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私、私服はもっとカジュアルだし、若々しいんだけどね。
OL雑誌に載っていた、着回しが効くと言うスーツ型のオフィス服。ヒールが足を痛めるパンプス。ちょっと無理して買った皮の鞄。
町には活気がなく、人の気配がない。すでに皆避難所に避難したり、実家へ帰ったりしてるんだろう。

(私、こんな時でも抜けてるってゆーか・・・)

溜まっていたメールを読むと、それは友達からの最後のさよなら。
ああ、空気はどんよりと暗い。そして、どうせ狭い東京の空。小学生の時、飛行機の数を数えて見上げた空。
いつからだろう、私は空を見上げる事なんてしなくなった。
だけど、今は空を見上げる。ビルの隙間から、空に収まりきれないほどの白い月。月が落ちてくるなんて、なんかの歌詞みたいで素敵だと思うけど。
シャッターが閉められた店達。時々、サラリーマンを見かける。なるほど、仕事に生きた人は仕事をして死ぬのか。

(・・・私も仕事、片付けなきゃ)

会社のビルには人一人居らず、警備員すらいない。不用心だ。空き巣に入られたらどうするのよ。
電気が入っていないのか、エレベータはボタンを押しても一階に来てくれる事はなかった。仕方ないので階段をのぼる。
5階に着いて、時計を見ると30分程遅刻してしまっていた。でもいいや、どうせ最後だし。

「おはようございまーす」

室内に入ると、そこはガランドゥ。だっれもいない。そっか、昨日が皆最後だったんだ。
そう思うと鼻の奥がツンとして痛かった。仕事になんて生きたくない。こんな会社、辞めてやる。だけど、私、がむしゃらに頑張ってたと思う。

「あ、おはようございます」

「・・・!?!!」

すると、どこからかコーヒーの香りと共に、若い男の挨拶が聞こえた。
は、と振り向くと、そこにはデスクへ腰を掛けた若い男が、コーヒーを飲みながらニコリと笑っていた。・・・てか誰?

「あの・・・」

「ガスはまだ通ってたから、勝手にお湯沸かしちゃった。ごめんね」

「い、いえ」

「給湯室、どこに粉あるか分かんなくって結構探しちゃった」

な、なんだこの人、誰?彼はへら、と笑いカップをデスクに置くと、ネクタイをキュ、と直して胸のポケットをガサゴソ。
濃い灰色のスーツ。そのフォーマルな姿には、少し浮いてしまう明るい髪色。

「申し遅れました。バサラ商事の猿飛佐助です」

「―あ!」

猿飛と名乗った男は名刺を出して、丁寧に頭を下げた。
バサラ商亊って、ああ!

「今日会議のお約束していた!」

「ええ。まあ」

「うわー」

「ねえ、君の名前も教えてよ」

「あ、名字名前です」

「へえ、若いね。今年から?」

「はい」

「どんな字書くの?名前ちゃん」

「・・・・・・」

いきなり下の名前で呼ぶのってどうよ?と思うけど、今日が今日なだけに注意する気も起きない。
まだ名刺を持たない私は、近くの紙に自分の名前を書いてみせる。猿飛さんはどれどれ?なんて言いながら、顔を近づけてくるもんだから変に緊張してしまった。
だってよく見たら、凄く顔整ってるし。タイプかも。

「猿飛さん。来て頂いたのは嬉しいのですが、今日は上司、不在でして・・・」

「わかってるよ。あ、猿飛さんは無し!佐助って呼んでよ」

「・・・・・・」

「キミ、彼氏とかいんの?」

名前を書いた紙をクシャリと握る。なんか馴れ馴れしいなあ。
だけど、同僚の話やドラマでよくある感じ。こんな感じで気に入られて、私、○◎商事の猿飛さんと付き合ってるの。へえ〜。会議で知り合ってね。・・・って感じ。

