小十郎の為に、覚悟を決めなくちゃいけない。小十郎の為に!