夕暮れってほど日は暮れてはいなくて、どんよりとした雲は厚いのに、あの向こうに太陽があるんだと気づかせる。 まだ十分先が見えるけど、すでにスカイグレーに染まりつつある視界はじきに真っ暗になるんだろう。ぽつぽつと灯る街灯がまぶしい。 寒い日にはいつも思う。トレーナーズスクールの制服ってどうして、女子はスカート指定なんだろう。いまはまだいいけど、そのうち雪が降るようになったら、足が丸出しのスカートなんか、見てるほうも寒いんじゃないのかな? 実際、私たちだって寒い。女の子は身体冷やしちゃいけないんだよ、って前にマツバさんに言われたけど、仕方ないじゃない。 だって、スカート指定なんだもん! 「なまえちゃん」 「あ、え…マツバさん!?」 「うん、こんにちは」 「こ、こんにちは…」 ふんわりと優しくほほえむマツバさんに流されそうになって、あわてて私は首を振った。 「…じゃなくて!どうしてマツバさんがこんなところに?」 寒さに打ち震えつつ帰る途中、突然話しかけられたのは、なんてことない住宅街の一角。 街灯の下の思わぬ姿に仰天した私のことばは、わざとじゃないけどとても鋭くて、マツバさんはそれを非難と聞き止めたのか、降参するように両手をあげる。 その片手には、紙袋。 「ジムが終わったから来ただけだよ」 「…もう終わったんですか?」 「今日の挑戦者は、あんまりタイプの相性を考えていなくてね。かくとうタイプばかり出してきたものだから」 かくとうタイプのわざは、マツバさんの持つゴーストタイプには効かない。初心者レベルの知識なのに。私でもわかるのに? 不満気な私を見とめて、マツバさんはふ、とおかしそうに笑う。 「なまえちゃんは、自分を卑下しすぎだと思うけどなぁ…」 「な……マツバさん、千里眼って読心術にも応用きくんですか!」 「まさか。なまえちゃんがわかりやすいだけだよ」 わかりやすい、って、どういう…。あんまり言われてうれしいものじゃないから、私は若干顔をしかめながら彼に近づく。 「わかりやすい、といえば…マツバさんは、分かりにくいですよね」 「ありがとう」 「誉めてません」 とはいえバトルしたんだから疲れてるはずなのに、マツバさんは笑顔を絶やさぬまま、近くに来た私を両手で包み込んでくれる。 私とは違ってちゃんと着こんだマツバさんのぬくもりがあったかくて、思わず息を洩らした。 「冷たいね、なまえちゃん」 「マツバさんが失礼なこと言うからです」 「そういう意味じゃなくて」 「じゃあどういう意味ですか?」 なにが面白いのか、マツバさんはまた笑う。いつでもマツバさんは、笑顔が絶えない、物腰の柔らかいひとだ。 さらりと前髪を除けられて、続いてちゅ、とおでこに熱いくらいのくちびるが触れた。それからマツバさんは、私の背中に回していた腕を解く。 「今日は寒いねってことだよ」 持っていた紙袋の中身は、ふわふわのマフラーだった。それをぐるぐると私に巻いて、最後にぎゅっとリボンみたいに結んでくれる。 足が丸出しなのは変わらないのに、急にあったかくなった。 「マツバさん、これ…」 「今夜は冷え込むってテレビでやっていたけど、なまえちゃん、マフラー持ってきてないだろう?」 「…う」 「いつも朝はテレビを見ないって言っていたからね」 ぎくっとした私の頭を撫でて、マツバさんはほほえんだ。 「モココみたいだ」 「…私、あんなふうに可愛いものじゃありません」 「可愛いよ?」 当たり前じゃないか、と笑って手を取るマツバさんが、赤くなってる自覚のあるほおに気づきませんようにと、半ば本気で願った。 101124
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