novel | ナノ

ヒビキの部屋は陽当たりがよくて、開け放った窓にかかったカーテンが心地よさげに揺れる。

男の子の部屋にしてはかたづいているのは昔からだけど、ものの数とか、配置とか、何より趣向とか。しばらくこの部屋からのながめを忘れてるうちに、ずいぶん変わった。

さらりと風が前髪をなでる。


「なまえ、よくないよ」
「ん〜?」
「だからよくないって」


閉じていた目をあけたら、目の前に横倒しのヒビキの顔があった。すこし眉根を寄せていて、これは困ってる証拠だ。


「なにがよくないの?」
「こういうのだよ」
「…こういう…?」


こういうって、どういうのだろう。ヒビキがなにに困ってるのかわからなくて、とりあえずこのままじゃ寝ちゃいそうだから、私は身体を起こした。

ヒビキのふかふかなベッドが、身体の下でへこみかたを変える。ベッドにもぐりこんでた私を覗き込んでたヒビキも同じように身体を起こすけど、表情は変わらなかった。

困ったような、なにかを耐えるような。


「だいたい、なんでなまえが僕の部屋にいるの?」
「あれ、だめだった?」


昔から、遊びに来てヒビキが留守のときは、ヒビキのお母さんがヒビキの部屋に通してくれて、そこで部屋のあるじを待つのがふつうだったのに。

びっくりしてヒビキを見つめたら、なぜか勢い良くそらされた。


「べつに…だめってわけじゃ、ないけど…」
「あ、久しぶりだったから、やっぱり勝手にあがりこむのは良くなかったよね!」
「……」

わかった、と思ったのに、ヒビキは急にこわいかおをして黙り込んでしまう。

すばやさのダウンした私は状態についていくのに一苦労だった。なんか、余計に機嫌を損ねちゃった…?


「…ヒビキ、」
「なまえ、わかってるのかわかってないのか知らないけど、僕だって男なんだよ」
「…うん?」


そんなの知ってるに決まってる。ヒビキは女の子じゃないし、いつもふんわりしててやさしいけど、私が男の子にいじめられたときには守ってくれるくらい強いってことも知ってる。

でもなんか、こんな複雑そうな顔したヒビキは初めて見た。ずっと、見てきたはずなのに。


「ヒビキが男の子だって知ってるよ」
「でも、わかってないよね」
「え、どうして…?知ることとわかることって、」
「ちがうよ」


いっしょだよね、って聞こうとしたのに、先にさえぎられてしまう。

そう言ってベッドのふちに座ったヒビキは、ため息をつくと急に私の両肩に手を突いてぐいっと押してきた。

わ、わ…!たまらずにベッドに逆戻りした私のうえに、ヒビキがまたがった。やっぱりこわいかおをしてて、私のすばやさはさらに二段階も下がってしまう。


「…あれ?」
「ほら、わかってない」
「ヒビキ…?」
「男の部屋で、男のベッドに入ってるってこういうことだよ」
「こういう?」


頭がゆっくりとしか回らない。背中はふかふかで、でも上にはヒビキがいて…なんで、上?あ、そっか!


「わかった!いっしょに寝たいってこと?」


聞いたらヒビキの表情がやっとくずれた。びっくりしたみたいな顔。それはやっぱりちょっと昔とはちがうけど、それはきっと私もヒビキも、しばらく会ってないうちにすこし大人になったからじゃないかな?


「そうだよね、ヒビキのベッドって昔から気持ちいいし。前もよく、ふたりでお昼寝したよね」


はいどうぞ、って片方に寄ったら、両側に突かれたヒビキの腕に頭が当たった。


「…やっぱり、なまえって危ないよ」


腕をどかして、私があけたスペースに寝っ転がったヒビキが、呆れたようにつぶやくから私はまばたいた。


「危ないって、なにが?」
「べつに…今はいいんだ。でも」


さすがに昔とはちがってせまいベッドのなかで、昔みたいに私の髪をなでながら、ヒビキはようやく、あのやさしい笑顔で笑った。


「ほかの人とは同じベッドで寝ちゃだめだよ」



(他の人…って?)(…やっぱり、なんでもない)
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