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階段を下りる度、パンプスのヒールがカンカンなる。階段を降りながら携帯を開くと、インターネットには災害用掲示板がトップへ来ていた。
電話、繋がらないかも。そう考えながら、兄へ電話を発信する。
受話器からは、プッ、ツーツーツー。その後に機械的な音声が回線のパンクを伝え、災害用掲示板へメッセージを残すように勧めてくる。
(くそう。なんで・・・)
鼻を何度啜っても飲み込めない。涙が止まらない。
佐助さんが言っていた事は、どうせ最後だから、ただ寄り添っていたいだけの物。の様なのに。もしかして本心なの?と思うと、胸がキュンキュンと疼いた。
うそでしょ、ああ!私佐助さんに凄く惹かれた!・・・あの人をとても愛しいと思う。バカじゃないの!?
―カン、カン、カン!
やっと最後の一段。その出口を飛び出すと、外はビュウビュウと不安を煽る様な強い風が吹いていた。
空が白い。だけど、あたりはうす暗い。
早く、パパとママとお兄ちゃんがいる避難所に行かなきゃ。月が落ちてくる前に、最後は家族の元に帰らなきゃ。
線路沿いに走れば近道だ。2時間・・・。いや、1時間半で着いてやる!
自転車に鍵を差し込み、籠へ鞄を押し込む。片手でハンドルを握り、バランスを取りながら大通りまで自転車を押す。
もう片方の手は、何度もリダイヤルを押し、兄の携帯へ電波を飛ばし続ける。
(ああ、お願い!繋がって!)
受話器からは、ツーツーツーと、変な機械音。
「・・・・・・」
・・・私は、なんとなく後ろを振り返る。私の働いていた会社。あの5階の窓―・・・。
「・・・・・・佐助、さん」
5階の窓には、亡霊のような人影。明るい髪色の、あの人が私を見ている。
(―・・・!!)
目が合ったその時、携帯の電波が繋がった。リリリリ、と狂いそうな発信音が耳に残る。
『もしもし!?お前何処に居るんだ?!』
「・・・・・・」
―俺は迷わず、君のアドレスを聞いたよ―
君って私の事なの?こんな事が起きなくても、貴方は私をよく思ってくれたの?アドレスを交換して、仕事以外での再会を約束してくれるの?それを、信じてもいいの?!
『名前!?』
「お兄ちゃん、ごめんね」
あんな目するなんて反則じゃないか!そんな、悲しそうに、大事な物みたいに、私を見ないでよ!
私は電話を地面に落とすと、自転車を押し倒して、ビルの中へ駆け込んだ。5階まで休まずに駆け上がると、5階のフロアからコーヒーの香り。
・・・今日はなんて一日だ!
「さ、佐助さん!」
「名前ちゃんっ」
「ず、ずるいんですよ!今日だから、だと思うのに、あんな目するから!」
ゼイゼイと荒れる息を、なんとか落ち着かせようと息を大きく吸う。
すると、スーツのゴワリとした感触が頬に押しつけられた。うう、抱き締めるのも反則・・・。
「俺の彼女になってくれる?」
「・・・・・・」
「好きだよ、大好き」
「・・・私も」
全体重を、佐助さんに任せると、私の息はスウと楽になった。
恋人を側に感じながら、月にアタックされるなんて。なんか素敵かも。
「よかった、このニュース・・・今日知って」
「え?」
「じゃなかったら、会社に来ようなんて思わなかった。佐助さんに会えて、よかった」
「・・・俺も、会えて良かった・・・」
佐助さんの手の平が、首筋を撫でる。
「佐助さん・・・私」
「大丈夫。エッチしながら死ぬなんてちょっとカッコ悪いじゃん?」
「ウフフ」
佐助さんのネクタイにぐりぐりと額を押しつける。この人が私の、恋人。
「俺達。超プラトニックじゃん」
「すごいね、綺麗だよ」
窓の外が、どんどん白くなる、空気と床が小さく震えだした。
「名前ちゃん」
「ん?」
「チューしていい?」
「・・・うん!」
今日はいつもどおりに朝が始まった。だから今日も普通の一日。ただ、嬉しい事に彼氏ができました。仕事のストレスなんて、疲労なんて、吹っ飛んだ!
チラリと横目で空を見ると月が近い。
あ、空の月が、落ちた。
END
090420
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