「いないですけど、佐助さんは・・・」

「俺もいないよ」

「へえ・・・」

「アドレス教えてよ。今度飯でも食いに行こ」

「・・・・・・」

今日、人類が滅亡するなんて思えない会話。
携帯の赤外線を繋ぎながら、私の情報を送信。チカチカ動く携帯ディスプレイを見ながら、ぼんやり。きっと私、喜んでいる筈なのに。
夜、家に帰ってメールしようかな、メール来るかな?とか。思うんだろうに。

「・・・佐助さん。いいんですか?今日こんな所に来て」

「・・・・・・」

「避難所、行かないんですか?」

「行ったって意味ないよ」

「・・・・・・」

アドレス送信完了の文字。今度は俺のアドレス送るね、と佐助さんはまた携帯を向かい合わせる。

「名前ちゃんこそ、避難しないの?家族は?」

「・・・家族が避難してる町がちょっと遠いんです。とりあえず家族の所に向かおうと思うんですけど、なんとなく会社に寄ってから行こうかなって」

「そっか。じゃあ行っちゃうんだ」

佐助さんの瞼が下がって、まつ毛が瞳を覆う。その寂しそうな瞳に、少し胸が跳ねた。

「さ、佐助さんこそ、家族とか、友達とか」

「家族やら恋人やらと過ごすってさ。俺、実家地方だから。行けない」

「・・・・・・」

あ、ちょっとやばい。泣きそう。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

涙が出てきそうになって、慌てて唇を噛んだ。唇の隙間から熱い息がフ、と漏れた。
よくない。空気を重くしてしまった。私と佐助さんの間に、沈黙が訪れる。

「名前ちゃん、泣いてもいいよ?」

すると、頭の上に佐助さんの手がポンと置かれた。彼の行動に、幼い頃の兄の記憶が蘇った。
それと共に、何故か心臓がドクドクと血を流すように脈打つ。

「な、き、ません!」

「ハハっ」

鼻を大きく啜って涙を飲み込むと、佐助さんが頬をグニグニと抓ったり撫でたりしてきた。うわ、なんだこれ。
そっか、佐助さんにとって最後に接する人間が私だから、こんな執拗にコミュニケーションを求めてくるのかも?
少しだけちえ!と心で舌打って佐助さんを見上げる。すると、彼の瞳と目が合った。細まった瞼の隙間に、目ン玉がユラユラと揺れてる。思わず息を飲んだ。

「好きだよ、って言っちゃ駄目?」

「え?」

「俺、本当に君の事気に入ったんだよ?信じてくれる?」

「・・・佐助さん。なんか軽そうだから信じられません」

「ひどいなあ・・・」

佐助さんの親指が、私の瞼をやわやわと撫でる。どうせ、どうせ、どうせ最後だから、人肌が恋しいだけなんでしょ!

「ねえ、俺の彼女になってよ」

え?と思った。その言葉の後に、ゆっくりと佐助さんの顔が近付いてきた。うあ、チューされるっ・・・。

「や!」

「・・・」

私は慌てて顔を背け、彼の胸を押した。

「な、なにするんですか」

「だって、時間が無いんだ。俺達」

「私、家族の所行かなきゃ・・・っ」

バクバク高鳴る胸を押えて、鞄を抱える。
ああ、こんな風に佐助さんを一人にするのは、とても悲しい。けど佐助さん違うよ、これは最後だから!だから、そう思ったんだよ。

「ごめんなさい、佐助さん!さよなら!」

私は慌てて階段へ向かう。
きっと私の顔は赤い。佐助さんの顔が見れない!

「行かないで、名前ちゃん」

「・・・・・」

「今日が、ただの一日なら、俺は普通に仕事としてここへ来て、俺は君と出会ってた」

「・・・・・・」

思わず、足を止める。
そうだ、何時もどおりの朝なら、私は普通に会社に来て、会議に来ていた佐助さんにお茶を出していた。

「俺は迷わず、君のアドレスを聞いたよ?」